ウェンディは俺の嫁!
それは、ちょっとした好奇心からの質問だった。
「なぜ、ガルシア卿はそんなに養子がほしかったのでしょうか。後継ぎがいないからですか?」
「もちろん、後継ぎがいないのもありますが……」
言葉を濁した執事に代わり、その先は先生が遠慮なくズケズケと答えた。
「この人も孤児なんだよ。だから家族愛に飢えてる」
「家族がほしくて何が悪い」
「そのせいで俺らに対して変態的な態度をとるんだ。ウェンディ、あんまり近づくなよ」
先生は私を抱え込んでガルシア卿をシッシッと手で払う。ガルシア卿はぐぬぬと唇を噛んでいた。
家族がほしいなら、結婚すればよかったのでは……? という私の疑問は先生に抱え込まれたせいで外に出せずに終わった。
「あの頃は本当に、昼夜を問わずに魔法を撃ち合っていました。クウェレディズ様は屋敷を壊さないようにしてくれていたのでまだ良かったんです。旦那様が魔法を撃つ時は、とにかく容赦がなくて……」
遠く、遠くを見つめる執事に、ガルシア卿は明後日の方向を向いた。先生が「あんたは壊しすぎ」と茶々を入れる。
「ある日、旦那様の執務室が半分ほど破壊された時は、ついにやってしまったかと膝から崩れ落ちました。クウェレディズ様の姿もなくて、一緒に吹き飛ばされてしまったのかと……」
立場も弁えずに主人を問い詰めたという執事は、呆れたように首を振った。
「結論としては、いつものケンカの延長でした。旦那様が大人気なかったです」
「儂を怒らせたこやつが悪い」
「いいえ旦那様が大人気ないです。引き取ってから教養を身につけたとはいえ、色恋沙汰にはまだ無知なクウェレディズ様でした。富と権力を持った旦那様が妻を持てない理由を、理解できるわけがなかったのです」
「フン!」
ガルシア卿は結婚ができなかったんですね。
さっきは言葉に出さず良かったと、私はいまだ抱え込んでくる先生の腕の中でそっとガルシア卿を見た。
「そこから売り言葉に買い言葉でお嬢様まで巻き込むものですから、私は頭が痛くて痛くて……」
執事が嘆く。
それこそが私が一番知りたいところなのだ。
ガルシア卿は不貞腐れてしまったようだし、私は無理矢理抱え込んでくる腕から逃れて「何を言い合ったんです?」と先生に尋ねた。
「んー? 始まりはたしか、いつも通りのやりとりからだったよ。ウェンディを養子にしろって話をして」
「譲らない旦那様に、そんなに家族がほしいなら妻をもらえばいいとクウェレディズ様が仰ったんですよね」
「そうそう。そしたら、そんなに簡単に妻をもらえると思うなよ! 俺はモテないんだ! って怒り始めて」
「旦那様は女性との縁がなさすぎるんです。人並み以上に多くのものを持っているのに、内面的な要素がそれを邪魔してしまうらしく」
「マジで家族愛に飢えすぎてるんだよ。さっきのウェンディに対する態度だって、気持ち悪かったろ」
先生はともかく、執事も遠慮がない。
私はガルシア卿にちょっとだけ同情した。
「まぁ、それで、とにかく俺は養子にはなんねーぞって。あんたがウェンディを養子にしたくなるように育てて連れてくるから、待ってろクソ野郎って啖呵切ったんだ」
「旦那様は、やれるもんならやってみろと煽りましたね。お嬢様の魔力の状態を知っていながら」
「性格悪ぃー」
「けれどこうして魔力の状態が戻り、約束通りお嬢様が連れてこられたわけなので、旦那様は大いに喜んだのです。それが、発端からここまでの経緯です」
まとめて終えようとした執事は、あっ、と付け足す。
「ちなみに、クウェレディズ様が出ていかれたあとは『クー君が出てっちゃった……』と旦那様は意気消沈されておりました」
「そんなことまで言わんでいい!」
「さらにちなみに、クウェレディズ様が不当な待遇を受けないようにと学院に寄付金を渡して圧力をかけていたのも旦那様です」
「お前! この!!!」
ガルシア卿の怒りに触れて、執事は手慣れたように軽やかに客間から逃亡した。ガルシア卿も怒号を飛ばしながらドタドタと後を追っていく。
「ガルシア卿の茫然自失っぷりが、先生が呪いのような魔法をかけたって噂になっていたようですよ」
「なんだそりゃ」
残された客間で教えると、先生は興味なさげにお茶を飲んだ。その反応に、噂はやっぱり噂だったんだなと私は安心した。
少し経ってガルシア卿が戻ってくると、向かいの長椅子にどさっと腰を下ろして足を組んだ。
「クー君が約束破った」
見た目に反して威厳も何もない不貞腐れた物言い。どうやら執事には逃げ切られたらしい。
八つ当たりのような態度に、先生は「だーかーらー!」と声を大きくする。
「代わりに俺が養子になったんだろ!」
「お前が息子になって嬉しい。いきなりだったが、息子になってやる! と戻ってきてくれて嬉しかった。だがしかし、だったらなぜ、ウェンディを連れてきた?」
ガルシア卿の視線が諦めきれないと言っている。
魔力は戻り、学院も主席で卒業して、そもそも娘をほしがっていたのだ。
私自身もなぜガルシア卿の元へ連れてこられたかいまだわかっておらず、絡みつくような熱視線に戸惑った。
すると先生は、そんな私の肩を抱き寄せた。
「ウェンディは俺の嫁! 結婚するから、あんたに会わせたんだよ」
えっ、と先生を見上げると、ガルシア卿を見据える真剣な眼差しがあった。頬に少しだけ赤が差している。
いつもは見られない表情に胸が大きく鳴って、私はすぐに顔を伏せた。
「約束は破って悪いと思ってる。けど、俺わかったんだ。こいつを幸せにするのは、あんたじゃなくて俺だって」
先生の声色に、少しだけいつものおちゃらけた色がのる。挑発とまではいかない、気安い仲でのちょっとしたおふざけのような感じだった。
「あんたが言ったんだぜ? ガルシアの名をやるから、自分で幸せにしろって」
言い終えて、静寂が訪れる。
先生は力強く私の肩を抱いていて、その力み具合から緊張が伝わってくる。
ガルシア卿はどんな反応をするんだろう。
伏せていた顔をわずかに上げて窺おうとすると、ぼとぼとっと雫が落ちるのが見えた。
「クー君……!!」
つぅーと頬を伝うとか、しくしくとか、そんなレベルじゃない。ぼたぼたと大粒の涙がガルシア卿の瞳から溢れて、一瞬で滝ができていた。
「クー君がウェンディと結婚……! クー君がウェンディと結婚……!」
笑顔に涙を流しまくっているガルシア卿は繰り返しつぶやいて、そしてハッとした。
「つまり、ウェンディは儂の娘に……!?」
先生は「んっ?」と考えて、「あっ」とすぐに理解した。これまでのやりとりが複雑でそこには考えが及んでいなかったらしい。
ガルシア卿は涙を拭い、改めて私を澄んだ瞳で見つめた。
「パパと、呼んでくれるかい……?」
それに対する返事は、先生に引っ張られて屋敷を出たので答えられずじまいとなった。
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