パパと呼んでくれるか……?
「おぉ、その子が……」
重低音な声。貯えた口ひげ。
その男性こそが、ガルシア卿。
重鎮と呼ばれるだけある厳かな風格は、貴族というには少し粗野だった。騎士と言われても納得できそうなほどのいかつさがあった。
鋭い眼差しが、私と目が合ってほのかに和らぐ。
「パ、パパと呼んでくれるか……?」
「えっ?」
「おいこら」
一言目から意味不明なガルシア卿に、私に代わった先生がいつもより幼さの残る乱暴な口調で返した。
「いきなり変態発言してんじゃねぇぞ」
「何が変態だ。娘になる子にパパと呼んでくれるかと聞いただけだろう」
「あんたの養子にするために連れてきたわけじゃねぇから」
「だったらなんだ? まさか、あの日の約束を忘れたわけじゃあるまい」
「その約束は反故だっつっただろ! 俺が何のために養子になったと思ってんだ!」
「儂の息子になりたかったんだろ?」
「んなわけあるか!」
約束、養子、娘、反故。
ただ先生が養子になるという話の流れなら素直に聞ける話なのに、そこに当事者ではないはずの私がなぜか関わっているような気がしてならない。
聞くべき? いや、聞かずにそっと知らないことにする方が、平和なのでしょうか?
言い合う二人に困り果てていると、客間に一緒に入室してこれまで壁際で存在感を消していた執事から助け舟、というよりは爆弾が投下された。
「旦那様。お嬢様が困惑されております」
お、嬢様……。
固まる私に、ガルシア卿は声を穏やかにした。
「すまん、驚かせてしまったな。ウェンディは、クー君からどこまで話を聞いている?」
「クー……君……!?」
「てめぇまだそんなあだ名で呼んでんのかよ! やめろっつっただろ!」
「クー君はちょっと黙ってなさい」
「クー君って呼ぶんじゃねぇ!」
困惑が困惑を呼ぶ。
ガルシア卿は至って真面目な様子で私を見つめていて、いつも堂々としている先生は頭を抱えている。クー、君……。
この中でまともな人は誰だろう、とガルシア卿から視線を逃したところで、再び執事が口を開いた。
「話が進まないと判断しましたので、私がご説明致します。お嬢様」
「は、はい……。お嬢様じゃないですけど……」
「まずは皆様、一度お座りになって下さい」
これまで立ちっぱなしだった私達は、ようやく座ることを許されてシンプルながらに上品にあつらえた長椅子に腰を下ろす。左に先生、右にガルシア卿。
向かい合った長椅子には執事が座り、お茶を用意するという、不思議な構図ができあがった。
「なんであんたがこっちに座るんだよ。向こう行け!」「儂だってウェンディの隣がいい。クー君があっちに行きなさい!」「あぁもうクー君て呼ぶな!」と、私を挟んでまた二人が言い合いをする。
執事はそんな喧騒など気にせずに人数分のお茶を配膳して、口を開いた。
「事の発端は十数年前のことでした。旦那様がいきなり『娘を引き取るぞ!』と屋敷を飛び出して行ったんです。孤児院に魔法能力に長けた子がいると、魔法省でちょっとした話題になっていたようでした」
「俺、前にその流れの話したけど」「どうせろくな伝え方をしていないんだろうな」「……そんなことねぇし」
執事の淹れてくれたお茶を飲みながら、先生の声は少しだけ小さくなった。
確かにろくでもなかったなぁと思い返しながら、私は執事の話に耳を傾けた。
「しかし、連れ帰ったのは男の子でした。それがクウェレディズ様です。なんの運命か、旦那様が孤児院に到着した時にはひと騒動あった後らしく……。お嬢様は、そのことについては覚えておいでですか?」
ガルシア卿が孤児を引き取る、それが男の子で、私にも関係していて……。先生が以前話したこと、そして私の過去の記憶を結びつけて、頷いた。
「魔力欠乏症の方を助けたことがあります。……覚えています」
「えっ覚えてんの?」
「覚えてますよ」
「覚えてんの!?」
騒ぎ始めた先生を無視して、私は執事に真面目に向き合う。
又聞きの信憑性に欠ける同級生からの話ではなく、当事者なのにふざけすぎてどこまでが本当なのかいまいち信じ難い先生の話でもなく、第三者だけど誰よりも当事者に近い真っ当な人から聞く話。
この人の話こそが私の過去に結びつけられる真実だと思い、私は真剣になった。
「助けられたクウェレディズ様と、助けたお嬢様。魔力のやり取りによって眠るお二人を見て、旦那様はクウェレディズ様を連れ帰りました。……お嬢様には、魔力の欠如を認めたからです」
「魔力の欠如……」
それはきっと、私の魔力が元に戻らなかったことを指しているのだろう。
先生が言っていた「あのクソ魔法使いは見抜いてたんだろうなぁ……」がこれに繋がるのだと気づいた。
「旦那様もお辛い決断だったことでしょう。娘を引き取る! と息巻いておりましたので、断腸の思いだったかと」
「娘がほしかった」
「だからウェンディ引き取れって何度も言っただろ」
「魔力のない女の子を未婚の儂が引き取ったら、あらぬ噂が立つだろうバカが」
「ロリコンってか?」
「誰がロリコンだ!」
「――と、今のようにいつも魔法でケンカしておりましたので、クウェレディズ様はなかなか養子の話には頷いてくれませんでしたが」
私の頭上で睨み合う二人に、執事はため息を吐いた。
私は睨み合いの邪魔にならないように小さく手をあげた。
執事が私に発言を促す。
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