だってお前、俺のこと好きだろ?
先生は、ぽつぽつと語り続ける。
「教師の権限でさ、お前を学院に無理やり入学させたんだ。罪滅ぼしは卒業するまで面倒見るでいっかなーと思って。学院卒業すりゃ、アイツもお前のこと養子にするだろうしって考えてたのに、お前、まさかの魔力めっちゃ少なくなっててさぁ」
先生は大きくため息を吐いた。
それは呆れではなく、本当に困ったようなため息だった。
「普通に焦ったし、罪悪感増し増しでどうしようかと思ったわ。しばらくすげぇ悩んだ。その間にいじめられ始めてるしで、俺の心労といったらなかったんだぞ」
強く魔力を感じる右手に、だんだんと感覚が戻り始める。包まれてる、というよりは、ぬくもりに握られている。
先生の大きな両手に、私の右手が握られているのだと気がついた。
「結局、いじめの現場に遭遇しちゃって、もういいやって諦めたんだ。俺がどんだけお前の幸せを願って今までやってきたか、それを邪魔するバカ共はいるし、もういいやって。俺が直接幸せにするって、諦めた」
そこで、先生が「おっ」と勢いづいた。
流れ込む魔力がこれまで以上に大きく、けれどやっぱり柔らかくて、優しく私の中を巡っていく。
その心地よい魔力の流れを意識で辿ると、だんだんと私の手足の先が熱を持つのを感じた。
「まったく……こんな状態でよく今までぶっ倒れなかったな。ウェンディ起きろ、てか起きてんだろ? いい加減目覚ませ」
頬をぺちぺちとされて、むにむにもされる。
それが馬鹿にされているようで不快で、私は思わず先生の手を払った。
動かなかったはずの体が動いて、先生の手を払えた。
「おう。おはよ、ウェンディ」
ゆっくりと瞼を開くと、そこには安堵した表情の先生がいた。見覚えのある研究室の一角で、私の手を握っている先生が。
「魔力がダダ漏れなんて見ただけじゃわかんねぇよ。でも、あのクソ魔法使いは見抜いてたんだろうなぁ……」
やれるもんならやってみろって、そういうことかよ。つぶやいた先生は、おもむろに指輪を取り出して私の薬指にはめた。
「お前の中に俺の魔力を張り巡らせた。これで魔力がダダ漏れになることはないから、これから好きに魔法が使えるようになるよ。ウェンディ、調子はどうだ?」
先生の質問に、私は私の中の魔力に意識を向けた。
これまではどれだけ魔力が湧き出てもどこからともなく抜け出てしまって、いつもどこか力不足さを感じていて。
でも今は、先生にもらった魔力がみなぎるように体を巡っている。
「とても、気分がいいです」
答えて、はめられた指輪を見た。
「……これは?」
「婚約指輪」
「魔道具ですよね?」
「俺の魔力をお前に送り続ける指輪だよ。それ外したらまた魔力抜けてへにゃへにゃになるからな、外すなよ」
「私に魔力を送り続けたら、先生が倒れちゃうんじゃ……」
「そんくらいで倒れねぇよ。いいか、外すなよ? ある意味、婚約指輪よりもお前を縛れる最高の指輪だよ」
また意地の悪いことを言う、と私は空いている腕で目元を隠した。先生の何気ない行動が、一言が、私の胸をぎゅうっと締め付ける。
「なんで諦めてくれないんですか……」
小さく小さくつぶやくと、先生は「はぁ?」と私の右手に指を絡めた。
「さっき言ったろ。えっ、もしかして聞こえてなかった?」
意識あると思ってたんだけどな。割と一世一代の告白だったぞ? 面と向かってもう一回言うのは……えー、ちょっとな……。
ぶつぶつと考えをダダ漏れにした先生は、結局「まぁいっか」と切り捨てた。
「いろいろ疑問はあると思うけど、とりあえずお前は俺の求婚に頷いときゃいいんだよ」
「……これが囲い込みというやつですか?」
「いいや、束縛だね。俺は容赦ないから」
そして、私にはめた指輪に唇を寄せた。
「深く考えたら負けだぞ。どんなにお前が思い悩もうと、俺はもう決めたんだからな」
「私の意見は聞いてくれないんですか?」
「だってお前、俺のこと好きだろ? 嫌いならもっと突き放してる」
「自信過剰ですね……」
「諦めろ。どうせ逃げられやしないんだから」
腕をどかされて、前髪をさらりと流される。涙を堪えたせいで火照った頬を、そのまま撫でられて。
口ぶりのわりに気を遣ってくる手つきに、涙は完全に引っ込んでくすぐったさを感じた。
頬に熱が集まるのを感じながら、でも、と口を開く。
「先生、最初は助けてくれなかった……」
「うっ」
少しずつ目を逸らした先生は「……やっぱ根に持つ?」と汗をたらし、やがて懺悔のように怒涛の言い訳を繰り返した。
曰く、「俺にだって生徒、ましてや命の恩人の女の子の将来まで囲い込む自分勝手さはなかったんだよ」とのこと。まともな考えを持っていたことに、私は驚きを隠せず先生にデコピンをされた。
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