お前がうちの子になれ


 ゆらゆらと魔力が揺れる。

 暗闇の中で微睡む私は、柔らかな魔力の流れに身を任せてふわふわと漂っていた。

 

 体を巡る魔力が心地よくて、こんな夢ならいつまでも覚めなくてもいいかな、なんて思ってしまうくらい。

 優しい浮遊感に安らぎを求めて、もう一眠りしようとした時だった。


「むかーしむかし、あるところにィ!」


 突然、心地良い空間に先生の声が響いた。


「見目麗しい孤児の少年がいましたァ!」


 とうとう夢の中にも出てきちゃいましたか、なんて甘やかな展開には至れない。先生の威勢のいい語りのせいで、現状はキュンとは真逆である。


「見目麗しい孤児は魔法を使えましたがァ、今ほどの力はなくてェ!」

「孤児院もクソだったのでェ、いじめられていましたァ!」

「毎日毎日ィ、魔法使ってみろよといじめられていましたァ!」


 ……普通にしゃべってくれないかな、と私は身動きの取れない暗闇の中で思った。


 私は、暗闇の中で体を動かせずにいた。流れてくる魔力は心地良く感じるのに、こうして先生うるさいなぁとも思うのに、私の体と意識はまるで繋がっていないようだった。


 先生のやかましい昔語りを聞きながら、どうして私は動けないんだろうと考えていた。


「ある日ィ、そうそれはある日ィ!」

「いつもより過激化したいじめはァ、俺の魔力を食い潰しィ!」

「魔力の底が見えた俺はァ、本能的にヤバいと危機を感じて孤児院を逃げ出してェ!」

「ぶっ倒れた先はァ、魔法の才能に秀でた女の子がいる孤児院の前でェ!」

「俺は小さな女の子にィ、助けられましたァ!」


 え……? と思考を遮られる。声の煩さはもちろんなのだけど、覚えのある出来事に、私の知っている先生の過去の真相を聞いて、驚きで続きを待った。


「女の子に助けられた俺はァ、さらに運良く魔法省のお偉いさんに引き取られてェ!」

「どん底だった人生が大逆転ンン! 女の子ありがとなーって感謝の手紙を出したらァ」

「むしろ女の子はどん底でェ」


 威勢のよかった声がいきなり萎んだ。

 先生のテンションの急勾配についていけない私の頭には、疑問符が並んで浮かんでいた。


「俺を引き取ったお偉いさんは元々は女の子を引き取るつもりだったらしくてェ」

「女の子の魔力を必要以上にもらっちゃった俺が、魔力すげぇじゃんって代わりに引き取られちゃってェ」

「女の子の未来を潰して横取りしたの俺じゃんって、後で知ってェ」

「喜んで馬鹿じゃねぇのって、情けなくなってェ……」


 ぽつぽつと語る先生は、悲壮感を漂わせながらもおちゃらけた口調を崩さない。

 誤魔化しているだけなのか、はたまた意識がある私に気づいてわざとやっているのか。


 目も開けられない私は、先生の話をただ聞いていることしかできなかった。


「魔力がすごいのは俺じゃねぇ、引き取るならあの子にしろってクソ魔法使いのお偉いさんにめちゃくちゃ盾突いてェ」

「でもアイツには、もうお前がいるから女の子を引き取る理由がないって一蹴されてェ」

「お前がうちの子になれ、ガルシアの名をやるってしつこく言われてェ」

「命の恩人を幸せにしてやりたいなら、お前が自分の力で幸せにしてやれってもっともな事まで言いやがってェ」


 先生の語りが止まる。

 静けさの漂う空間に、小さく吐息がこぼされた。


「……んで、一回すげぇケンカして、売り言葉に買い言葉でお互いにめちゃくちゃ言い合ったんだよなぁ」


 あぁ、なるほど。それが呪いだなんだと言われた、魔法の正体なんでしょうか。


 そう考えて、私がなぜ動けなくなっているのかを思い出した。あの三人組に限度を越えた魔法をかけ、私と先生に関する記憶を消した、忘却オブリーオ


 自分の今の状態に気づいてしまえば、右手に私のものではない強い魔力を感じた。


「アイツも屋敷ぶっ飛ばすほどキレてたから、その後は俺は学院に身を置いたわけ。幸か不幸かアイツのおかげでエリート卒業して、教師の役職に就いて」


 右手から感じる先生の魔力は、私のちっぽけな魔力など簡単に呑み込んでしまいそうなほど力強い。なのに、手を通して私の体に流れてくる魔力は驚くほどに優しくて柔らかい。


 それは、とても不思議な感覚だった。



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