魔法省の重鎮


 魔法省とはこの国の行政機関の一つである。いくつもある省庁の中で一番に力を持ち、何より王族に近い。なぜ王族に近いかといえば、魔法使いという一般には多くない稀有な力を持つ、さらにその中でも選りすぐりの人間が集められた特別機関だからだ。王家直轄の、といっても過言ではない。


 そして、ガルシア卿といえば――。


「反応が遅いわ。恋愛にうつつを抜かしてお馬鹿になったんじゃなくて? ガルシア卿といえば、魔法省の重鎮よ」

「れ、恋愛なんてしていません。ガルシア卿も、もちろん存じています」

「あぁ、そうでした。婚約者ではなかったんですものね。お馬鹿になっていなくてよかったわ」


 嫌味しか感じられない物言いは、私のことを嫌いだからなのか貴族令嬢だからなのか。

 けれど今さら私が傷つくはずもなく、こんなに面と向かって話をしたのは初めてだなぁ、なんて明後日な考えがちらつく。


「ガルシア卿は国で誰よりも魔法を理解し使いこなされているお方。この学院を卒業して、魔法省を目指す者の憧れの存在でした」


 「……かつては」と。

 それは、私もよく知っていることだった。


 ガルシア卿は今の私と変わらない年齢で卓越した魔法技術を身につけ、魔法省に引き抜かれたとびきりのエリートだ。そこからの活躍は誰もが感嘆するほど目覚ましいもので、わずか二十の年で国王にも気に入られたという。止まらぬ出世に、増え続ける功績。

 魔法省の中でガルシア卿の右に出る魔法使いはおらず、一気に今の座に上り詰めた。


 そこまでが、私の知っている話。

 憂いを帯びた声で続けられるのは、そんな功績とはかけ離れた庶民が知るはずもないその後の話だった。


「ガルシア卿はある日、一人の少年をどこかから連れてきましたの。妻は娶らず歳は四十を越えた頃だから、周りはなぜ養子を? と困惑したそうよ」


 けれど、少年には魔法の才能があったらしい。

 ガルシア卿は自ら少年に魔法の知識を与え、技術の訓練をした。少年のガルシア卿への反発は強く、その関係は親子というよりも手負いの猫を拾った様子に近かったようだ。養子ではなく弟子にでもするつもりなのだろうと、ざわついていた周囲は次第に落ち着いていった。


「ガルシア卿もガルシア卿で変わったお方ですから、やりたい放題やらせていたそうですわ。その都度、魔法でやり返して少年をやり込めて」


 ガルシア卿の魔力が強ければ、少年の魔力も強かった。知識と技術を与えれば与えるほど、少年はガルシア卿に容赦なく魔法で向かっていった。

 訓練中だけにとどまらず食事中やティータイム、入浴中、果ては寝込みまで襲い、本当に容赦がなかったらしい。しかし、なぜ少年がガルシア卿にそこまで反発するのかは誰も知らなかった。えげつない魔法の撃ち合いに巻き込まれたい者なんているはずがなかった。


 

 そして、変わらぬ日々を過ごして数年が経ったある日、悲劇は起こった。


「ガルシア卿が少年に、撃ち負けたのよ」


 朗らかな昼下がり、突如響いた爆発音。ガルシア卿の屋敷の一部が魔法によって吹き飛ばされ、使用人が駆けつけた時には少年はすでに逃亡。

 残されたガルシア卿は外傷こそないものの、茫然自失状態で。傷は心に負ったと言わんばかりに、それからは覇気を失い抜け殻となってしまった。


「少年はすぐに見つかったけど、ガルシア卿の元には戻らず学院に身を置いたそうよ。ガルシア卿から学んでいたおかげで主席で卒業、そのまま学院の教師として籍を置いた」

「……それが、先生ですか?」

「そうよ」


 先生が魔法においては天才というのも納得だった。あれだけの大きな魔法をいとも簡単に操る先生だけれど、その背景にはきっと途方もない修行が必要だったに違いないと思っていたから。


 驚きつつも、私は自然と納得した。


「これが庶民は知らない、あのクズの過去ですわ」

「先生はつまり、ガルシア卿の弟子だったということでしょうか」

「さぁ。弟子にしろ養子にしろ、ガルシア卿が明言したことはなかったので」


 ツンと返され、そして声が低くなる。


「明言されていないということはつまり、あのクズはガルシアの家門には関係のない人間だったとも言える」

「……? 家門に関係がないと、何か問題があるんですか?」

「あら、気づかない? 傷つけられたのは魔法省の重鎮よ。傷つけたのは家門には関係のない、それも善意で拾って育ててあげた孤児」


 もっと簡単に言ってあげましょうか? と、冷たく見下される。


「国にとって重要な貴族を傷つけたのがなんの後ろ盾もない孤児だったのなら、当然罰せられるべきでは?」


 その言葉に、私の背筋がさぁーっと冷えていく。


「も、もしかしたら書面に残されていたりするかもしれません」

「ありませんわ。お父様に頼んで調べましたもの」

「周囲の方が先生の存在を把握しているのなら、どなたかが証言するかもしれませんっ……」

「皆、巻き込まれたくなくて保身に走るでしょうね。そもそも庇ってくれる誰かがいるほどの付き合いはなかったはずですわ」

「学院が先生に寛容なのは、ガルシア卿の存在があるからじゃないんですか……?」

「だとしたら、教員名簿のクズの名前にガルシアの姓がつかないのはなぜでしょうね。ガルシアほどの家門であれば、学院側は隠せないはずですわ」


 確かに、教員名簿には先生の姓は記載されていなかった。孤児院にいた頃に受け取った、先生の名前がサインされた唯一の手紙にも、ガルシアの文字なんてどこにもなかった。

 

 私の背中に、冷たい汗が伝った。



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