ご存知?あのクズの過去のこと


「少しの間、俺は学院を出る」

「左遷ですか?」

「違ぇわ。むしろ昇進してきてやるわ」

「へぇー」


 ある日の朝、相変わらず校門で待ち伏せしていた先生はそんなことを言い出した。

 邪魔だなぁとかわそうとする私に、先生は大人気なく進路を阻み登校を妨害する。


「こら、興味を持て」

「なんだかとてもフラグが立っている気がします」

「問題起こすなよ!」

「先生と一緒にしないでください」


 昇進って、何をするんでしょう。試験でも受けるならともかく、先生のことだから魔法で大暴れでもしそうだなぁ……。

 

 どいてくれない先生に無言で視線を送っていると、先生はやけに意地悪くにやにやとして顔を近づけた。


「俺がいないと寂しい?」

「いえ、静かになって良いです」

「お前はツンデレだなぁ」

「デレたことはありませんよ?」

「じゃあ今デレろ。恥ずかしそうに行ってらっしゃいをしなさい」

「行ってらっしゃい」

「さらっと言う!!」


 「新妻感を求めてたのにぃ!」と騒ぐ先生を無視して、私はいつも通り脇をすり抜けて教室まで走った。



 それから数日は本当に、先生からの接触はなく本当に、静かに過ごした。


 いつぶりの平穏でしょう、とほどよく賑わう中庭のベンチで一人ランチを食べながら思う。

 入学後すぐの学力テストから一部の同級生に目をつけられ逃げ回る日々だったけれど、それよりも先生という目立つ存在に付き纏われる方が私としては悩みの種だった。


 もちろん先生に付き纏われているうちは同級生からの直接的なやっかみはないので、以前言われた「俺を上手く使え」ではないけれど、抑止力にはなっていたので感謝はしていた。


 けれど、だからといって先生が懲りずに付き纏ってくるのは、大問題であった。


「どうしたら諦めてくれるんでしょう……」

「お話し相手がいないから、独り言なのね」


 突然声をかけられ、顔を上げる。いつのまにか仁王立ちしていた一部の同級生、もとい三人組の姿に、私はついウワッと顔を顰めてしまった。


「フラグは、先生ではなく私に立っていたんですね……」

「フラグ? 一体なんのお話?」


 明らかに不機嫌そうにされ、けれど一瞬で態度が戻る。目線だけで私の周囲を確認したようだった。


「婚約者様は今日も姿が見えないのね?」


 それを確認した上で私に近づいてきただろうに、先生の抑止力は一応ちゃんとあるらしい。


「先生は学院外でお仕事(?)、らしいです……」


 ここにはいないと答えてしまってよいものか迷ったけれど、答えろという圧に私は負けた。

 すると「左遷かしら?」「まぁ左遷?」「左遷なんて話聞いた?」という反応が返ってくる。同じだなぁ、と私は遠くを見た。


「まぁいいわ。私達、あなたとお話がしたかったのよ」

「な、なんでしょう」

「そんなに身構えないで? これまでのことは謝ってあげるわ。水に流してちょうだい」


 とっても、とっても上からな意見です……。

 怒りを通り越して困り果てていると、不敵に笑われた。


「ねぇウェンディさん。あなたご存知? あのクズ教師のこと」

「と、言いますと……?」

「あのクズの過去のことよ。貴族間では当たり前に知られているけれど、学院は庶民も多いから知らない者がほとんどなのよね。だから、婚約者なら知らせるべきかと思って。それとも、婚約者ならすでに知ってるのかしら?」

「婚約者じゃないし、私は何も知らないです……」


 最初のやりとりからタイミングがなく否定できずにいたことをようやく告げると、それはもうわざとらしく「まぁ!」と反応される。「学院ではあなた達の婚約話で持ちきりなのよ」と。


 憐れみを込めた瞳で、私は見つめられた。


「でしたら、付き纏われてさぞ迷惑だったでしょうに。あぁでも……そうね、婚約してないならよかったわ。過去を伝えなきゃいけないなんて、私達も心苦しくはあったもの」

「あんな過去……?」


 意味深に含まれ、興味を持たないはずがなく私は聞き返した。


「あら、知りたい? せっかくなので教えて差し上げてもよろしくてよ。婚約者じゃないなら、気に留める事もないでしょうし」


 向けられるにんまりとした笑顔。

 これは、踏み込んではいけなっかたかもしれません……と少し後悔した。


「あなたにはまず、どこから話すべきかしら……。魔法省のガルシア卿はご存知?」

「魔法省の、ガルシア卿?」



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