第二十一話:甘美な想いのレシピ

 バレンタインデーを目前に控えた土曜日の午後、詩織と陽花は陽花の家のキッチンに立っていた。二人とも、お互いのためにチョコレートを作ろうと決めたのだ。


 詩織は、薄いピンク色のカシミアのセーターに白のプリーツスカートという清楚な装いだ。髪は普段よりも丁寧にカールを加え、後ろで緩くまとめている。首元には、陽花からもらった星のペンダントが輝いていた。


 一方の陽花は、オレンジ色のニットワンピースを着ていた。元気の良い色が、彼女の明るい性格をよく表している。短い髪には、小さな花柄のヘアピンをつけていて、可愛らしさが際立っている。


「詩織ちゃん、準備できた?」


 陽花が、少し緊張した様子で尋ねる。


「ええ、大丈夫よ」


 詩織も、普段より高い声で答える。


 二人は並んで立ち、レシピを確認する。その姿は、まるで新婚夫婦のようだった。


「じゃあ、まずはチョコレートを湯煎で溶かすところから始めようね」


 陽花が、リードを取る。彼女は料理が得意なのだ。


 詩織は、真剣な表情で陽花の動きを観察する。陽花の手際の良さに、詩織は思わず見とれてしまう。


(陽花さん、本当に素敵……)


 詩織の胸に、温かな感情が広がる。


「詩織ちゃん、チョコレートをかき混ぜてくれる?」


 陽花の声に、詩織は我に返る。


「あ、はい!」


 詩織は慌てて木べらを手に取る。チョコレートをかき混ぜながら、その甘い香りに包まれる。


「詩織ちゃん、上手だね。きれいに溶けてる」


 陽花の褒め言葉に、詩織は頬を染める。


「ありがとう。でも、陽花さんの方がずっと上手よ」


 二人は微笑み合う。その瞬間、キッチンに甘い空気が漂う。


 チョコレートが溶けたら、次は型に流し入れる作業だ。詩織は慎重に、ハート型の型にチョコレートを流し込んでいく。


「わあ、詩織ちゃんのチョコ、すごくきれい」


 陽花が感嘆の声を上げる。確かに、詩織の作ったチョコレートは、まるで宝石のように美しく輝いていた。


「陽花さんこそ、素敵よ」


 詩織も、陽花の作ったチョコレートに見とれる。陽花のチョコレートには、小さな星の模様が施されていた。


「えへへ、詩織ちゃんのために、特別にデコレーションしたんだ」


 陽花の言?に、詩織の胸が熱くなる。


 チョコレートを冷蔵庫で冷やしている間、陽花は和菓子作りに取り掛かる。


「詩織ちゃん、和菓子も一緒に作ろう?」


「え? でも、私……」


 詩織は少し戸惑う。和菓子作りの経験がないからだ。


「大丈夫、教えてあげるから」


 陽花が優しく微笑む。その笑顔に、詩織の不安が溶けていく。


 二人で餡を練り、生地を作っていく。陽花の丁寧な指導のもと、詩織も少しずつコツをつかんでいく。


「そう、その調子! 詩織ちゃん、才能あるよ」


 陽花の励ましの言葉に、詩織は自信を持って和菓子作りに臨む。


 やがて、可愛らしい椿の花の形をした和菓子が完成した。薄紅色の生地が、まるで本物の椿の花びらのように繊細だ。


「わあ、すごく綺麗……」


 詩織が感動の声を上げる。


「でしょう? 詩織ちゃんが上手に作ってくれたおかげだよ」


 陽花が嬉しそうに言う。二人は達成感に満ちた表情で、お互いを見つめ合う。


 チョコレートも冷えて固まり、いよいよ試食の時間だ。


「じゃあ、詩織ちゃん。あーんして?」


 陽花が、自分の作ったチョコレートを詩織の口元に運ぶ。


「あ、あーん……」


 詩織は少し恥ずかしそうに口を開ける。チョコレートの甘い香りと、陽花の指先の温もりに、詩織の心臓が高鳴る。


 チョコレートが口の中で溶けていく。その深い味わいに、詩織は目を見開く。


「美味しい! 陽花さん、これ本当に手作り?」


 詩織の素直な感想に、陽花は嬉しそうに頬を染める。


「よかった……詩織ちゃんに喜んでもらえて」


 次は詩織の番だ。彼女も、自分の作ったチョコレートを陽花の口元へ。


「はい、陽花さん。あーん……」


 陽花も、少し照れくさそうに口を開ける。


「わあ、詩織ちゃん。これ、すっごく美味しい!」


 陽花の目が輝く。


「本当? 良かった……」


 詩織は安堵の表情を浮かべる。


 最後は、二人で作った和菓子の番だ。


「じゃあ、これも一緒に食べよう」


 陽花が、椿の形をした和菓子を手に取る。


「うん」


 詩織も頷く。


 二人は同時に、お互いに和菓子を食べさせ合う。


「あーん」


 二人の声が重なる。和菓子の上品な甘さが、口の中に広がる。


「美味しい……」

「本当に美味しいね」


 二人は幸せそうに微笑み合う。


 キッチンには、チョコレートと和菓子の甘い香りが漂っている。その中で、詩織と陽花の気持ちは、さらに甘く、深く結びついていった。


 この日の思い出は、きっと二人の心に永遠に刻まれることだろう。チョコレートと和菓子の味とともに、互いへの愛情もまた、二人の中で熟成されていくのだ。

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