第二十話:「星々の囁き」

 秋の深まりゆく週末、詩織と陽花は学校近くの神社で開かれる縁日に出かけていた。二人とも、普段の制服姿とは違う装いに身を包んでいる。


 詩織は淡い紫色の浴衣を纏っていた。小さな桔梗の花が全体に散りばめられ、帯は深い青。長い黒髪は、普段よりも丁寧に結い上げられ、銀の簪が涼やかな光を放っている。唇には控えめなピンクのリップグロスが塗られ、その艶やかさが詩織の清楚な雰囲気をより引き立てていた。


 一方の陽花は、明るい橙色の浴衣を選んでいた。大胆な向日葵の模様が、彼女の活発な性格にぴったりだ。帯は鮮やかな緑色で、全体的に夏の名残を感じさせる装い。短い髪には、小さな橙色の花飾りがつけられ、首元には控えめな金のネックレスが輝いている。頬には健康的な血色が差し、まるで陽の光を浴びた果実のように瑞々しく見えた。


 二人は縁日の出店を巡りながら、楽しげに会話を交わしていた。


「ねえ、詩織ちゃん。あそこ、占いの店があるよ」


 陽花が、興味津々な様子で指さす。そこには、紫のテントが張られ、「星詠みの館」と書かれた看板が掲げられていた。


「占い? 陽花さん、そういうの好きなの?」


 詩織は少し驚いた様子で尋ねる。


「うん、たまに雑誌とかで見るんだ。詩織ちゃんはどう?」


「私は……あまり信じない方かもしれないわ」


 詩織は少し照れくさそうに答える。


「じゃあ、今日は私と一緒に占ってもらおうよ! きっと楽しいと思う」


 陽花の目が、期待に満ちて輝いている。その無邪気な表情に、詩織は心を動かされる。


「わかったわ。陽花さんと一緒なら」


 詩織の言葉に、陽花は満面の笑みを浮かべる。


 二人は手を取り合って、占いの店に向かう。テントの中に入ると、そこは外の喧騒とは別世界だった。薄暗い空間に、香炉から立ち上る白檀の香りが漂う。正面には、星々を描いた暗紫色のタペストリーが掛けられていた。


「いらっしゃい、お若いお二人」


 奥から、落ち着いた声が聞こえてくる。視線を向けると、そこには銀髪の老婆が座っていた。深いしわが刻まれた顔に、不思議な魅力を感じる。


「お二人の相性を占ってあげましょう」


 老婆の言葉に、詩織と陽花は顔を見合わせる。二人の頬が、僅かに赤く染まる。


「お願いします」


 陽花が、少し緊張した様子で答える。


 老婆は、二人の前に大きな水晶球を置いた。その中には、星々が浮かんでいるかのように見える。


「さあ、お二人とも、この水晶球に手を置いてください」


 詩織と陽花は、言われるがままに水晶球に手を置く。その瞬間、二人の指先が触れ合い、ふわりと優しい感触が走る。


 老婆は目を閉じ、何かを唱えるように低い声で呟き始める。水晶球の中の星々が、ゆっくりと動き始めたように見えた。


 しばらくの沈黙の後、老婆がゆっくりと目を開いた。その瞳には、幾千もの星が宿っているかのような神秘的な輝きが宿っていた。詩織と陽花は、思わずその深遠な眼差しに引き込まれそうになる。


 老婆は、先ほどとは打って変わって低く重々しい声で語り始めた。


「聞け、運命に導かれし二つの魂よ」


 その声音に、テント内の空気が震えたかのように感じられた。

 詩織と陽花は、思わず背筋を伸ばす。


「我が目に映るは、稀代の縁。水晶球の中で、二つの星が寄り添い、やがて一つの偉大なる光芒となる。これぞ、千年に一度の強き結びつきの証なり」


 老婆の言葉に、詩織は自分の心臓が胸を突き破るほどに激しく鼓動しているのを感じた。陽花の手が、そっと彼女の手を握る。その温もりが、詩織に勇気を与えた。


「されど、心せよ。汝らの前途は茨の道。幾多の試練が待ち受ける。だが、恐れるな」


 老婆の声は厳かに響く。その眼差しは、まるで未来を見通しているかのようだった。


「汝らの絆は、星の砕けるさまよりも強し。互いを思い、支え合わば、いかなる困難をも乗り越えん。その先には、比類なき幸福が待ち受けておる」


 詩織と陽花は、言葉を失ったまま老婆の言葉に聞き入っていた。その言葉の一つ一つが、魂に直接響いてくるかのようだった。


「そして、最後の啓示を授けよう。汝らの愛は、己のみにとどまらず、周囲の世界をも変えゆく力を持つ。その純粋なる想いは、他者の心をも照らし、温める光となるであろう」


 老婆の言葉が終わると、水晶球の中の星々が、まるで天空に帰還するかのように、ゆっくりと消えていった。


「我が啓示はここまでなり。疾く去れ、星に愛されし二人よ。汝らの未来が、天空の神々に祝福されんことを」


 老婆の最後の言葉は、まるで宇宙の彼方から響いてくるかのような荘厳さを帯びていた。詩織と陽花は、言葉もなく深々と頭を下げ、畏敬の念を抱きながらテントを後にした。

 外に出ると、二人は立ち止まり、互いの顔を見つめ合う。


「詩織ちゃん……」


「陽花さん……」


 言葉にならない感情が、二人の間に満ちている。


「なんだかすごかったわ……」

「うん、僕、今すごくドキドキしてる」


 陽花が、頬を赤らめながら言う。


「私も……。でも、嬉しい」


 詩織の目に、小さな涙が光る。


「うん、私も! 詩織ちゃんと一緒なら、どんな試練も乗り越えられる気がする」


 陽花が、力強く詩織の手を握る。


「ええ、私もそう思うわ」


 二人は、幸せな笑顔を浮かべる。その表情は、まるで星々が降り注ぐ夜空のように輝いていた。


「ねえ、詩織ちゃん。これからもずっと一緒だよ」


「ええ、ずっとよ、陽花さん」


 二人の約束が、夜空に響き渡るかのようだった。


 その夜、詩織と陽花の心には、新たな希望の光が灯った。占いの言葉は、二人の関係に確かな自信を与えてくれたのだ。これからどんな試練が待っていようとも、二人で乗り越えていける。そう信じられるようになった。


 縁日の賑わいの中、二人は手を繋いで歩き始める。その姿は、まるで星々に導かれているかのように美しく、周りの人々の目にも、温かな光として映っていた。


 この夜の思い出は、きっと二人の心に永遠に刻まれることだろう。そして、これからの人生という長い道のりを歩んでいく中で、何度も思い返される大切な宝物となるに違いない。

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