第十五話:日常という名の宝石

 秋も深まり、椿花女学院の校庭には色づいた落ち葉が舞い始めていた。詩織は図書室の窓から、その景色をぼんやりと眺めていた。


 今日も変わらない一日。しかし、そんな日常の中にこそ、かけがえのない瞬間が隠れていることを、詩織は知っていた。


「詩織ちゃーん!」


 陽気な声とともに、図書室のドアが開く。振り返ると、そこには笑顔の陽花が立っていた。


「あら、陽花さん。どうしたの?」


 詩織は、思わず柔らかな笑みを浮かべる。


「えへへ、詩織ちゃんに会いたくなっちゃって」


 陽花の素直な言葉に、詩織の心臓が小さく跳ねる。


 陽花は今日も爽やかな姿だった。白のブラウスに紺のプリーツスカート。制服姿でありながら、彼女特有の活発さが溢れている。短い茶色の髪が、秋の陽射しを受けて輝いていた。


 詩織は、ふと陽花の耳に目が留まる。そこには、小さな星型のピアスが光っていた。


「あら、そのピアス、可愛いわね」


「え? あ、これ? 詩織ちゃんにもらったやつだよ。今日はなんとなくつけたくなって」


 陽花の言葉に、詩織は驚きとともに、胸が熱くなるのを感じた。誕生日にプレゼントしたピアスを、こうして日常的につけてくれているなんて。


「そう、嬉しいわ」


 詩織の声は、感動で少し震えていた。


 陽花は、詩織の隣に座る。二人の肩が、そっと触れ合う。


「ねえ、詩織ちゃん。今日の放課後、一緒に帰ろう?」


「ええ、いいわよ」


 詩織は優しく微笑む。陽花のそばにいると、自然と表情が柔らかくなる。


 放課後、二人は並んで帰路につく。秋の夕暮れが、二人の姿を優しく包み込む。


「あ、詩織ちゃん。靴紐が解けてる」


 陽花の声に、詩織は足元を見る。確かに、左足の靴紐が解けていた。


「あら、本当ね。ありが……」


 詩織が言葉を終える前に、陽花がしゃがみ込んで靴紐を結び始めた。


「陽花さん?」


「大丈夫、すぐ結んであげるから」


 陽花の仕草は、まるで子供の靴紐を結ぶ母親のように優しかった。その姿に、詩織は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


(こんな何気ない優しさ、今まで気づかなかった……)


 靴紐を結び終えた陽花が顔を上げる。その瞬間、夕陽に照らされた陽花の笑顔が、詩織の目に焼き付いた。


「ありがとう、陽花さん」


 詩織の声が、感情で震える。


「え? どうしたの、詩織ちゃん?」


 陽花が不思議そうな顔をする。その表情が、また詩織の心を揺さぶる。


「ううん、なんでもないの。ただ……」


 詩織は、言葉を探す。


「ただ?」


「陽花さんのことが、好き」


 詩織の言葉に、陽花の目が大きく見開かれる。


「え? 急にどうしたの?」


「急じゃないわ。ずっと好きだったの。でも、今改めて……すごく好きだって感じたの」


 詩織の頬が、薔薇色に染まる。陽花も、詩織の言葉に照れたように頬を赤らめる。


「僕も……詩織ちゃんのこと、大好きだよ」


 陽花の言葉に、詩織の心が暖かくなる。


 二人は、照れくさそうに見つめ合う。そして、自然と手を繋ぐ。


 夕暮れの街を歩きながら、詩織は思う。こんな何気ない日常の中にこそ、愛は息づいているのだと。靴紐を結ぶ陽花の仕草、ピアスを身につけてくれている優しさ、そんな小さな幸せの積み重ねが、二人の関係をより深いものにしているのだと。


 秋の風が二人の髪をそっと撫でていく。その風に乗って、二人の想いが空高く舞い上がっていくようだった。


 この日常という名の宝石は、きっといつまでも二人の心の中で輝き続けることだろう。

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