第十四話:月光のセレナーデ
秋の深まりゆく週末、詩織の部屋に陽花が初めてお泊りすることになった。詩織の両親が出張中で、二人きりの夜を過ごせる絶好の機会だった。
玄関のチャイムが鳴り、詩織は少し緊張した面持ちでドアを開ける。
「こんばんは、詩織ちゃん!」
陽花の明るい声が、詩織の緊張をほぐす。
「いらっしゃい、陽花さん」
詩織は微笑みながら陽花を迎え入れる。
陽花は薄いピンク色のワンピースに白のカーディガンを羽織っていた。首元には、いつもの星のペンダントが輝いている。その姿は、まるで春の陽だまりのように柔らかく温かだった。
一方の詩織は、淡いブルーのブラウスにグレーのスカートという、いつもより少しだけカジュアルな装い。髪は普段よりもゆるく結い上げ、リラックスした雰囲気を醸し出している。
◆
詩織の部屋に足を踏み入れた陽花は、キョロキョロと周りを見回していた。その好奇心に満ちた様子が、まるで初めて新しい遊び場を見つけた子猫のようで愛らしい。
「ねえ、詩織ちゃん。今日の夕食、一緒に作ろうよ」
陽花の目が、期待に満ちて輝いている。その瞳には、詩織との時間を大切にしたいという想いが溢れていた。
詩織は、陽花の提案に心が躍るのを感じた。一緒に料理を作るなんて、まるで夢のよう。彼女は柔らかな微笑みを浮かべ、嬉しそうに頷いた。
「ええ、それは素敵だわ。何を作りましょうか?」
詩織の声には、普段の落ち着きに加えて、かすかな興奮が混ざっている。
二人は顔を寄せ合い、夕食のメニューを相談し始めた。陽花が詩織の肩に手を置き、詩織が陽花の腕に触れる。そんな何気ない仕草の一つ一つが、二人の距離を縮めていく。
「和風パスタはどう? 季節のサラダも作れるし」
陽花の提案に、詩織は目を輝かせた。
「素敵ね。私、和風の味付けが好きなの」
決まったメニューに満足げな二人は、キッチンへと向かう。エプロンを身につける姿は、まるで鏡に映った幸せな未来の二人のよう。詩織は淡いブルーのエプロン、陽花は明るいオレンジ色のエプロンを着けた。その姿は、まるで新婚夫婦のようだった。
キッチンに立つ二人の間には、心地よい緊張感が漂う。詩織がパスタを茹でる準備をする傍ら、陽花はサラダの野菜を洗い始めた。
陽花が包丁を手に取り、野菜を刻み始める。その手さばきは予想以上に巧みで、詩織は思わずうっとりと見入ってしまう。エプロン姿の陽花は、いつも以上に魅力的に見えた。健康的な小麦色の肌が、キッチンの明かりに照らされて輝いている。陽花の額に、小さな汗が光るのが見えた。
「陽花さん、やっぱり包丁さばきが華麗ね」
詩織の声には、純粋な感嘆の色が混ざっている。陽花の意外な一面を発見できた喜びが、その口調に現れていた。
「えへへ、ありがとう。でも、詩織ちゃんのほうがもっと素敵だよ」
陽花の言葉に、詩織は頬を赤らめる。その赤みは、夕陽に照らされた椿の花びらのよう。
「そ、そんなことないわ……」
詩織は恥ずかしさに目を伏せるが、心の中では嬉しさが広がっていた。
二人で協力して作った夕食は、予想以上に美味しかった。和風ソースの香りが部屋中に広がり、食欲をそそる。テーブルを挟んで向かい合った二人は、楽しく会話を交わす。
「詩織ちゃん、このパスタ、本当に美味しいね!」
「ええ、陽花さんが作ったサラダも絶品よ」
時折、目が合うと、二人とも照れくさそうに微笑み合う。その瞬間、時間が止まったかのように感じられた。
食事を楽しみながら、二人は学校での出来事や将来の夢について語り合った。陽花の明るい笑い声と、詩織の優しい微笑みが、部屋中を温かな雰囲気で包み込む。
窓の外では、夕暮れの空が美しいグラデーションを描いている。その光景が、二人の甘い時間にさらなる彩りを添えていた。
この夜の記憶は、きっと二人の心に深く刻まれることだろう。キッチンでの協力、テーブルを囲んでの会話、そして何より、お互いを想い合う気持ち。それらすべてが、二人の絆をより一層深めていった。
やがて夕食が終わると、陽花がおずおずと言った。
「ねえ、詩織ちゃん。……お風呂、一緒に入らない?」
その言葉に、詩織の心臓が大きく跳ねる。
「え? ……はい、喜んで……」
詩織の声が、少し上ずっているのが分かる。
バスルームのドアを開けると、湯気が立ち込める空間が二人を出迎えた。詩織と陽花は、一瞬ためらいの表情を見せたが、互いに小さく頷き合い、ゆっくりとバスローブを脱ぎ始めた。
バスローブが床に落ちる音が、静かな空間に響く。二人はお互いの姿を見て、思わず息を呑んだ。
陽花の引き締まった体が、詩織の目を引く。日々の陸上部の練習で鍛えられた腹筋や、しなやかな脚線美が、湯気の向こうに浮かび上がる。健康的な小麦色の肌が、湿った空気を含んで艶やかに輝いている。その姿は、まるでギリシャ彫刻のような美しさだった。
一方、陽花も詩織の姿に見とれていた。詩織の白い肌は、まるで上質な絹のよう。なめらかな曲線を描く背中や、ほっそりとした首筋が、陽花の視線を釘付けにする。長い黒髪が、うなじに沿ってしっとりと流れ落ちている様子は、まるで日本画に描かれた美人のようだ。
二人は、互いの美しさに魅了されながらも、恥ずかしさで頬を赤らめる。しかし、その恥じらいは次第に、相手への強い思慕の念に変わっていった。
「詩織ちゃん……」
陽花の声が、かすれている。
「陽花さん……」
詩織の囁きが、湯煙の中に消えていく。
二人の視線が絡み合い、そこには言葉では表せない想いが溢れていた。まるで磁石に引き寄せられるように、二人の体が近づいていく。
そして、気がつけば二人は抱き合っていた。直接肌と肌が触れ合う感覚に、二人とも小さく息を呑む。陽花の引き締まった体と、詩織の柔らかな曲線が重なり合う。
詩織は、陽花の背中に手を回す。陽花の肌の温もりが、詩織の指先から全身に広がっていく。
「陽花さん、大好き……」
詩織の言葉に、陽花はより強く詩織を抱きしめる。
「僕も、詩織ちゃんが大好きだよ」
二人の心臓の鼓動が、互いの体を通して伝わってくる。その瞬間、二人は身体的な欲望以上の、魂の繋がりを感じていた。
湯煙の中で抱き合う二人の姿は、まるで一つの彫刻のように美しく、神々しさすら感じさせた。
しばらくの間、二人はただ黙って抱き合っていた。その静寂の中で、互いの呼吸や心臓の鼓動だけが、かすかに聞こえていた。
やがて、二人はゆっくりと体を離す。しかし、その目には以前にも増して深い愛情が宿っていた。
「あの……湯船に入りましょうか」
「そうだね、お湯、冷めちゃったかも」
陽花の言葉に、二人は小さく笑い合う。その笑顔には、新たな絆を得た喜びが満ちあふれていた。
湯船に浸かると、温かい湯が全身を包み込む。二人は自然と肩を寄せ合い、その距離の近さに心臓の鼓動が早くなるのを感じた。お湯の温もりと、隣から伝わってくる体温が心地よく、二人の緊張をほぐしていく。
しばらくの沈黙の後、陽花が優しく声をかけた。
「詩織ちゃん、背中流そうか?」
その申し出に、詩織は小さく頷く。その仕草が、陽花の胸を熱くする。
陽花の手が、詩織の背中に触れる。最初は遠慮がちだった動きが、徐々に自然になっていく。優しく撫でるような動きに、詩織は小さくため息をつく。
「気持ちいい?」
陽花の声には、少し緊張が混じっている。
「ええ、とても……」
詩織の声が、甘く溶けていく。その声色に、陽花の心臓が大きく跳ねる。
陽花の手が、詩織の肩から腰にかけてゆっくりと動く。その感触に、詩織の全身に小さな電流が走る。
詩織がそっと振り返ると、二人の目が合った。湯気で潤んだ瞳が、互いの想いを映し出す。
「陽花さん……」
詩織の囁きが、湯煙の中に消えていく。
「詩織ちゃん……」
陽花の声も、かすれている。
二人の顔が、ゆっくりと近づいていく。湯船の中で、お互いの体が触れ合う。そして――。
唇が、そっと重なった。湯の温もりと、唇の柔らかさが溶け合う。甘くて切ない、でも優しいキス。
キスが終わっても、二人はしばらくの間、額を寄せ合ったままだった。
「詩織ちゃん、好きだよ」
「私も、陽花さんが大好き」
二人の告白が、静かな浴室に響く。その瞬間、二人の絆がより一層深まったことを感じた。
湯煙の向こうで、窓から差し込む月明かりが優しく二人を照らしている。この夜の思い出は、きっと二人の心に永遠に刻まれることだろう。
お風呂から上がると、二人はパジャマに着替える。詩織は薄紫の絹のようなパジャマ、陽花はオレンジ色の綿のパジャマ。それぞれの個性が、夜の装いにも現れている。
詩織のベッドに腰掛けると、二人は少し緊張した様子で向き合う。
「ねえ、詩織ちゃん」
陽花が、詩織の手を優しく握る。
「なに?」
「今までもずっと幸せだったけど、今日は、本当に特別幸せだよ」
陽花の素直な言葉に、詩織の胸が熱くなる。
「私も……陽花さんと過ごせて、とても幸せよ」
二人の顔が、少しずつ近づいていく。そして、また柔らかな唇が重なる。優しくて、甘いキス。
キスが終わると、二人は見つめ合って微笑む。
「もう遅いわね。寝ましょうか」
詩織の言葉に、陽花が頷く。
二人でベッドに横たわる。狭いベッドの中で、自然と体が寄り添う。
「おやすみ、詩織ちゃん」
「おやすみ、陽花さん」
陽花が、そっと詩織を抱きしめる。詩織も、陽花の胸に顔をうずめる。
窓から差し込む月の光が、二人を優しく包み込む。静かな寝息が、部屋に満ちていく。
この夜、詩織と陽花の絆は、より深く、より強いものになった。二人の心と体が、まるで一つになったかのように寄り添い、眠りについた。それは、二人にとって忘れられない、特別な夜となった。
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