第十三話:陽だまりの誓い

 秋晴れの空が広がる体育祭当日、椿花女学院のグラウンドは熱気に包まれていた。赤と白のチームに分かれた生徒たちが、声援を送り合う中、陽花は1年生代表として100メートル走に臨んでいた。


 詩織は観客席から、緊張した面持ちで陽花を見つめている。陽花の姿は、まるで一輪の向日葵のように輝いていた。赤のユニフォームが、健康的な小麦色の肌によく映えている。短い茶色の髪は、いつもよりもきりりと結い上げられ、凛々しい表情を引き立てていた。


(頑張って、陽花さん……)


 詩織の心の中で、小さな声援が響く。


 ピストルの音とともに、陽花は風のように駆け出した。その姿は、まるで翼を広げた鳥のよう。グラウンドに響く歓声の中、陽花はみるみるうちにトップに立ち、そのまま1位でゴールテープを切った。


「やった! 陽花ちゃん、すごい!」

「さすが陸上部のエースね!」


 周りの生徒たちから、歓声と称賛の声が上がる。詩織も思わず立ち上がり、大きな拍手を送った。その瞬間、陽花と目が合う。陽花は満面の笑みで、詩織に向かって手を振った。


 その後も、陽花は次々と競技で好成績を収める。リレーでは、最後のアンカーとして圧巻の走りを見せ、チームを勝利に導いた。クラスメイトたちが歓喜の声を上げる中、陽花は照れくさそうに頭を掻いている。その姿が、詩織の目には愛おしく映った。


 しかし、同時に詩織の胸に、小さな棘が刺さったような感覚があった。


(陽花さん、本当に輝いているわ……。でも、私にはあんな風にはなれない……)


 そんな思いが、詩織の心をかすかに曇らせる。


 昼休憩の時間、陽花の周りには多くのクラスメイトが集まっていた。みんなが陽花の活躍を称え、話しかけている。陽花は、相変わらず明るい笑顔で応対している。


「陽花ちゃん、すごかったわ! 私たちの誇りよ」

「次の競技も頼りにしてるからね」


 女子たちの声が、詩織の耳に届く。陽花の人気の高さを、改めて感じさせられた。


(みんな、陽花さんのことが好きなのね……)


 詩織は少し離れたところから、その光景を見つめていた。胸の奥に、これまで感じたことのない感情が芽生え始めている。それが「嫉妬」だと気づいた時、詩織は自分自身に驚いた。


(こんな気持ち、良くないわ。でも……)


 詩織は、自分の気持ちを抑えきれずにいた。そんな彼女の様子に気づいたのか、陽花が人混みから抜け出し、詩織の元へと駆け寄ってきた。


「詩織ちゃん! 見てくれてた? 僕の走り」


 陽花の目が、期待に満ちて輝いている。その純粋な喜びに、詩織の心が揺れる。


「ええ、もちろん。陽花さん、本当に素晴らしかったわ」


 詩織は、精一杯の笑顔で答える。しかし、その声は少し上ずっていた。


「詩織ちゃん? どうかした? いつもと違うよ?」


 陽花が、心配そうに詩織の顔を覗き込む。


「ううん、何でもないわ」


 詩織は、視線を逸らす。しかし、陽花の鋭い直感が、詩織の心の動きを察知したようだった。


「ねえ、詩織ちゃん。ちょっときて」


 陽花が、詩織の手を取る。その温もりに、詩織の心が少し和らぐ。


 二人は人目を避けるように、校舎の裏手へと歩いていく。そこは、誰もいない静かな空間だった。木々の葉が優しく揺れ、秋の陽だまりが二人を包み込む。


「詩織ちゃん、本当の気持ちを聞かせて?」


 陽花の優しい声に、詩織の心の壁が崩れ始める。


「私……陽花さんが羨ましかったの」


 詩織の声が、小さく震える。


「え?」


「陽花さんは、すごく輝いていて。みんなに好かれて……。私には、そんな風にはなれないから……」


 詩織の言葉に、陽花の表情が柔らかくなる。


「詩織ちゃん、そんなこと……」


 陽花が、そっと詩織を抱きしめる。その腕の中で、詩織の緊張が少しずつほぐれていく。


「僕ね、詩織ちゃんのことが一番好きなんだ」


 陽花の言葉に、詩織の心臓が大きく跳ねる。


「でも、みんなが陽花さんのことを……」


「それは違うよ。みんなは僕の走りを褒めてくれただけ。でも、僕の心の中にいるのは、いつも詩織ちゃんだけなんだ」


 陽花の真摯な眼差しに、詩織は言葉を失う。


「詩織ちゃんは、僕にとってかけがえのない存在。静かで、でもすごく強くて、優しくて……。僕が走れるのも、詩織ちゃんが応援してくれるからなんだ」


 陽花の言葉が、詩織の心に染み込んでいく。


「陽花さん……」


 詩織の目に、小さな涙が光る。


「ねえ、詩織ちゃん」


 陽花が、詩織の頬に優しく触れる。


「なに?」


「キスしちゃうよ」


 陽花の言葉に、詩織はゆっくりと頷く。


 二人の唇が、そっと重なる。柔らかく、温かい感触。甘い香りが、二人を包み込む。


 キスが終わると、二人は見つめ合う。陽花の目には、詩織への愛情が満ちあふれている。詩織の心から、さっきまでの不安が消え去っていくのを感じた。


「……安心した?」

「うん。ありがとう、陽花さん」


 詩織の声が、幸せに満ちている。


「うん、これからも一緒だよ。詩織ちゃん」


 陽花が、再び詩織を優しく抱きしめる。


 木漏れ日が二人を照らす。その光の中で、詩織と陽花の絆は、より一層深まったようだった。体育祭の喧騒が聞こえる中、二人だけの静かな愛の誓いが交わされた瞬間だった。

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