第十二話:スクリーンに映る恋

 秋の夜長、詩織の部屋に陽花が訪れた。今夜は二人で映画鑑賞をする約束の日だった。詩織は、少し緊張した面持ちで陽花を迎え入れる。


「お邪魔します」


 陽花の元気な声が、詩織の心を和ませる。


 詩織は今日、薄いラベンダー色のニットワンピースを着ていた。首元には、陽花とお揃いの星のペンダントが輝いている。髪は、普段よりも少し手をかけて、柔らかなウェーブをつけていた。


 一方の陽花は、白のブラウスにデニムのスキニージーンズという、カジュアルながらも可愛らしい装いだ。首に巻いたピンクのスカーフが、彼女の健康的な肌を一層引き立てている。


「詩織ちゃん、今日もすっごく可愛い」


 陽花のいつも通りの素直な褒め言葉に、詩織は頬を赤らめる。


「あ、ありがとう。陽花さんこそ、とても素敵よ」


 二人は照れくさそうに微笑み合う。


 詩織の部屋は、淡い色調でまとめられていた。壁には詩織の好きな詩人の言葉が額装されており、本棚には古典文学の本が整然と並んでいる。ベッドの上には、ふわふわのクッションがいくつも置かれていた。


「じゃあ、映画を始めましょうか」


 詩織が、少し緊張した様子でDVDをセットする。今夜見るのは、フランスの古典的なロマンス映画だ。


 映画が始まると、二人はベッドに腰かけて画面に見入る。物語は、1960年代のパリが舞台。若い画家の男性と、彼のモデルとなった女性との切ない恋物語だ。


 映画が進むにつれ、二人の距離は少しずつ縮まっていく。時折、お互いの肩や腕が触れ合い、そのたびに小さな稲妻が走るような感覚を覚える。


「ねえ、詩織ちゃん」


 陽花が、小声で呼びかける。


「なに?」


「二人の恋、すっごく素敵だね」


 陽花の目が、画面に映る主人公たちを見つめている。その瞳には、憧れと羨望の色が宿っていた。


「ええ、本当に……」


 詩織も、陽花と同じ気持ちだった。スクリーンに映る二人の恋に、自分たちの姿を重ね合わせているようだった。


 映画の中で、主人公たちが初めてキスをするシーン。二人は思わず息を呑む。その瞬間、詩織と陽花の指が、そっと絡み合った。


「あ……」


 二人は、驚いたように顔を見合わせる。しかし、手を離すことはなかった。むしろ、より強く握り締めた。


 映画は、二人の恋の行方を描きながら進んでいく。時に甘く、時に切ない展開に、詩織と陽花は何度も胸を締め付けられるような感覚を覚えた。


「詩織ちゃん、泣いてる?」


 陽花が、優しく詩織の頬に触れる。確かに、詩織の目には小さな涙が光っていた。


「ごめんなさい、つい……」


「ううん、僕も泣きそう」


 陽花の目も、うるうると潤んでいる。二人は、優しく微笑み合う。


 映画のクライマックス。運命に引き裂かれそうになる二人が、必死に想いを伝え合うシーン。詩織と陽花は、息をつめて見つめる。


「ねえ、陽花さん」


 詩織が、小さな声で呼びかける。


「なに?」


「私たちも、あんな風に……」


 詩織の言葉が途切れる。しかし、陽花には詩織の想いが伝わったようだった。


「うん、僕たちはきっと……」


 陽花の言葉も、途中で消えてしまう。しかし、二人の心は確かに通じ合っていた。


 映画のエンディング。主人公たちが再会を果たし、抱き合うシーン。その瞬間、詩織と陽花の視線が絡み合う。


 二人の顔が、ゆっくりと近づいていく。詩織は、陽花の瞳に映る自分の姿を見つめる。陽花も、詩織の唇に視線を落とす。


 そして――。


 二人の唇が、そっと重なった。柔らかく、温かい感触。甘い香りが、二人を包み込む。


 キスは、ほんの数秒だったかもしれない。しかし、二人にとっては永遠のような瞬間だった。


 唇が離れた後も、二人はしばらくの間、見つめ合っていた。


「詩織ちゃん……」


「陽花さん……」


 二人の頬は、薔薇色に染まっていた。目には、幸せな光が宿っている。


「ねえ、詩織ちゃん」


 陽花が、優しく詩織の髪を撫でる。


「なに?」


「僕たちの恋も、きっと映画みたいに素敵なものになるよね」


 陽花の言葉に、詩織は柔らかく微笑む。


「ええ、もちろん……」


 二人は、もう一度優しく唇を重ねる。その瞬間、部屋全体が柔らかな光に包まれたような感覚があった。


 窓の外では、秋の夜風が優しく木々を揺らしている。その音が、二人の恋の伴奏のようだった。


 スクリーンには、まだエンドロールが流れている。しかし、詩織と陽花の物語は、まだ始まったばかり。これからどんな展開が待っているのか、誰にも分からない。ただ、二人の心に芽生えた愛の種が、きっと美しい花を咲かせることだけは、確かだった。

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