第十話:小さな出会い

 七夕の朝、詩織は目覚めると同時に窓辺に駆け寄った。昨夜からの雨が上がり、澄んだ青空が広がっている。今夜は星空が見られそうだ。詩織の胸に、小さな期待が芽生えた。


 鏡の前に立ち、詩織は今日の装いを確認する。淡い水色のブラウスに白のプリーツスカート。首元には、陽花からもらった小さな星のペンダントが輝いている。髪は、普段より少し手をかけて、ゆるやかなウェーブをつけた。


(今日は特別な日だから……)


 詩織は頬を染めながら、慎重にマスカラを塗る。まつ毛が長く伸びていく様子は、まるで夜空に輝く星のよう。唇には、ほんのりとしたピンク色のリップグロスを。艶やかな唇が、朝日に照らされてきらめく。


 学校に着くと、七夕の飾りつけで賑わう校庭が目に入った。色とりどりの短冊が、そよ風に揺れている。


「詩織ちゃーん!」


 元気な声と共に、陽花が駆け寄ってきた。陽花は今日も元気いっぱいだ。ボーイッシュな短い髪が朝の光を受けて輝き、健康的な頬が薔薇色に染まっている。


「おはよう、陽花さん」


 詩織は微笑みながら挨拶を返す。陽花の姿を見て、詩織の心臓が小さく跳ねる。


「ねえねえ、詩織ちゃん。今日の放課後、一緒に七夕の短冊書かない?」


 陽花の目が、期待に満ちて輝いている。その瞳は、夜空の星よりも美しいと詩織は思った。


「ええ、もちろんよ」


 詩織の答えに、陽花は満面の笑みを浮かべる。その笑顔は、まるで太陽のように眩しかった。


 授業中、詩織は時折窓の外を見やっては、夜の星空を想像していた。隣の席にいる陽花も、同じように落ち着かない様子。二人の視線が絡むたび、小さな笑みを交わす。その瞬間、教室全体が輝きに満ちたように感じられた。


 放課後、二人は誰もいない教室で向かい合って座った。机の上には、色とりどりの短冊が広げられている。


「何色にする?」


 陽花が、キラキラした目で詩織を見つめる。


「そうね……紫色にしようかしら」


 詩織は、深い紫色の短冊を手に取る。その色は、夜空のような神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「僕は……この青にするね!」


 陽花は、空色の短冊を選んだ。その色は、陽花の明るい性格にぴったりだと詩織は思う。


 二人は、それぞれの短冊に向かい合って筆を走らせる。静寂の中に、筆先が紙をなぞる音だけが響く。詩織は、時折陽花の表情を盗み見る。真剣な眼差しで短冊に向かう陽花の横顔に、詩織は胸が高鳴るのを感じた。


「詩織ちゃん、書き終わった?」


 陽花の声に、詩織は我に返る。


「え? あ、ええ……」


 詩織は慌てて筆を置く。陽花は、キラキラした目で詩織を見つめている。


「ねえ、お互いの願い事、見せ合おうよ」


 陽花の提案に、詩織は少し戸惑う。願い事は、本来秘密にするものだ。でも、陽花との間には秘密なんて必要ない。そう思うと、詩織の心は決まった。


「ええ、そうね」


 二人は、ゆっくりと短冊を交換する。その瞬間、詩織の心臓が大きく跳ねた。


 陽花の短冊には、「詩織ちゃんとずっと一緒にいられますように」と書かれていた。詩織は、思わず息を呑む。


 そして、自分の短冊を見る陽花の表情が、驚きに満ちていくのが分かった。


「詩織ちゃん……」


 陽花の声が、感動に震えている。詩織の短冊には、「陽花さんと永遠に寄り添えますように」と書かれていたのだ。


 二人は、言葉もなく見つめ合う。その瞬間、教室全体が星明かりに包まれたかのような錯覚を覚えた。


「ね、詩織ちゃん」


 陽花が、少し震える声で呼びかける。


「なに?」


「僕たちの願い、きっと叶うよね?」


 陽花の目に、小さな涙が光る。詩織は、胸がいっぱいになるのを感じた。


「ええ、きっと……」


 詩織の言葉に、陽花はゆっくりと手を伸ばす。二人の指が、そっと絡み合う。その瞬間、まるで星々が二人を祝福しているかのような温かさに包まれた。


 窓の外では、夕暮れの空が七色に染まっていく。その美しい景色を背景に、二人は静かに寄り添っていた。この瞬間が、永遠に続けばいいのにと、詩織は思った。


 その夜、詩織と陽花は学校の裏手にある「星見の丘」で再会した。夜空には、無数の星が煌めいている。


「わぁ……綺麗」


 陽花の声が、夜風に乗って流れる。


「ええ、本当に……」


 詩織も、息を呑むほどの美しさに見とれていた。


 二人は、丘の上に敷いたブランケットの上に座る。肩が触れ合うほど近い距離で、夜空を見上げる。


「ね、詩織ちゃん」


 陽花が、そっと詩織の手を握る。


「なに?」


「僕たちの短冊、あそこに飾られてるよ」


 陽花が指さす方向を見ると、確かに二人の短冊が風に揺れている。紫と青の短冊が、星明かりに照らされて美しく輝いていた。


「本当ね……」


 詩織の声が、感動で震える。


「きっと叶うよ、僕たちの願い」


 陽花の言葉に、詩織は静かに頷く。二人の指が、より強く絡み合う。


 その時、一筋の流れ星が夜空を横切った。


「あ!」


 二人の声が重なる。


「願い事、した?」


 陽花が、キラキラした目で詩織を見つめる。


「ええ、したわ」


 詩織も、柔らかな笑みを浮かべる。


「僕も。でもね、詩織ちゃん」


「なに?」


「もう叶ってるんだ、僕の願い」


 陽花の言葉に、詩織の胸が熱くなる。


「私も……陽花さんと一緒にいられること、それが私の願いだから」


 二人は、静かに見つめ合う。そして、ゆっくりと顔を近づける。唇が触れ合った瞬間、まるで全ての星が二人を祝福しているかのような輝きに包まれた。


 七夕の夜、詩織と陽花の心に、永遠の愛の誓いが刻まれた。それは、どんな星よりも輝く、二人だけの宝物になったのだった。

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