第八話:水族館の魔法 ~深海の中で見つけた愛~
初夏の日差しが眩しい日曜日、詩織は自室の鏡の前で緊張した面持ちで立っていた。今日は陽花との初めての休日デート。水族館に行く約束をしたのだ。
詩織は、長い黒髪を丁寧にブラッシングしながら、陽花の笑顔を思い浮かべる。その瞬間、頬が熱くなるのを感じた。
(どんな服装で行こうかしら……)
クローゼットを開け、何度も服を取り出しては戻す。普段は制服に慣れているため、私服を選ぶのは難しい。結局、薄いピンク色のワンピースを選んだ。首元にはさりげなく、小さな真珠のペンダントを。
メイクは普段よりも少しだけ丁寧に。薄いピンク色のアイシャドウを瞼に乗せ、ほんのりとした色味のリップを唇に。
準備を終えた詩織は、深呼吸をして玄関に向かう。
「行ってきます」
両親に声をかけると、母親が顔を覗かせた。
「詩織、今日はお友達と出かけるのね。楽しんでいらっしゃい」
母の優しい笑顔に、詩織は小さく頷いた。胸の中で、小さな罪悪感がちくりと痛む。まだ両親には陽花との関係を話していない。
約束の場所に着くと、すでに陽花が待っていた。陽花は白のTシャツにデニムのショートパンツ姿。首からは小さなカメラが下がっている。その姿は、まるで少年のようで、詩織は思わずドキリとした。
「詩織ちゃん! おはよう!」
陽花の明るい声に、詩織の緊張が少しほぐれる。
「おはよう、陽花さん」
二人は少し照れくさそうに見つめ合う。
「詩織ちゃん、今日すっごく可愛いね。そのワンピース、とても似合ってる」
陽花の素直な褒め言葉に、詩織は頬を赤らめる。
「あ、ありがとう。陽花さんも素敵よ」
陽花は嬉しそうに笑った。その笑顔は、まるで太陽のように眩しい。
水族館に向かう電車の中、二人は隣り合って座った。時々、肩や腕が触れ合い、そのたびに詩織の心臓が小さく跳ねる。
「ね、詩織ちゃん」
陽花が小声で呼びかける。
「なに?」
「手、繋いでもいい?」
詩織は驚いて周りを見回した。誰も二人に注目していないことを確認すると、小さく頷く。
陽花の手が、そっと詩織の手を包み込む。陽花の手は少し大きくて、温かい。詩織は、その温もりに心が溶けていくのを感じた。
水族館に到着すると、二人は興奮した様子で入場口に向かう。陽花は、まるで小さな子供のように目を輝かせている。
「わぁ! すごい!」
大きな水槽の前で、陽花が歓声を上げる。色とりどりの魚たちが、まるで風に舞う花びらのように泳いでいる。
詩織も、その美しさに見とれていた。魚たちの動きは、まるで水中のバレエのよう。
「ね、詩織ちゃん。あの魚、詩織ちゃんに似てるよ」
陽花が指さした先には、優雅に泳ぐ青い魚がいた。
「どうして?」
「だって、凛としてて、でもすごく美しいから」
陽花の言葉に、詩織は顔を真っ赤にする。そんな詩織の反応に、陽花はくすくすと笑う。
二人は、手を繋いだまま水族館を巡る。時折、互いの顔を見合わせては、小さく微笑み合う。その瞬間、周りの喧騒も消え去り、二人だけの世界が広がるようだった。
人魚ショーの時間になり、二人は観客席に座る。ショーが始まると、歓声が上がる。美しい人魚の衣装を着た女性たちが、イルカと共に水中で優雅に泳ぐ姿は圧巻だ。
突然、冷房の風が強くなり、詩織が小さく震える。それに気づいた陽花は、さりげなく腕を回し、詩織を引き寄せる。
「寒い?」
陽花の優しい声に、詩織は頬を赤らめながら小さく頷く。
「こうしていれば、暖かいよ」
陽花が持ってきていたカーディガンを、二人で肩にかける。人魚のショーを見ながら、二人は肩を寄せ合い、その温もりを感じていた。
詩織は、陽花の腕の中にいることの心地よさに、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じる。陽花の香り、体温、そして優しさに包まれて、この瞬間が永遠に続けばいいのにと思った。
ショーが終わり、二人は水族館を後にする。夕暮れ時、近くの公園に立ち寄ることにした。人気のない公園で、二人はブランコに腰掛ける。
「楽しかったね」
陽花が、満面の笑みで言う。
「ええ、とても」
詩織も、心から楽しかったと思う。陽花と過ごしたこの一日は、まるで夢のようだった。
「ね、詩織ちゃん」
陽花が、真剣な眼差しで詩織を見つめる。
「なに?」
「キスしてもいい?」
その言葉に、詩織の心臓が大きく跳ねる。周りを見回すと、誰もいないことを確認する。
「う、うん……」
詩織の小さな頷きを見て、陽花がゆっくりと顔を近づけてくる。
二人の唇が、そっと重なる。柔らかく、温かい感触。甘い香りが鼻をくすぐる。
キスは、ほんの数秒だったかもしれない。しかし、二人にとっては永遠のような瞬間だった。
唇が離れると、二人は見つめ合う。詩織の頬は薔薇色に染まり、陽花の目は星のように輝いていた。
「大好きだよ、詩織ちゃん」
陽花の囁きに、詩織は幸せな気持ちで胸が一杯になった。
「私も……大好き」
二人は再び手を繋ぎ、ゆっくりとブランコを揺らす。夕焼けに染まる空の下、二人の心は優しく寄り添っていた。
この日の思い出は、きっと二人の心に永遠に刻まれることだろう。水族館の魔法のような一日は、二人の関係をさらに深めた。これからも二人で紡いでいく物語は、きっと美しい宝物になっていくはずだ。
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