第七話:誕生日の告白 ~キャンドルの灯に照らされて~
初夏の陽光が椿花女学院の校庭を優しく包み込む午後、詩織は図書室で一人静かに本を整理していた。彼女の長い黒髪は、薄いラベンダー色のリボンで結ばれ、優雅に背中を流れている。濃紺のブレザーと格子柄のスカートからなる制服は、詩織の凛とした佇まいをより一層引き立てていた。
詩織の繊細な指先が本の背表紙を撫でる。その動作は、まるで大切な宝物を扱うかのように丁寧だ。しかし、彼女の瞳は本ではなく、遠くを見つめているようだった。
(今日は陽花さんの誕生日……)
詩織の心の中で、その思いが静かに広がっていく。陽花との出会いから、今日までの日々が走馬灯のように駆け巡る。詩織の頬が、ほんのりと桜色に染まった。
ふと、詩織はカバンの中に忍ばせたプレゼントの存在を思い出す。昨夜遅くまで心を込めて作ったそれは、陽花への想いが詰まったものだった。
(渡せるかしら……私)
不安と期待が入り混じった複雑な感情が、詩織の心を揺さぶる。いつもの冷静さが、少しずつ崩れていくのを感じる。
そんな詩織の耳に、廊下から聞き覚えのある足音が聞こえてきた。軽快で弾むような、まるで小鳥のさえずりのような足音。詩織の心拍数が、少しずつ上がっていく。
「詩織ちゃーん!」
陽花の明るい声が、静寂に包まれた図書室に響き渡る。詩織は驚いたふりをして顔を上げた。
「あら、陽花さん。こんにちは」
詩織の口調は普段通りを装っているが、その瞳には普段より強い光が宿っていた。
陽花は元気よく図書室に飛び込んできた。彼女の短い茶色の髪が、夕陽に輝いて見える。制服の第一ボタンを外し、スカートをやや短めにはいた陽花の姿は、規則を重んじる椿花女学院では少し目立つかもしれない。しかし、その健康的で溌剌とした雰囲気は、周囲の目を惹きつけずにはいられない。
「ねえねえ、詩織ちゃん。今日ね、実は……」
陽花は、少し照れくさそうに言葉を濁す。その仕草が、詩織の目には愛らしく映った。
「今日が陽花さんの誕生日だって知ってるわ」
詩織は、微かに微笑みながら言った。その言葉に、陽花の瞳が大きく見開かれる。
「えっ!? 詩織ちゃん、覚えててくれたの?」
陽花の声には、驚きと喜びが溢れていた。詩織は、静かに頷く。
「もちろんよ。大切な人の誕生日を忘れるわけないでしょう」
その言葉に、陽花の頬が赤く染まる。詩織も、自分の言葉の意味に気づき、顔を熱くする。
二人の間に、甘い沈黙が流れる。図書室の窓から差し込む夕陽が、二人の姿を優しく包み込んでいた。
「あの……陽花さん」
詩織が、少し震える声で言った。
「なに? 詩織ちゃん」
陽花の声も、いつもより少し高くなっていた。
「プレゼント……あるの」
詩織は、そう言ってカバンから小さな包みを取り出した。淡いピンク色の包装紙に包まれたそれは、詩織の想いと同じくらい繊細で美しかった。
「わぁ……詩織ちゃん、ありがとう!」
陽花は、嬉しさのあまり詩織に抱きついた。突然の出来事に、詩織は身体を強張らせる。しかし、すぐにその温もりに身を委ねた。
陽花の体温が、詩織の全身に伝わってくる。ほのかに甘い香りが、詩織の鼻腔をくすぐる。
(陽花さんの香り……素敵……)
詩織は、思わずため息をつきそうになるのを必死に堪えた。
しばらくして、二人はゆっくりと体を離す。陽花の瞳には、涙が光っていた。
「開けていい?」
陽花の声は、子供のようにわくわくしていた。詩織は静かに頷いた。
陽花が丁寧に包装紙を開くと、そこには手作りのブレスレットが現れた。淡い青と白の小さなビーズが、美しく組み合わされている。
「わぁ……綺麗」
陽花の声が、感動に震えていた。詩織は、少し照れくさそうに説明を始める。
「青い星は陽花さんの明るさを、白い月は優しさを表してるの。そして、この小さな椿の花は……」
詩織の言葉が途切れる。陽花は、じっと詩織の目を見つめた。
「椿の花は?」
「私たちの出会いよ」
詩織の声は小さかったが、確かだった。陽花の目に、再び涙が浮かぶ。
「詩織ちゃん……」
陽花は、そっとブレスレットを手首に巻いた。それは、まるで最初から陽花のためにあったかのようにぴったりと馴染んだ。
「ずっと大切にする。絶対に」
陽花の言葉に、詩織は幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。
二人は、静かに見つめ合う。図書室の静寂の中で、二人の心臓の鼓動だけが響いているようだった。
「ねえ、詩織ちゃん」
陽花が、少し緊張した様子で言った。
「なに?」
「目を閉じて」
詩織は少し戸惑ったが、素直に目を閉じた。次の瞬間、柔らかな感触が詩織の唇を襲った。
(え? これって……)
詩織の頭の中が真っ白になる。しかし、すぐにそれが陽花の唇だと理解した。
陽花のキスは、優しくて温かかった。まるで春の陽だまりのよう。詩織は、ゆっくりと腕を伸ばし、陽花の背中に回した。
二人のキスは、ほんの数秒だった。しかし、その時間は永遠のように感じられた。
唇が離れた後も、二人はしばらくの間、額を寄せ合ったまま動かなかった。
「詩織ちゃん、好き。大好き!」
陽花の囁きが、詩織の耳に届く。
「私も……陽花さんが好き」
詩織の返事に、陽花は幸せそうに微笑んだ。
夕暮れの図書室で、二人の新しい物語が始まろうとしていた。窓の外では、大きな椿の木が静かに二人を見守っているようだった。
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