第四話:星月夜の告白 ~天空に輝く、二つの運命の星~

 七月初旬、椿花女学院の校内は星月夜ほしつきよの準備で賑わっていた。この伝統行事は、七夕前後に行われる天体観測イベントで、生徒たちにとって夏の始まりを告げる特別な夜として親しまれている。


 図書委員長の詩織は、星座や天体に関する本を集めるため、図書室で忙しく動き回っていた。彼女の長い黒髪は、いつもより少し乱れており、額に薄っすらと汗が浮かんでいる。


「ふぅ……」


 詩織は小さく溜息をつきながら、集めた本を整理していた。その時、背後から元気な声が響いた。


「詩織ちゃーん!」


 振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた陽花が立っていた。陽花の短い茶色の髪は、いつもよりも少し跳ねており、その健康的な頬には薄っすらと赤みがさしていた。


「あ、陽花さん。こんにちは」


 詩織は少し驚いたような表情を浮かべながら挨拶を返した。


「星月夜の準備、大変そうだね。僕、手伝おうか?」


 陽花は詩織の隣に立ち、本を手に取りながら言った。


「え? ええ、ありがとうございます」


 詩織は少し戸惑いながらも、陽花の申し出を受け入れた。二人で本を整理しながら、自然と会話が弾んでいく。


「ねえ、詩織ちゃん。星月夜、楽しみだね」


 陽花の声には、いつもの元気さに加えて、何か特別な響きがあった。


「そうね。伝統ある行事だもの」


 詩織は淡々と返事をしたが、その瞳には小さな期待の光が宿っていた。


 陽花は、何か言いたげな表情を浮かべながら、詩織の横顔を見つめていた。その視線に気づいた詩織は、少し頬を赤らめる。


「あの、陽花さん。何か?」


「う、うん。あのね……」


 陽花は言葉を濁し、口ごもる。その様子に、詩織は首を傾げた。


 そんな二人の様子を、図書室の入り口から見ていたのは麗子だった。彼女は、意味深な笑みを浮かべながら二人に近づいていった。


「あら、二人とも準備を頑張っているのね」


 麗子の声に、詩織と陽花は同時に振り返った。


「麗子さん」

「れいちゃん!」


 二人の声が重なる。麗子は優雅に微笑んだ。


「陽花、何か詩織に言いたいことがあるんじゃない?」


 麗子の言葉に、陽花は驚いたように目を丸くした。


「え? あ、うん……」


 陽花は言葉を詰まらせる。詩織は、不思議そうな表情で二人を見ていた。


「ほら、勇気を出して」


 麗子の優しい促しに、陽花は深呼吸をした。


「あの、詩織ちゃん。星月夜の夜、一緒に星を見に行かない?」


 陽花の声は、少し震えていた。その言葉に、詩織の瞳が大きく開いた。


「え?」


 詩織は、思わず声を上げてしまった。その反応に、陽花は少し萎縮したように肩を落とす。


「あ、ごめん。無理だったら……」


「い、いえ! そうじゃなくて……」


 詩織は慌てて言葉を続けた。


「私も、陽花さんと一緒に星を見られたら嬉しいです」


 詩織の言葉に、陽花の顔が明るく輝いた。


「本当? やった!」


 陽花は思わず詩織の手を取った。その瞬間、二人の指先が触れ合い、小さな電流が走ったかのような感覚が二人を包んだ。


 麗子は、そんな二人の様子を見て満足げに頷いた。


「素敵ね。二人とも、星月夜を楽しんでね」


 麗子の言葉に、詩織と陽花は恥ずかしそうに頷いた。



 星月夜の当日、詩織は普段より少し念入りに身支度をしていた。薄いラベンダー色のワンピースに、星型のペンダントを合わせる。髪は、いつもより少しだけカールを加えて、柔らかな印象に仕上げた。


(これで大丈夫かしら……)


 鏡の前で不安そうに自分の姿を確認する詩織。その瞳には、期待と緊張が混ざっていた。


 一方、陽花の部屋も慌ただしかった。


「どれにしよう……」


 ベッドの上には、何着もの服が広げられている。陽花は、普段着慣れないスカートを手に取り、迷いながらも身につけた。淡いブルーのブラウスに、白いカーディガンを羽織る。首元には、小さな月のチャームがついたネックレス。


「よし、これでいこう!」


 陽花は鏡の前で拳を握り、ガッツポーズをした。


 夕暮れ時、学院の中庭には多くの生徒たちが集まっていた。星型のランタンが至る所に飾られ、幻想的な雰囲気を醸し出している。


 詩織は、約束の場所である大椿の木の下で、少し緊張した様子で待っていた。


(陽花さん、ちゃんと来てくれるかしら……)


 そんな不安が頭をよぎった瞬間、詩織の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「詩織ちゃーん!」


 振り返ると、そこには息を切らせた陽花の姿があった。


「ごめん、遅くなっちゃった」


 陽花は申し訳なさそうに言った。その姿を見た詩織は、思わず息を呑んだ。


(今日の陽花さん、とても綺麗……)


 いつもと違う陽花の姿に、詩織は言葉を失った。


「詩織ちゃん、今日もすごく可愛いよ」


 陽花の素直な感想に、詩織は頬を赤らめた。


「あ、ありがとう」


 二人は少し照れくさそうに微笑み合う。


「じゃあ、行こうか。星見の丘まで」


 陽花が手を差し出す。詩織は少し躊躇いながらも、その手を取った。


 星見の丘に向かう途中、二人の周りでは他の生徒たちも楽しそうに歩いている。しかし、詩織と陽花の世界には、他の人は入り込む余地がないかのようだった。


 丘の頂上に着くと、そこには息を呑むような星空が広がっていた。


「わぁ……綺麗」


 詩織の声が、夜風に乗って流れる。


「うん、本当に綺麗だね」


 陽花の声も、感動に満ちていた。


 二人は並んで座り、星空を見上げる。その時、流れ星が一筋、空を横切った。


「あ! 流れ星だ!」


 陽花が声を上げる。


「願い事、しました?」


 詩織が尋ねる。


「うん、した。詩織ちゃんは?」


「ええ、私も」


 二人は微笑み合う。その瞬間、陽花は決意したように深呼吸をした。


「ね、詩織ちゃん。僕ね、言いたいことがあるんだ」


 陽花の声は、いつもより少し低く、真剣だった。


「なに?」


 詩織の心臓が、小鳥のように早く鼓動し始める。


「僕ね、詩織ちゃんのこと……」


 陽花の言葉が、夜風に消されそうになる。


「詩織ちゃんのこと、好き……」


 その言葉に、詩織の瞳が大きく開いた。


「え?」


 詩織の声が、か細く震える。


「うん、好きなんだ。友達以上の気持ちで」


 陽花の告白に、詩織は言葉を失った。その瞬間、詩織の心の中で何かが大きく動いた。今まで気づかなかった、自分の本当の気持ち。


(私も、陽花さんのこと……)


 詩織が思い切って言おうとした瞬間、突然の声が二人を驚かせた。


「みんなー! こっちに集まってー! 花火が始まるよー!」


 生徒会の声が、丘中に響き渡る。周りにいた生徒たちが、一斉に立ち上がり始めた。


「あ……」


 陽花の顔に、少し悔しそうな表情が浮かぶ。


「陽花さん……」


 詩織が何か言おうとしたその時、周りの生徒たちに押されるように、二人は離れ離れになってしまった。


 花火が夜空を彩り始める。その美しい光景の中、詩織と陽花は互いを見つめ合った。言葉にはできなかったけれど、二人の気持ちは確かに通じ合っていた。


 少し離れたところで、その様子を見守っていた麗子は、少し困ったように首を傾げた。


(まあ、タイミングの悪いこと……。でも、逆に二人の関係にとっては良い刺激になるかもしれないわね)


 麗子は、そう考えながら微笑んだ。


 星月夜の夜は、詩織と陽花の心に、消えることのない星の輝きを残した。二人の関係は、新しい段階へと進もうとしていた。それは、まだ言葉にはならない、でも確かに芽生えた愛の始まりだった。

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