第8話 狐憑きの妖怪
おいしい夕食を終え、その後順番に入浴すると、ようやく佳奈さんの謎解きについての説明が始まった。
「実は私の親友のことなの。名前は
そう言って佳奈さんは高校の卒業アルバムを出した。そして自分のクラスの集合写真を開くと、私たちに見せてきた。
「これが私。・・・そしてこれが寛子よ」と佳奈さんが言って指さした寛子さんの写真は、集合写真の右上に胸より上だけが写っていた。
「集合写真を撮る時に休んでいたの?」と聞く芽以さん。
「三年生の秋頃に突然いなくなったの」と佳奈さんが言って私たちは驚いた。
「いなくなったって?・・・転校?それとも誘拐?」
「卒業まで残り半年足らずで転校するわけないわよ。・・・寛子の家は大きな借金があったみたいで、ある日突然家族で夜逃げしたようなの」
「夜逃げ?・・・それからその寛子さんとは連絡が取れないの?」と私が聞くと、佳奈さんは悲しそうにうなずいた。
「実は去年のお正月に年賀はがきが届いたの」と言って佳奈さんが机の引き出しから一枚のはがきを出してきた。
そのはがきには、「佳奈、急にいなくなってごめんね。いつか落ち着いたら、改めて連絡するからね」と書いてあった。
そして葉書の最後に、「我彼百霊県枚六西私市放来包*淡立○丁目○番○号 結城寛子」と書いてあった。
「この文字の羅列は何なの?『○丁目○番○号』と書いてあるから住所みたいだけど、こんなわけがわからない住所なんてないわよ!それとも中国かどこかの地名かしら?」と芽以さんが言った。
私は佳奈さんから葉書を受け取り、裏返して宛名を書く面を見た。郵便番号と佳奈さんの住所と名前が記してある。官製年賀はがきなので消印はない。
「消印がないからどこで投函されたものかわからないけど、切手を貼り足されてはいないから、国内で投函したものに違いないわ」と私は指摘した。
「なるほど」と感心する芽以さんと佳奈さん。
「でも、この住所らしきものは読めないわ。寛子は夜逃げをした後の環境の変化で、狐に憑かれたかのように錯乱していたんじゃないかしら?」
それで妖怪ハンターと呼ばれることがある私に相談したのか、と納得がいった。
「一度この住所宛にはがきを出してみたけど、当然のことながら宛先不明で戻って来たわ」
「それはそうでしょうね」と芽以さん。
「でも、その前の文面と自分の名前は普通に書いているから、住所を書く時だけ錯乱していたとは考えにくいわ」と私は指摘した。
「それもそうねえ」
「この住所らしきものの中に『県』と『市』という文字があるから、読み方はわからないけど、我彼百霊県の枚六西私市に引っ越したという意味かも」
「それぐらいは私にも想像できたけど・・・」と佳奈さんが言うと、
「ひょっとしたら、これらの漢字は
「芽以もけっこう頭がいいのね」と佳奈さんがからかうようにほめ、芽以さんは顔を赤らめていた。
「・・・例えば『我彼百霊県』だけど、『我』は『われ』の『わ』、『彼』は『かれ』の『か』と読めるから、この字は『和歌山県』を表しているんじゃないかしら?」
「でも、『百霊』を『やま』って読める?」と佳奈さんが指摘した。私も同じ感想を持った。
「・・・確かに『百霊』を『やま』と読むのは難しいわね。やっぱり妖怪ハンターの美知子さんの出番かしら?」と言って二人が私の方を見た。
私にもすぐにはわからなかったので、三人ではがきの文面をのぞき込んだ。
その時、佳奈さんが住所らしき文字列の一か所を指さした。
「ここに『きさいち』って書いてある」
「『きさいち』?どこに?」と聞き返す私と芽以さん。
「ここよ!『枚六西私市』の最後の二文字!」
佳奈さんの説明によると、「私市」と書いて「きさいち」と読む地名が大阪にあるらしい。
「えっとね、今日京阪電車で通過した
「『私市』を『きさいち』と読むのね?これも大阪の難読地名のひとつかしら?」
「そうなのよ」と肯定する佳奈さん。
「じゃあ、この『枚六西私市』はどこかの市を表しているんじゃなく、たまたま
「大阪府民はみんな地元の難読地名に詳しいの?それとも佳奈さんが特に詳しいだけなのかしら?」と私は聞いてみた。
「住んでいる地元なら知ってるでしょうけど、大阪府全域の難読地名に精通している人はそうそういない・・・」と佳奈さんが言ったところで突然叫んだ。
「そう言えば寛子は難読地名を集めるのが趣味だったわ!」
佳奈さんの言葉に私はあることを思いついた。
「ひょっとしたら、難読地名の頭文字を
「どういうこと?」と私に聞く佳奈さんと芽以さん。
「この『私市』の部分は『きさいち』と読むんじゃなくて、『私』をひらがなの『き』の代わりに使って、『き
「・・・合っているかわからないけど、調べてみる価値はありそうね。大阪府の地図帳を出すわ!」と言って本棚をあさる佳奈さんだったが、その時芽以さんが大きなあくびをした。
「手がかりが見つかったのはいいけれど、今日は京都まで行って疲れたわ。もう寝て、明日調べない?」と芽以さんが言った。
「それもそうね。・・・寛子が昔、私に難読地名の話をよくしていたけど、私はあまり覚えていないから、調べるのに時間がかかりそう。明日一日じっくりと調べましょうか」佳奈さんもそう言って、私たちはとりあえず眠ることにした。
翌朝、七時過ぎに佳奈さんに起こされる。「さあ、今日は謎解きよ!」
眠い目をこすりながら顔を洗い、階下で朝食をいただいた。朝食のメニューはジャムパンと目玉焼きとコーンクリームスープと紅茶だった。
スープが甘くておいしかったが、ゆっくり味わう暇はなく、佳奈さんに部屋までせき立てられる。
「さあ、解読していくわよ。まず『我』の読み方ね」と佳奈さん。
「大阪で有名な我が付く地名ってあるの?」と聞くと、
「誰もが知っているのが大阪市住吉区の
「千葉の方にも
「次は『彼』ね」と佳奈さん。
「『彼』は『か』や『ひ』とは読まないでしょうね」と私が指摘すると、佳奈さんは地図帳の隅から隅まで目をやった。
「難読地名だとすると、富田林市に
「『彼』を『おち』と読むのは独特で難読ね。『彼』イコール『お』とすると、県名の最初は『あお』になるわ!」
「『あお』で始まる県は青森県だけよね!」と興奮する芽以さん。
「となると、続く『百』が『も』、『霊』が『り』ね」
「
「こういう風に解いていくと解読はすぐね」
「次の市の名前らしい『枚六西私市』の最初の文字の『枚』はおそらく
「そして市の名前の最後が
「青森県なら当然
「『六』はそのまま『ろく』と読んで『ろ』。いろいろなところに六で始まる地名はありそう」と芽以さん。
「『西』は『さい』とも読めるから『さ』で矛盾がないわ」と佳奈さんは言うと、友人の顔を思い浮かべたのか、物思いに耽るように目を細めた。
「青森県弘前市か。・・・ずいぶん遠くに引っ越したのね」
「弘前市と言っても広いんじゃない?続きを解きましょうよ」と芽以さんが佳奈さんに発破をかけた。
この時点で昼食ができて私たちは階下に呼ばれた。
昼食は天津飯だった。ご飯の上にかに玉を乗せ、その上にあんをかけたものだが、関東風のケチャップを混ぜた甘酢あんではなく、しょうゆとダシで作ったあっさり味のあんだった。
さらにカニの身を入れたかに玉ではなく、カマボコを使ったカマ玉だったが、気にせずおいしくいただいた。
そこへ「おはよっす」と言って佳奈さんのお兄さんが入って来た。背が高く、髪はちょっとぼさぼさで、すり切れかけたジャージの上下を着ている。
「お、おはようございます・・・」とかろうじてあいさつしてから絶句する私と芽以さん。
お兄さんは何もしゃべらずに天津飯を食べ始め、佳奈さんと母親とおばあさんが気を遣うように私たちに話しかけてくれたので、とりあえずお兄さんを無視して、いつも通りの会話しながらの食事を再開した。
食後、再び二階の佳奈さんの部屋に戻る。
「残りは『放来包*淡立』か。・・・この『包』の横にある星印は何かしら?」と芽以さんが聞いた。
「解いていけばわかるわよ。・・・『放』はこの流れで行けば『
「次の『来』は?」と聞く芽以さん。
「普通に読めば『らい』か『く(る)』ね。『
「だとすると『放来』の部分は『はら』か『はく』かしら?県名や市の名前は限られてくるからすぐに推測できるけど、町名以下は読み方を考えてから地名を探さないといけないわね」
「その次の『包』は普通に読めば『ほう』か『つつ(む)』だけど、何か難読地名がある?」
地図帳をめくる佳奈さん。気長に待っていると、
「岸和田市に
「『包』は『か』か。・・・その次の『淡』は『たん』か『あわ(い)』だけど、『あ』は既に出ているから違うわね」
「『うす(い)』かもしれないわね。でも、難読地名にはなさそう」と佳奈さん。
「最後の『立』は?『た(つ)』か『りつ』だけど、『り』は既に出ているし」と私が佳奈さんに聞く。
「難読地名では『
「『立』が『い』だとすると、『放来包淡立』は『はらかたい』、『はくかたい』、『はらかうい』、『はくかうい』のどれかね。言葉として成り立ちそうなのは『はらかたい』か『はくかたい』だわ」
「『包』の横にある星印は?」
「濁点じゃないかな?」と私は指摘した。「そうだとすると『はらがたい』か『はくがたい』になるわね」
青森県弘前市の詳細な地図は佳奈さんの家になかったので、近くの本屋で地図を探した。目当ての地図を見つけて本屋の中で広げる。店員が迷惑そうに私たちを見るが、佳奈さんは気にしなかった。そして地図の隅から隅まで目を通すと、
「おそらくここだわ!これで卒業証書が送れるわ!」と興奮する佳奈さん。
「卒業証書?」
「ええ。秋に失踪したけど卒業資格を満たしているということで、卒業証書が作られたの。でも、担任の先生も送り先を知らされていなかったので、どうしたらいいかと私にまで相談されたの。後で母校に行って先生に伝えるわ」
「その前に、葉書で引っ越し先を確認した方がいいわよ」と私は助言した。
「そうね。そうするわ。さっそく郵便局に葉書を買いに行くわ!」と佳奈さんは言い、店員の視線を無視して弘前市の地図を書架に戻した。
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