第7話 京阪沿線
京都御苑を出て、丸太町通を東に進んだ。ちなみに京都市電が丸太町通や河原町通を走っていたが、運賃をケチって私たちは歩いた。
まもなく通りにうどん屋があるのを見つけたので、その中に入る。
うどん屋と言ったが、うどんだけでなく、そばや丼物もあった。あまり広くない店内で、小さめの四人がけの木のテーブル席に着く。
「何を食べる?」と私たちに聞く佳奈さん。私と芽以さんは壁にかけてあるメニュー札を見ながら、
「京都らしいメニューって何があるの?」と佳奈さんに聞いた。
「素うどんやかけそばは東京で食べる黒っぽいツユに漬かっているのと違って、色の薄いダシで食べるからおいしいわよ。私はいまだに東京風のかけそばは食べられないわ。・・・もりそばはおいしいけど」
「そんなに違うんだ」と驚きの顔を隠せない芽以さん。
「おそばならにしんそばが有名ね。かけそばの上に身欠きニシンの甘露煮が乗っているの」
「じゃあ私はそれ」と私が言うと、芽以さんも「私も」と言った。
店員を手招きする佳奈さん。
「にしんそばを二つと、私は玉子入りきつね丼」と注文する佳奈さん。
「
「
「最近
「じゃあ、その
店員が厨房に戻ると、私はさっそく「
「きつね丼はきざんだ油揚げと九条ネギをダシで炊いたものを乗せたどんぶりよ。私はさらにそれを卵とじにしたのが好きだけど、それを最近京都では
「親子丼の油揚げ版みたいなものね?」と運ばれてきた
にしんそばは、どんぶりからはみ出しそうな大きいにしんの甘露煮がかけそばの上に乗っており、甘露煮は味がしみていておいしかった。あっさりしたそばとの相性もいい。確かにそばのつゆが東京とは違うと思った。
満足して店を出ると、鴨川に架かっている橋を渡ってから南下する。途中でもう一本の川(琵琶湖疏水の放水路)が並走し、川と川の間の土手を歩いた。
しばらく歩いて京阪電車の三条駅に着く。
「同じ電車で帰るのもつまらないから、京阪電車に乗って大阪に帰ろうか。途中で宇治の平等院か、遊園地のひらかたパークに寄れるけど、どうする?」と佳奈さんが聞いてきた。
まだ佳奈さんの家に帰るには早い時間だ。芽以さんと相談し、遊園地は昨日も行ったので宇治に行ってみたいと答えた。
三条駅に入り、切符売り場で宇治駅までの切符を買う。九十円だった。
改札口を抜け、ホームに入ると、宇治駅行きの普通電車が停まっていたのでそれに乗り込んだ。ちなみに阪急電車は臙脂色だが、京阪電車は薄緑色と濃い緑色のツートンカラーだった。
電車が発車すると、しばらく鴨川沿いを走った後、京都の街中を抜けて京阪線の支線に入り、やがて宇治駅に到着した。
電車から降りて駅の外に出ると、すぐそばに宇治川にかかっている宇治橋がある。橋を渡ってから左手に曲がってしばらく歩くと、平等院の入口に着いた。
拝観料は百円だった。境内に入って少し歩くと、池の向こう側に十円玉でお馴染みの鳳凰堂が建っているのが見えた。
左右対称で堂々とした美しい建物だった。真ん中の中堂には阿弥陀如来像が置かれているようだが、左右に伸びた翼廊は柱と屋根だけのように見える。中に部屋はあるんだろうかと疑問に思った。
よくよく見ると柱や壁はそこそこ傷んでいて、歴史を感じさせる。この鳳凰堂を見るだけでも関西まで来た甲斐があったものだ。
鳳凰堂を眺め、境内を回って歩くだけで小一時間が過ぎた。そこで私たちは満足して平等院の敷地を出ると、京阪電車の宇治駅に戻った。
「ここから京橋まで直行するけど、それでいいかしら?」と佳奈さんが聞いた。
「京橋?また京都に戻るの?」
「京橋は大阪市内にあるの」と佳奈さん。
「大阪に馴染みのない人なら行き先を間違えそうね。何で大阪なのに京橋なの?」
「東京にも京橋って地名があるでしょ?京都に向かう橋ってことで名づけられたらしいけど、大阪の京橋も同じ。京街道の起点に橋があったから京橋と名づけられたの」
「なるほど」と私は思った。ちなみに京橋という名の橋はいろいろな地方にあるようだ。
「改めて聞くけど、ここから京橋にまっすぐ行っていいかしら?」と佳奈さん。
佳奈さんの質問は、途中にある遊園地に寄らなくていいかという意味だったが、京都市内をさんざん歩いたので、私はこのまま帰ってもいいと答えた。
芽以さんも京都観光に満足したので帰りましょうと言った。そこで宇治駅で京橋駅までの切符を買う。百二十円だった。
三条行きの普通電車に乗る。お茶畑が広がるのどかな風景の中を電車が走り、中書島駅に着いたら電車から降りるように佳奈さんに言われた。
「この駅で大阪行きの急行電車に乗り換えるのよ」
急行電車をホームで待っていると、オレンジ色と赤色に塗装された特急電車が通過していった。
「あの特急電車は京都の七条から大阪の京橋までノンストップなんだって」と佳奈さん。
「あれに乗ると早いけど、七条駅までは戻れないからね」・・・いわゆるキセルになるのかな?
「あの特急も阪急電車と同じで特急料金はいらないのよ」
「それは良心的ね。・・・ところで今通過した時、特急電車の車両の側面に『テレビカー』という金型の文字が付いていたけど、どういう意味?」
「文字通り、テレビが設置された車両のことよ」
「え!?電車にテレビが付いているの?」
私は前の座席の後側にテレビ画面が付いていて、イヤホンか何かで音声が聞けるようになっているのかと思ったが、実際には白黒テレビが一車両の前後の通路の上に設置されているだけらしい。
「私は乗ったことがないのでよくわからないけど、時々テレビ画面が乱れるし、電車が走る音で音声が聞こえないという話よ」と佳奈さん。
機会があればそのテレビカーの中を見てみたいけど、今回の旅行ではその機会はなさそうだ。
急行電車に乗り大阪方面に向かう。途中、枚方公園駅という駅に停まり、その駅を出た直後に左手に遊園地のジェットコースターが目に入った。
「ここがひらかたパークよ」と佳奈さん。
「私はほとんど行ったことがないけど、毎年秋になると菊人形展が催されるので有名よ」
「へー、そうなんだ」と相づちを打つ私と芽以さん。
「ところでさっき駅名表示を見たら
「そうよ。ひらかたパークがある
「難読地名?」
「そう。有名なのは大阪市城東区にある『はなてん』ね。『
「知らないと絶対に読めない地名ね。なんでそんな読み方になったの?」
「・・・よくはわからないけど、昔排水口があって、水を放出した時に大阪弁で『水を放ってんねん』とか言ったのが訛ったんじゃないの?」と佳奈さんが言って私たちは笑った。
京阪電車が進むにつれ、線路の周囲に住宅が密集していく。
電車が大阪市内に入った頃だろうか?私は電車の進行方向の右側で、空に向かって黒い煙が伸びているのに気づいた。
最初は沿線で火事でも起こっているのかと心配になったが、その煙はどんどん左に、つまり今乗っている電車に近づいていることに気づいた。
電車の窓から前方を見る。すると京阪電車の線路の上に高架橋が横切っており、その高架橋を蒸気機関車がちょうど通過するのが見えた。
「ええっ、蒸気機関車!?」
私は驚いた。去年の夏に東北旅行をした時、東北本線は全線電化されて、もう蒸気機関車は走っていないと聞いた。まだ蒸気機関車が走っていたのは、東北本線の支線を進んでかなり山側に行ったところだけだった。
それなのに、大阪という日本有数の大都市にまだ蒸気機関車が走っているなんて。私は驚きを隠せなかった。
電車が高架橋の下を通過すると、徐々に京阪本線の線路も高架になっていった。そして線路が曲がったところで、今度は京阪線の下を蒸気機関車の煙がくぐった。
「ねえねえ、佳奈さん。どうして大阪市内を蒸気機関車が走っているの?」
「よくわからないけど・・・多分貨物線だと思う」と佳奈さんが答えた。
後で佳奈さんの父親に尋ねると、京阪線を高架橋でまたいだのは城東貨物線という貨物専用の国鉄路線だと説明してくれた(作者註、令和時代のおおさか東線)。そして京阪電車の下をくぐったのは、城東貨物線の支線の淀川貨物線ということだった(作者註、昭和五十七年に廃線)。
蒸気機関車には興味があったが、貨物線だから蒸気機関車が引く客車に乗ることはできないだろう。それがちょっと残念だった。
京阪電車は国鉄の大阪環状線の上を通過し、ビルの四階にあるという京橋駅に到着した。真新しいきれいな駅だった。
「ぴかぴかの駅ね」と私が言うと、
「私も初めて。去年の秋にできたばかりの駅らしいわ。それまではこの近くの地上に駅があったの」と佳奈さんが説明した。
「駅ビル内にショッピングモールを作っているけど、残念ながら開業は来月らしいわ」
私たちは京橋駅内の階段を下りて地上階に行った。改札を抜けたすぐ向かいに国鉄の京橋駅がある。
大阪駅までの切符(四十円)を買って国鉄の改札を通る。大阪駅方面行きの環状線の普通電車に乗り、大阪駅に着くと、阪急電車の梅田駅に移動した。
梅田から豊中までの切符(八十円)を買い、宝塚線の急行電車に乗って、佳奈さんの実家がある豊中市に戻った。
佳奈さんの部屋に三人で入ると、ベッドの上に腰を下ろしてほっとする。
「今日もいろいろ回ったわね」と満足そうな芽以さん。
「明日はどうする?」とさっそく佳奈さんが聞いてきた。
私は正直言って財布の中身が寂しくなっていたので、お金を使うところにはあまり行きたくなかった。出かけるたびに運賃や入場料などでお金が出て行くからだ。
新幹線代とおみやげ代を残しておかなければならない。私が正直にそう言うと、
「わかったわ。じゃあ、明日は家でのんびりしましょう」と言ってくれた。
芽以さんも今日の京都巡りで満足したようで、どこかに出かけたいとは言わなかった。
「と言っても、ここでだらだら過ごすのも芸がないわね」と佳奈さん。
「何かしようと言うの?」と芽以さんが聞き返した。
「ええ。美知子さんは妖怪ハンターと呼ばれているんだったわね?」と佳奈さんが突然とんでもないことを言い出した。以前、妖怪が出たんじゃないかと思われた事件をいくつか謎解きした結果、友人にそう呼ばれるようになった(『一色千代子の事件録』第5章参照)。
「ま、まあ、そんな風に言われたこともあるけど・・・」とお茶を濁そうとする私。
「何か妖怪が出たとかいう話でもあるの?」と芽以さんが追求した。
「妖怪ってわけじゃないけど、どうしても解けない謎があるの。美知子さんと芽以さんに知恵を絞っていただけないかなと」
「へえ。何か知らないけど面白そうね」と芽以さんが身を乗り出して言った。
「私にとってはそれほど面白い話じゃないけど」と佳奈さん。
「とにかく話してよ」と芽以さんが急かした時に、
「佳奈〜、夕ご飯よ〜」と階下から呼ぶ声がした。
「その話は食事の後で」と佳奈さんは言って立ち上がった。私たちも立ち上がって、一緒に階下に降りる。
今夜の夕食のメニューは木の葉丼とにゅうめんだった。木の葉丼とは青ネギとカマボコをダシで炊いてタマゴでとじたもので、佳奈さんが昼食で食べた
にゅうめんは温かいダシで煮たそうめんで、ダシの味は私たちが昼食で食べたにしんそばに似ているが、お吸い物代わりにおいしくいただいた。
「お昼はタマゴでとじたキツネ丼だったのに」と文句を言う佳奈さん。
「言わないから知らないわよ」と母親に言い返されていた。
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