第4話 大阪万国博会場(二)

ジェットコースターのダイダラザウルスを降りた私は、ふらつく足取りで佳奈さんと芽以さんの後を追った。


二人は歓声を上げながら旋回を楽しんでいたが、私は歯を食いしばって耐えていたので、一言も発せられなかった。


「けっこうおもしろかったわね」と喜んでいる芽以さん。


「次は何に乗ろうか?」


私たちは乗り物券売り場に戻って、乗り物券の価格表を見上げた。


「えっと、エキスポタワー、宇宙ステーション、ミニレール、大観覧車、急流すべり・・・などが百円ね。五十円で乗れるのが、アストロジェット、宇宙線シャワー、木馬の散歩道、おもちゃのコーラス・・・などだわ」と佳奈さんが価格表を読んだ。


「エキスポタワーは展望塔ね。宇宙ステーションって何なの?」と聞く芽以さん。


「えっと、ドーナツ型のステーションがロケット型の塔の周りを回転しながら昇っていく乗り物ね」


「宇宙線シャワーは?」


「回転ブランコとかチェーンタワーと呼ばれているものと同じで、鎖で吊らされた椅子に座って回転を楽しむという乗り物よ」


「ミニレールが園内を一周するモノレール、木馬の散歩道は、天馬ペガサスを模した二人乗りの座席が池の上で噴水の間をゆっくり進むというものね。・・・ミニレールか木馬の散歩道がいいんじゃない?」と私は提案したが、


「急流すべりがいいわね。いかだ型のボートが三人乗りだから、ちょうどいいわ」と佳奈さんが決めて、乗り物券売り場の行列に並んだ。


こちらも小一時間待って三人でボートに乗り込んだ。私は最後尾の席に座る。


最初はゆっくりと流れて行って快適だったが、最後に急坂を流れ落ちて行って、歓声を上げる二人と対照的に私は引きつった顔をして硬直してしまった。


「これもおもしろかったけど、百円のにばかり乗ってられないわね。次は五十円のにしましょうよ」と芽以さん。


「木馬の散歩道はいかがでしょうか?」・・・今度は私の提案が通った。


小さな子ども連れの親が大勢並んでいる。そして順番が来ると、佳奈さんと芽以さんが一緒に乗り、私はひとりで次の木馬に乗った。


「美知子さん、いつもひとりだけど、代わろうか?」と言ってくれる芽以さん。


「大丈夫よ」と私は答えた。


「美知子さんって大人よね。いつも一歩退いたところで私たちを見守ってくれている感じ?」と佳奈さんが芽以さんに言った。


「私を評価しなくてけっこうですから」と二人の後から声をかけておく。


幼児向けの乗り物から降りると、最後に大観覧車に乗った。・・・そして私は絶叫マシーンが苦手なだけでなく、高所恐怖症であることも知った。


観覧車が上がって行く間は、観覧車の軸の方ばかり見ていた。見えるのは鉄骨だけだが、周囲の景色が怖くて見られないからだ。


佳奈さんと芽以さんは、あれが何パビリオン、あれが何パビリオンと指さし合って楽しんでいた。


観覧車が最上部を過ぎて下降し始めるとようやく余裕が出て、遅ればせながら万博会場に並ぶ未来的なパビリオンの数々を鑑賞することができた。


以上のようにエキスポランドで乗ったのは、ダイダラザウルス、急流すべり、木馬の散歩道、大観覧車の四つだけだったが、乗るのにいちいち並んで待たなければならなかったので、けっこう時間が経っていた。


「ほかを見て回ろうか」と佳奈さんが言い、エキスポランドからお祭広場に戻る。太陽の塔の根元を一周し、その勇姿を見上げた。


そしてアメリカ館の前に戻って(相変わらずの長い行列だった)その向かいのガス・パビリオンを見た。ブタ形の蚊取り線香入れみたいなユーモラスな建物だった。


次いで北西に曲がり、七重の塔の形をした古河パビリオン、虹の七色に染め分けられたドームがきれいなみどり館、長いエスカレーターが付いた空飛ぶ円盤のような形の日立グループ館を見ながら、西口ゲートに向かった。


西口ゲートから会場外に出ると、再び阪急電車に乗って豊中市まで帰った。


特徴的で未来的なパビリオンがたくさんあって、非現実的な世界を旅して来たような高揚感と疲労感に包まれて佳奈さんの部屋に戻る。そしてしばらくの間、今日一日の感想をしゃべりあった。


夕食の時間に居間に降りると、座卓の上に家庭用のたこ焼き器が置いてあった。


「夕食はたこ焼きですか?」と聞く。たこ焼きなんて、お祭の屋台でしか食べたことがなかったから、家でたこ焼きが作れることが驚きだった。


たこ焼き器には台所から伸ばしたガスホースが繋げられている。ガスをひねって火を着け、その上に置かれている、半球形の凹みが十五個ある長方形の鉄板に佳奈さんの母親が油を引いた。


たこ焼きの具は皿に載っていて、大きなボールに液状の生地が入っていた。


「どうやって作るんですか?」


「まあ見てて」と佳奈さんの母親が言い、水っぽい生地をお玉で鉄板の上に流し込んで、じゅ〜という音がした。


長方形の鉄板全体が生地で埋まる。このままでは長方形のお好み焼きができるんじゃないかと心配したが、生地に熱が通ってくると、千枚通しみたいな尖った器具を半球形の凹みの縁に刺し、凹みに沿ってくるりと丸く動かした。


凹みの外側の生地も凹みの中に押し込んでいく。


そしてその中に茹でたたこの切り身や紅ショウガ、天かす、ネギを入れ、さらに上から生地を振りかけた。


器具の先端を凹みの縁に沿って動かすと、面白いように丸いたこ焼きの形になっていく。私もさせてもらったところ、最初は手間取ったもののそれなりに丸い形になっていった。何度も練習すれば、きれいなたこ焼きが作れるようになるだろう。


最後に青のりと花カツオを振りかけ、各自のお皿に取った。その上からたこ焼き用のソースをかける。


「次々と作るから、あなたたちはお食べなさい」と言われ、爪楊枝で刺して口に入れる。熱くてやけどしそうになるが、とてもおいしかった。屋台のたこ焼きに負けてはいない。


はふはふと食べながら芽以さんに、「たこ焼き、おいしいわね」と話しかけた。


「そうね。それに家で作ること自体が楽しいわね」と芽以さんも言った。


「おうちではよくたこ焼きを作るの?」と佳奈さんに聞く。


「しょっちゅうってわけじゃないけど、時々作るわよ。パーティーみたいで楽しいしね。ただ、さすがに一人暮らしだと作る気にはならないかな。後片づけが面倒だから」と佳奈さんが座卓の上にこぼれているたこ焼きの生地や青のりを見ながら言った。


「片づけは面倒でしょうけど、自分の家にあったら楽しそうね」


「大阪じゃあたこ焼き器のある家は多いと思うけどね」と佳奈さんが言って私と芽以さんは感心した。


「町中のたこ焼き屋や屋台で買うことも多いし、定食屋にはたこ焼き定食もあるけど、家で作る場合は、たこの代わりに牛すじとかウインナーとかチーズを入れることができるから飽きないし、どれもおいしいのよ」


「え、たこ焼き定食?何よそれ?」と芽以さんが佳奈さんの言葉に引っかかって聞き返した。


「だから定食よ。ご飯とみそ汁がついていて、おかずがたこ焼きなの」


「で、でも、ご飯もたこ焼きも炭水化物じゃない!?おかずにはならないでしょう?」


「芋の煮っころがしをおかずにすることがあるけど、それと同じよ。ソースの濃い味がご飯に合うのよ」と佳奈さんが言い返した。


「ご飯があるから、食べたいならよそいましょうか?」と佳奈さんの母親が聞いてきた。


「いえ、さすがに遠慮します」と私は断った。「今度は私に最初からたこ焼きを作らせてもらえますか?」


私は佳奈さんの母親に教わりながら、自分でたこ焼きを焼いていった。


横では佳奈さんの父親がビールを飲みながらたこ焼きを食べている。お酒のつまみとしてもいいな。


「東京では家庭用のたこ焼き器ってあまり見ないわね」と芽以さんに言う。


「そうね。大阪では普及しているそうだけど」


「家庭用のたこ焼き器は十年ぐらい前に大阪で売り出されたのよ」と佳奈さんのおばあさんが教えてくれた。


「今に全国に広がるわよ」


「そうだといいですね」と私は同意した。


夕食が終わり、片づけを手伝った後、私たちは佳奈さんの部屋に戻って順番にお風呂をいただいた。


布団を敷いていると佳奈さんが、「明日も万博会場に行くでしょ?どこへ行くか、また考えておきましょうよ」と言ったので、万博の紹介をしている雑誌の記事を読みながら相談し合った。


翌朝も七時に起き、朝食をいただく。今朝はご飯とお味噌汁と卵焼きの朝食だった。和食だが、大阪なので納豆は出なかった。


「毎朝すみません」とお礼を言いながらおいしく朝食をいただく。


台所の方で佳奈さんが母親から今日のお弁当を受け取っているのが見えたので、「お弁当もありがとうございます。昨日のお弁当も大変おいしかったです」とあわてて言った。昨日の夜、お礼を言いそびれたから。


そして昨日と同じように電車に乗って西口ゲートから万博会場に乗り込んだ。


今日、最初に入るのは、西口ゲートから北東に進んだところにあるソ連館だ。冷戦時代になって、アメリカと唯一対抗できる大国、ソビエト連邦のパビリオンだ。昨日と同様に通りを小走りに進み、まっすぐソ連館を目指した。


彎曲した鎌のような形状の大きなパビリオンで圧倒される。壁面は赤と白に塗り分けられていて、けっこうきれいだった。


昨日のアメリカ館ほどの行列はなく、しばらく待って中に入ることができた。ソ連館の内部ではレーニンの生涯や、世界最初の社会主義国家の成立の過程が紹介されていた。


そして吹き抜けになっている宇宙開発の展示場では、ソユーズ宇宙船や人工衛星の実物が上から吊るされていた。・・・日本ではソ連のロケットはアメリカのアポロほど知られていなかったので、「へー」という感想しか出なかったが、それでも世界の二大大国のパビリオンが見られて、とても満足した。


次は南東に下り、木のようなシャンデリアのような形状のスイス館を外から眺める。


そして人工池の南側に回り、太陽の塔の背中側でお祭広場に入ると、太陽の塔を目指した。


太陽の塔の入口の行列に並んで待つ。ようやく中に入れるとまず地下に下り、地下展示を見た。地下の展示テーマは「過去・根源の世界」で、命が誕生する前の世界を示したDNA、狩猟時代の人間、人間の精神性を現す世界の神像や仮面が展示されていた。そしてその中央には金色の地底の太陽があった。


太陽の塔には、てっぺんの未来を象徴する黄金の顔、正面の現在を象徴する太陽の顔、背中には過去を象徴する黒い太陽という三つの顔がついているが、この地底の太陽が四番目の顔という話だった。


次に透明のトンネル状の通路を通って太陽の塔内に入ると、見上げるほど高い生命の樹が上に伸びていた。その樹の枝には生物の進化に沿って様々な生き物が配置され、中には動く模型もある。


そして太陽の塔の右腕の中にエスカレーターがあり、お祭広場の大屋根の中の空中展示に進んだ。


空中展示では、円形の歩廊に沿って進みながら四つのセクション、宇宙、人間、世界、生活を回り、人間の営みを示す巨大な手や、棺カプセル、未来都市を示すオブジェが展示されていた。


空中展示を見終わると、母の塔に降りるエスカレーターでお祭広場に戻った。


次はお祭広場の東側にある日本館だ。日本館はドラムのような形の建物五棟から成り、上から見ると桜の花びらの形に並んでいる。大阪万博のロゴマークと同じ形だ。


最初の一号館には日本の歴史(古墳時代から現代まで)と、それぞれの時代の文化、芸術などが展示されていた。


二号館、三号館は現代の日本がテーマで、産業の発展と、自然と人間の関わりが展示されている。原爆や公害の展示もあり、陰鬱な気分になることもあった。


四号館が未来の日本で、新しい科学技術が紹介されていた。リニアモーターカーの模型が走っているが、いずれ新幹線がリニアモーターカーに取って代わられる未来が来るのだろうか?


五号館は映画ホールで、巨大なスクリーンに「日本と日本人」という映画が上映され、座席に座って鑑賞することができた。


日本館の展示はけっこう盛りだくさんの内容で、一度回っただけでは消化し切れないと思ったが、おそらく二度と見る機会はないだろう。


日本館を出ると既にお昼を過ぎていたので、また夢の池のほとりでお弁当を開いた。


今日のお弁当は助六寿司、つまり太巻きといなり寿司のセットだ。さっそく三人で分ける。


いなり寿司には関東風と関西風があり、関東風のいなり寿司は厚めの油揚げを濃く味付けし、ただの酢飯を詰めて俵型に仕上げたものだ。


関西風のいなり寿司は、三角形の薄揚げの中にシイタケやニンジンを混ぜ込んだ酢飯を詰めたもので、佳奈さんの家のいなり寿司は当然のことながら関西風だった。


ご飯に混ぜたシイタケやニンジンがアクセントになってとてもおいしかった。


太巻きは中にかんぴょう、卵焼き、シイタケ、三つ葉を入れて巻いたもので、こちらもおいしかった。

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