第3話 大阪万国博会場(一)
佳奈さんの家を出ると私たちはまず阪急電車の豊中駅に行き、切符売り場で万国博西口駅までの往復切符を買った。百八十円だった。
ちなみに万国博西口駅は万博会場の西口ゲート近くに作られた臨時駅で、万博が終わるとこの駅はなくなるらしい。
ホームに来た電車に乗り、十三駅、淡路駅を経由して万国博西口駅に向かう。春休み前の平日なのに、けっこう乗客が多い。
そして万国博西口駅に着いてホームに降りると、すぐそばに万博会場が見えた。最初に目に入ったのは、空飛ぶ円盤のような形のドームが何個も並んだパビリオンだった。
その近未来的な建造物に感激する。私たちはいよいよ万博会場に入れるんだと興奮しつつ、駅の改札口に向かった。
万国博西口駅のホームから改札口まで、思っていたのより大勢の人が押し寄せていた。私たちは互いにはぐれないように注意しながら何とか改札を抜けることができた。
「新聞の記事と話が違うじゃない!」と文句を言う佳奈さん。
「でも、考えてみれば新聞に書いてあった二十七万人でもけっこうな人数だわ。がらがらというわけではなかったのね」と私が指摘した。
駅の外にはすぐに万博会場西口ゲートに向かう通路橋があって、駅を出た大勢の人がその上を進んでいた。
「思っていたよりすごい人の数ね」と愚痴る芽以さん。
「万博人気を甘く見ていたわ」と佳奈さんも言った。
ちなみにホームから見えた空飛ぶ円盤のような形のドームは、住友童話館ということだった。
「雑誌で得た情報によると、たくさんの名作童話を再現したメルヘンな展示があるらしいわ」と佳奈さんが言った。
「まずそこへ行ってみる?」と私が聞くと、
「何言ってるのよ。万博のパビリオンで一番人気はやっぱりアメリカ館よ!たくさんの人が押し寄せると思うから、早めに行かないと!」と佳奈さんが言った。
「西口ゲートから中に入ったら、早足で向かった方がいいわね。・・・ところでアメリカ館ってどこ?」と聞く芽以さん。
「えっと、西口ゲートを入ったらまっすぐ進んで、すぐ右側に白い竹を斜めに切ったような象牙海岸館があるから、その前を通ったら、斜め右に曲がって、まっすぐ進んだ突き当たりがアメリカ館よ」と佳奈さんが歩きながら万博会場のマップを見て言った。
「あるいは西口ゲートを通って、すぐ右に曲がって道なりに進んでもアメリカ館に突き当たるわね」
「わかった。ゲートを通過したら急ぎましょうね」と私は二人に言った。
開場は朝九時半からだ。私たちはそれまでに入場券売り場に並び、ひとり六百円の入場券を買った。しかし買うまでに時間がかかり、買った頃には九時半になって、ゲートがオープンしていた。
同じ方向に向かう人混みにもまれながら西口ゲートに進む。入場券を見せてようやくゲートを抜けると、私たちより先に入場した人が小走りに進んでいた。
私たちも負けじと急ぐ。走っている入場者もいて、かなり出遅れた感がある。
「ここを右に曲がるのかしら?」と佳奈さんが横道を指さしたので、私たちは迷わず道を曲がった。象牙海岸館の前を通り過ぎてから曲がることを忘れて。
小走りで歩いていると、左手に幌馬車の幌のような形の富士グループ・パビリオン、右手に駅のホームから見えた住友童話館が建っている。
「しまった。一筋道を間違えたわ」とマップを見てあせる佳奈さん。
「でも、ここを進んでもアメリカ館に着くんでしょ?」と芽以さん。
「このまま進むしかないわね」と私も言って足を止めなかった。
住友童話館の隣には池の横に和風建築風のパビリオンが建っていた。
「これは松下館ね。五千年後に開けるタイムカプセルが展示されているって」と佳奈さん。
松下館の隣には小さな建物が何棟か建っていた。
その時、芽以さんが会場の奥を指さした。「あれを見て!」
そこには地球儀を模した半球形のドームが建っていて、「VISIT U.S.A.」と大きな字で書いてあった。
「あそこがアメリカ館じゃないの?」
「違うわよ!ここはアメリカン・パーク館よ!本命のアメリカ館は向こうよ!」
佳奈さんに導かれてさらに進み、本物のアメリカ館に突き当たった。入口の方に回り、既に長蛇の行列ができていたので、その最後尾についた。
そのまま入場を待つ。さすがに平日とあって行列は比較的短く、三十分くらいで中に入れたのは良かった。
アメリカ館の目玉はやはりアポロ関係で、月の石、アポロ司令船、月着陸船などを歩きながら鑑賞した。月の石は黒っぽいただの石にしか見えなかった。
それでもアメリカ館の中を見ることができたという満足感を得てパビリオンの外に出る。
「次はどこに行く?」とマップを広げながら聞く佳奈さん。「やっぱり三菱未来館?」
「そうね。宙に浮くスクリーンを絶対に見てみたいわ」と私が懇願した。
「じゃあ、お祭広場の前を横切るわね」
アメリカ館の前からさらに東に進み、恐竜みたいな形のオーストラリア館、半球形のドーム形のドイツ館、白い四つのドームから成るフランス館の前を通って(急いでいたので、高架式の動く歩道には気づかなかった)太陽の塔があるお祭広場に出た。
左手には変な顔が付いている太陽の塔が高くそびえ立っている。けっこう立派な塔だ。
太陽の塔の、正面から向かって左側には器のような形状の母の塔、右側にはおでんの串のような青春の塔が立っている。
お祭広場を横切ったところが三菱未来館だ。時間が経って来場者が増えてきたようで、こちらは一時間近く行列に並んでようやく中に入った。
ベルトコンベアーのような動く歩道に乗って館内を進む。
「あら、歩く歩道になっているわ!」と芽以さんが感嘆したが、
「動く歩道よ。歩道が歩いてどうするのよ」と佳奈さんにツッコまれていた。
館内はいくつかの部屋に分かれていて、第一室は「日本の自然」というテーマで、通路の左右と上下に荒れ狂う大自然の猛威が映し出された。暴風雨の海や火山爆発で流れる溶岩流の迫力に圧倒される。佳奈さんと芽以さんはキャーキャーと叫んで喜んでいた。
第二室は「日本の空」というテーマで、宇宙空間や、巨大な台風を爆弾のようなもので消滅させる映像が映し出された。台風を人為的に消滅させるなんて、将来本当にそんなことができるのだろうか?
第三室は「日本の海」というテーマで、周囲に海底が映し出され、海底都市、海中牧場、海底発電所などを見せられた。
第三室の最後にお待ちかねのスモークスクリーンがあった。煙でできたスクリーンを進行方向の空中に張り、大きなサメなどの映像が映し出される、と、下調べで読んだ雑誌には紹介されていたが、肝心の映像はぼやけていてよくわからなかった。残念だ。
第四室のテーマは「日本の陸」で、二十一世紀の未来都市の住宅の中が紹介されている。壁かけテレビ、ホーム電子頭脳、電子調理器などがあった。
第五室はレクリエーション・ルームで、踊る観客の姿を映し出す巨大なスクリーンなどが展示されていた。
通路の周囲に映し出された映像はすばらしいの一言だった。ただ、スモークスクリーンは解像度の点でちょっと残念だった。
「けっこうおもしろかったわね」とはしゃぐ佳奈さんと芽以さん。
「美知子さんはあまり声を出さなかったけど、どうだったの?」
「圧倒されて言葉が出なかったわ」と私は答えた。
「そろそろどっかで食事をしようか?」と芽以さんが言った時、
「じゃーん!」と言って佳奈さんがショルダーバッグの中から弁当を取り出した。
「あら、お弁当を作ってもらっていたの?全然気がつかなかった」
「みんなの分もあるから、どこかに腰かけて食べましょう」と佳奈さんが言ってくれた。
三菱未来館から北の方に歩いて、夢の池という人工池にたどり着いた。そのそばで石段の上に腰を下ろしてお弁当を分けてもらう。おにぎりと卵焼き、ウインナーなどが詰められていて、おにぎりの中には梅干やおかかが入っていた。
「おいしいわね。お母さんに作ってもらったの?」と佳奈さんに聞く。
「ええ。どこかで食べ物を買っても良かったんだけど、お金を使ってばかりだと後で困るだろうって、お母さんが早起きして作ってくれたの」
「朝晩も食べさせてもらっているのに悪いわね」と言いながらおにぎりを口にほおばる芽以さん。
「お世話になりっぱなしで頭が下がるわ」と私も言った。
「いいからいいから気にしないで。私の東京での生活を気にしてるから、二人と仲良くしてるってことを示すだけで喜んでいるんだから」
感謝しつつお弁当をいただくと、「今度はどこに行く?」と佳奈さんが聞いてきた。
「私はフジパン・ロボット館というロボットを展示しているパビリオンに興味があるけど、二人の希望を優先していいわよ」と私が言ったら、
「三菱館でちょっと圧倒されたから、気楽に見れそうなものがいいわ」と佳奈さんも芽以さんも特に希望を言わなかった。
「フジパン・ロボット館は万博会場内にある遊園地のエキスポランドの端にあるんでしょ?そのまま遊園地で遊んでもいいわね」
せっかくの機会なのに、未来的な展示をもっと見なくてもいいのかな?と私は思ったが、明日も万博会場に来る予定だから、そんなに意欲的に動かなくてもいいだろうと考え直した。
「じゃあ、エキスポランドに行きましょう」と私が言い、三人で南の方に歩き始めた。
エキスポランドは、三菱未来館の南側を通る中国縦貫自動車道を越えたところにある。私たちは陸橋を渡ってエキスポランドの中に入った。
エキスポランドの北の端にあるフジパン・ロボット館は、手塚治虫がプロデュースしたと説明文に書かれていた。
「
「
「手塚治虫はマンガ家で、『鉄腕アトム』とか『ジャングル大帝』とか『リボンの騎士』を描いた人よ。テレビでもしてたけど、知らない?」
「『鉄腕アトム』なら聞いたことがあるわ」「私も」
「だからロボットを展示したのね」と納得した様子の二人だった。
フジパン・ロボット館の中は三つのブロックに分かれていた。最初のブロックの「ロボットの森」ではロボットの誕生と発達の過程を説明し、からくり人形や巨大なロボットが展示されていた。
次のブロック「ロボットの街」では、楽器を演奏するロボットが展示されている。しかし私がドラムをたたくロボットを見てみると、ドラムのスティックがドラムに当たっていなかった。ただ手を上下させるだけで、実際に演奏しているわけではなかった。
技術的な限界があるのだろうが、ちょっとがっかりした。
最後のブロックの「ロボットの未来」では、育児ロボット、宇宙開拓用ロボット、海底開発用ロボットなど、近未来に実用化されるロボットが展示されていた。
若干気落ちしてフジパン・ロボット館を出ると、目の前にジェットコースターの「ダイダラザウルス」のコースが縦横無尽に伸びているのが見えた。
「それじゃあ何かに乗ろうか?」と聞く佳奈さん。
「ダイダラザウルスははずせないわね」と芽以さん。
そこで乗り物券売り場前の行列に並ぶ。パビリオンの入場は無料だが、さすがに遊園地の乗り物は有料だった。
売り場でダイダラザウルスの乗り物券を買う。百円だった。
コースは五つあり、乗り物券には「お年寄り、お子さまはだいだいと緑のコース、びっくり好きは紫のコース、スピードマニアは赤と水色のコース」と書かれている。
「どのコースにする?」と聞く芽衣さん。
「だいだいか緑でいいんじゃない?」と私は言ったが、
「もちろん速いのがいいわね。赤の急旋回するコースにしましょうよ」と佳奈さんが言って芽衣さんが賛同し、私の顔は青くなった。
四十分ほど待って、六人乗り(二人×三列)の車両が七両連なるジェットコースターに乗り込む。佳奈さんと芽以さんが同じ列で、私の隣には知らないおじさんが乗り込んで来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます