07
仙台藩軍法会議。伊達、鮎貝、星が話し合っている。
星 今更降伏など、許されるわけがないでしょう!
鮎貝 しかし時期を誤れば、仙台藩もただでは済まされませんぞ。
星 その時はその時です。戦わずして負けを認めるなど、武士の恥! これでは、他藩に示しがつきません!
鮎貝 もはやどの藩もこのまま戦い続ける気力はないのです。今が潮時だと思いませんか。
星 まだ総力戦には至ってない! まだ、我々は負けてない!
鮎貝 とっくに我々が太刀打ちできる相手ではないのですよ。額兵隊の軍備も、あやつらにとって見れば赤子のおもちゃ同然でしょう。
星 それが何だと言うのです! こちらの士気は引けを取らない! ここで逃げ腰になるくらいなら、潔く腹を切って…!
鮎貝 死んでしまえば、それこそすべてが水の泡です…いえ、最終判断は、殿に。
星 殿!
伊達に詰め寄る星。そこへ細谷がやってくる。
細谷 なあ、ひで坊見なかったか?
星 細谷…! 貴様よくこの状況でぬけぬけと…。
細谷 相変わらずやかましいな。ひで坊の声が聞こえねえだろうが。ちょんどしてろ、この童。
細谷は星の口を塞ぐ。星は身振りで抗議する。
伊達 …傷を負ったのか?
細谷 初めて見るわけでもねえだろ。戦やってんだから。
星は細谷を振り払う。
星 その通り! 戦に勝つためなら、腕の一本や二本や三本!
細谷 お前さん、タコの親族だったのか?
星 例え話に決まっているだろう!
鮎貝 しかし、みなの腕が三本あったところで、勝てますかな。
細谷 無理だ。
星 貴様…!
細谷 こっちの主力の一端であるお前さんの部隊が壊滅させられた時点で、先は見えたようなもんだろ。それがわかっててなお、降伏には頷けねえか。
星 最後まで抗うべきだと言っている! 降伏すればそれこそ、お前が守りたがっている仙台も奪われてしまうぞ!
細谷 仙台藩はもともと戦に関わらねえはずだっただろ。会津の説得役ってので、期待されてたんだかどうかは知らねえが、処分はそこまで重くならねえはずだ。殿様だって健在だし、降伏したって、今より悪い方には転がらねえよ。
戸を叩く音がする。
伊達 どうぞ。
榎本が入ってくる。
榎本 失礼、お取込み中に。
伊達 榎本さん。なぜこちらへ?
榎本 出航の準備が整いましたので、ご報告に。突然の訪問にも関わらず、迎え入れてくださったこと、感謝しています。
伊達 とんでもない。出航というと、蝦夷へ向かうのですか?
榎本 はい。函館を拠点に迎え撃つ算段です。その件で、一つご提案が。
伊達 何でしょう?
榎本 函館へご一緒できる方がいらっしゃればと。何せ、蝦夷は未開の地です。軍備も人手も、まだまだ足りない。本来なら、蝦夷へ渡る前に決着を着けたかったところですが、いかんせん。
細谷 いい話じゃねえか。星、お前さんが行けよ。
星 なぜ俺が?
細谷 お前さんが仙台藩を背負って行けば、ここで降伏したとしても、負けたことにはならねえだろ?
星 …そんな屁理屈が通るほど、俺は単純ではないぞ。
細谷 俺だって仙台藩士の端くれだ。お前さんの気持ちもわかる。が、最後に決断するのは殿様だ。「藩のために命を捨てろ」なんて、この人の口から言わせられるかよ。
星 …。
榎本 そう言うあなたは、来ないんですね。
細谷 俺はこの土地が好きでね。海の向こうには、あんまり興味ねえな。
榎本 あくまでも、仙台のため、ですか。あなたがいてくれたら、いろいろと助かるのですが。
細谷 誰だってできるさ。俺の代わりは。
星 …降伏すれば、ここにいる全員の居場所を失うかもしれないんだぞ。
細谷 だからって、土足で踏みにじられるよりはマシだ。帰る場所がある、ってのは大事なことだろ。
星 …。
鮎貝 これ以上の戦は、我々にも利益を生まない。例え勝利を手にできたとしても、損害の方が大きいとなれば、意味がない。わかっているだろう?
星 しかし…。
榎本 星殿。降伏と敗北は違います。この雪辱は、蝦夷で晴らす。やつらにいつまでも好き勝手させてなるものか。そのための準備は整えているつもりです。
星 …わかりました。殿、出過ぎた真似を、お詫びします。
細谷 やれやれ…。
伊達 気にするな。これで、晴れて大罪人か。藩主として、皆にできる限りの支援をすると約束しよう。
星 お心遣い、感謝します。
鮎貝 身に余る光栄です。
榎本 では、私はこれで。
伊達 あなた方のご武運を、この仙台からお祈りしています。
榎本 恐縮です。星殿、もし共にいらっしゃるなら、港でお待ちしています。
榎本は退出する。
伊達 書面を届けてくれ。仙台藩は降伏する。総督は四条隆謌。
鮎貝 私が行きましょう。
伊達 頼む。星はどうするつもりだ?
星 …少し、考えをまとめて参ります。
伊達 悔いのない選択をしてくれ。
星 …もちろんです。
鮎貝 では、私もこれで。
星 失礼します。
星と鮎貝は退出する。
伊達 みんな、よくついてきてくれたものだ。こんな私に。
細谷 あんただから、みんなついてったんだ。少しは自惚れてみろ。
伊達 そうだといいのだが。
細谷 …何か言いたいことでもあるのか?
伊達 いや、財産を没収される前に、褒美をやらなければと思ってね。これまで、勝つことばかり考えて、そういう話をしてこなかったと、今になって気がついた。
細谷 誰にもそんな余裕なんてなかったさ。それに他人の心配してる場合か? あんたが一番危ない立場だろ?
伊達 蟄居処分で済めば、良い方だろうな。私だって、半端な覚悟で同盟を組んだわけじゃない。こうなることも、承知の上だ。
細谷 藩主は?
伊達 宗基が継ぐ。減封は致し方ないが、改易まではされないと見ている。お前はどうするつもりなんだ?
細谷 案外有名になっちまったたみたいだから、しばらくはどこかで静かにするよ。いつも通り上手くやるさ。
伊達 どこかに当てがあるのか?
細谷 こういうときのために、あちこちで貸しを作ってあるんだよ。
伊達 仙台には、戻ってくるのか?
細谷 何だ? 俺がいねえと寂しいかい?
伊達 まさか。また優秀な隠密を探してくるのは、大変だと思ったんだよ。
細谷 そいつは光栄だ。食い扶持に困ったら戻ってくるよ。
伊達 お前は本当に鴉のようだな。
細谷 いや、まだまだだ。
外で鴉が鳴いている。
細谷 あいつ、やっと帰って来やがった。
伊達 見分けられるのか?
細谷 慣れれば簡単だ。早く飯を寄越せってよ。全くしょうがねえな。
細谷は歩き出す。
伊達 もう行くのか?
細谷 立つ鳥跡を濁さず、だ。何も水鳥だけの特権じゃねえ。
伊達 ちょっとだけ、待ってくれ。
伊達はどこかへ去り、すぐに風呂敷包みを持って戻ってくる。
細谷 何だ?
伊達 受け取ってほしい。
伊達は細谷に風呂敷包みを差し出すが、細谷は受け取らない。
細谷 断る。
伊達 怪しいものじゃない。
細谷 結構だ。
伊達 そこを何とか。
細谷 …あのなぁ、そしたらまるで、俺がそのために戦ったみたいになるだろ。
伊達 受け取らないなら、実家に送り付ける。それとも旅籠の女将さん宛がいいか? いつも一緒にいるあの三人でも構わないのだが。
細谷 おい、勘弁してくれ。そうなったら嫌がらせの域だ。
伊達 感謝してるんだ。私にはこれくらいしかできない。ささやかな礼だ。
細谷 ささやか、って額じゃねえな。どう見ても。
伊達 気持ちの重さだと思って受け取ってくれ。使い道は任せるから。
細谷は伊達から風呂敷包みを受け取る。
細谷 ここで断ったら面倒なのがあんたなんだよな。
伊達 わかってるじゃないか。
細谷 ありがたく使わせてもらうよ。それじゃ、達者でな。
伊達 ああ、また会おう。
細谷は去っていく。
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