06

 駒ヶ嶺攻防戦。激しい銃撃戦の音がする。衝撃隊と新政府軍の衝突。四条と河田は高みの見物、細谷は前線で指揮。


細谷 クソ野郎共、派手に攻めてきやがって。

河田 なかなかしぶといですな。

四条 この程度であれば、予想の範囲内だ。

細谷 撤退だ、撤退! 武兵衛! 後続連中に伝えて回れ! 和三郎もだ!

渡辺 わかった!

桑折 任せとけ!

細谷 無闇に突っ込むな! 戦力を温存しろ! まだ正念場じゃねえ!

武藤 撤退だ、撤退! 撤退だっつってんだろ! 馬鹿野郎!


 星が率いる額兵隊が戦闘に加わる。


星 苦戦しているようだな! 仕方がないから尻拭いをしてやろう! 額兵隊、前へ! 仙台藩士の意地を見せる時だ!

細谷 お前が出てきてどうすんだよ!

星 みなまで言うな! 俺にも戦わせろ!

細谷 そうかい、好きにしな! どっちにしろ、俺にできることはもうねえ…。


 細谷は撤退する。


四条 あの指揮官。

河田 ええ、鴉でしょう。噂に違わず、良い目を持っている。勝てずとも、負けぬ戦をしていますな。

四条 追わせるか?

河田 深追いは禁物です。手負いの獣には、より万全な状態で臨まなければ。侮っていれば、喉元に嚙みつかれます。

四条 やはり、ここでは倒しきれないか。

河田 快勝、とはいえませんが、この程度であれば想定内でしょう。最終局面は、旗巻峠にお預けですかな。


 後日、旗巻峠。戦闘開始前。戦局を見ている鮎貝。


鮎貝 …。


 細谷がやってくる。


細谷 おい。

鮎貝 …十太夫か。何かね。

細谷 受け持った部隊に指示は出した。俺の仕事は、これで終わりだな?

鮎貝 …別で動くのか。

細谷 俺のやり方でやるって言っただろ。どうも、大所帯は性に合わねえ。衝撃隊で奇襲をかけにいく。あちらさんも、きな臭い動きがあるんでね。

鮎貝 そうか…武運を。

細谷 あんたもな。


 細谷は出ていこうとする。


鮎貝 君は、この戦況をどう見ている?

細谷 …聞きてえのか。

鮎貝 …いや、やめておこう。君の考えは、初めから変わっていないだろうからね。

細谷 わかってんなら結構。生きてたら、また会おうぜ。


 細谷は退出する。旗巻峠。細谷、渡辺、武藤、桑折の別動隊。


渡辺 本当にいいのか、十さん。

細谷 いい。

武藤 でもよ、十さんの立場はどうなるんだ?

細谷 どうせ負けんだ。地位も名誉も意味ねえよ。

渡辺 どうせって、そんな言い方ねえよ。

細谷 ま、こいつは半分、俺のわがままだからな。聞きたくねえってのもわかるが。

桑折 …俺は、難しいことはわかんねえけどさ、十さんがそう言うなら、そうなんだろ?だったら俺は、十さんに従う。いつだって、十さんが間違ったことなんてねえんだ。そうだろ?

渡辺 そうだけど、でも!

武藤 まだ決まったわけじゃねえ。最後まで諦めなけりゃ、もしかしたら…。

細谷 諦める、とは違うな。俺が守りたいものの中には、ちゃんとお前らも入ってんだ。一人残らず、死んでもらっちゃ困るんだよ。

渡辺 十さん…。

細谷 頼む。今回だけは、俺の合図を待たなくていい。少しでも危ねえと思ったら逃げろ。生き残れ。それが命令だ。いいな?


 三人は頷く。


細谷 よし。そんじゃ、始めるか。俺らの戦ってやつを。


 新政府軍に対し、奇襲を仕掛ける衝撃隊。


隊員① 奇襲だ!

隊員② 迎え撃て!

細谷 かくれんぼしようぜ。お前が鬼だがな! 薩摩芋野郎!

隊員③ 鴉だ! 鴉組だ! 伝令!

武藤 行かせるかよ!

桑折 お前の相手は! 武兵衛だ!

渡辺 俺かよ!


 衝撃隊と新政府軍の攻防。新政府軍の戦力をあらかた削ぐと、細谷が合図を出し、衝撃隊は霧散する。


隊員④ 待て!

隊員⑤ 追うな! 負傷者の手当てが先だ!


 旗巻峠、前線。激しい戦闘が行われている。新政府軍側が有利に見える。


隊員⑥ このまま押し切れ!

細谷 させるわけねえだろ!


 衝撃隊の乱入。形勢逆転し、新政府軍側が押され始める。


細谷 ごちゃごちゃしやがって…。

渡辺 馬鹿野郎、射線に入ってくんな!

武藤 邪魔だ! どけ!

桑折 わあ、馬鹿! 俺は味方だって!

細谷 …!


 細谷が撤退の合図を出そうとした瞬間、板垣率いる部隊がなだれ込んでくる。形勢逆転、新政府軍側有利。細谷は衝撃隊の面々に助太刀しつつ、指示を飛ばす。


板垣 勢いを落とすな! ここが正念場だ!

細谷 鬼一! 突っ込むな! 引きながら戦え!

武藤 わかってる!

細谷 武兵衛! 後方に回れ! 和三郎もだ!

渡辺 でも十さん!

細谷 何度も言わせんな! 行け!

桑折 武兵衛! 行くぞ!

渡辺 …わかった。

板垣 逃がすな! 追え!

細谷 行かせねえよ!


 戦いながら後退していく旧幕府軍を追う新政府軍。その中で板垣と細谷がお互いを認識する。


板垣 細谷十太夫…。


 細谷は板垣の元までやってくる。


細谷 三度目だな? 板垣サン。

板垣 予想していただろうに、珍しく逃げ足が遅いじゃないか。

細谷 そいつを見込んで、今日は殿だ。ここを通すわけにはいかないんでね。

板垣 生憎だが、こちらも引くわけにはいかない。雪辱を果たす。覚悟!

細谷 穏便に済ます気はねえよなあ。


 板垣と細谷の戦闘。途中で細谷が負傷し、追い詰められる。


細谷 クソ、やっぱ真っ向勝負じゃ勝ち目はねえか!

板垣 まだ軽口を叩く余裕があるのか。

細谷 ああ、そういう性分なんでね。


 戦闘の途中で鴉が鳴く。細谷の意識がそちらに逸れる。


板垣 余所見をするな!

細谷 お互い様だ!


 細谷が射線から外れると一発の銃声がなり、弾は板垣の手に当たる。板垣は刀を落とす。


細谷 さすがに、お前さんもこれ以上は無理だな。

板垣 …殺せ。

細谷 嫌なこった。


 物陰から桑折が飛び出してくる。


桑折 十さん! あっちで大変なことが…怪我してるじゃねえか! 大丈夫なのか? 手拭いは…。

細谷 俺は良い。あっちが何だって?

桑折 そうだ! とにかくやべえんだよ! 見たことねえもん見たんだ! それで額兵隊がやられて…。

細谷 …わかった。先に行け。俺はこいつとケリをつけてから行く。

桑折 早くな! 早くだぞ!


 桑折は走り去る。細谷は板垣の刀を拾い、差し出す。


細谷 ほら。あんたのだ。

板垣 …次に会うときは、どちらかが死ぬと思っていた。

細谷 勘違いしてもらっちゃ困るが、俺は暴力だの、殺生だのが大嫌いでね。土佐にもいたんだろ? そういうやつが。

板垣 お前は…一体どこまで?

細谷 必要ならどこまでも。そいつが俺の仕事だ。


 板垣は細谷から刀を受け取る。


細谷 やれやれ、やっとか。この頑固者。

板垣 この前の弾も、返してもらえるとありがたいんだが?

細谷 覚えてやがったか…ほらよ、耳を揃えてお返しだ。


 細谷は板垣に弾を返す。板垣は弾の個数を数える。


板垣 借りたものを返す時は、利子をつけるのが道理だ。これでは、些か足りない。

細谷 …へえ? 何がお望みだ?

板垣 聞きたいことがある。それに答えてくれれば、帳消しにしてやる。

細谷 断る理由もねえな。何なりと。

板垣 お前は、何のために戦っているんだ?金や名誉、なんてものじゃないんだろう?

細谷 …仙台を守る。それ以上も、それ以下もなく、ただそれだけだ。

板垣 幕府も天皇も外国も関係ない、と?

細谷 生憎、俺の頭は仙台のことしか考えられねえ仕様なんでね。この国全部ってのは、お前さんみたいなやつがやればいい。

板垣 この戦に負けるとしてもか?

細谷 勝敗にこだわってたら、何度も見逃さねえよ。お前さんのように厄介なやつは。

板垣 なぜだ?

細谷 買ってるからさ。お前さんは、この国全部を考えてるんだろ? その中に仙台も入るなら、まあ、悪くねえ。

板垣 …光栄だ、と言っておく。


 鴉の鳴き声が聞こえる。


細谷 あの野郎、催促してきやがって。

板垣 お前の鴉なのか?

細谷 ひで坊ってんだ。俺と会いたいときは、あいつを探した方が手っ取り早いかもな。餌をちらつかせりゃ、一発だ。

板垣 …良い相棒なんだな。

細谷 どうも。お世辞でも嬉しいもんだな。それじゃ、運が良けりゃ、また会おうぜ。板垣サン。


 細谷はいなくなる。


板垣 その時があれば、酒でも酌み交わしてみるか?


 板垣は細谷がいないことに気づく。鴉が板垣の頭上を飛んでいる。


板垣 食えない鴉だ…。

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