05

 新政府軍拠点。四条、河田、板垣の会議。数名の隊員が見張りをしている。


四条 駒ヶ嶺に、旗巻峠か。

河田 ええ。どちらも鬼門です。恐らく、向こうも考えていることは同じかと。

板垣 地の利がないだけこちらが不利という可能性もあるのでは?

河田 もちろん、見過ごせない点です。あちらには鴉もいますし。

四条 鴉か。

河田 態勢を整えたところで、奇襲されれば全てが無になりますからな。こういうときこそ、作戦は慎重に立てるべきで…。

四条 鴉よりも早く、こちらが見つけて潰せばよろしい。

河田 だからどうしてあんたはそうなんです!

四条 攻撃は最大の防御と言わんかね?

河田 それはあんたが言っちゃいかんのですよ。いいですか、総督として、もっと慎重に戦局を見てですね…。

板垣 では私が…。

河田 話をややこしくせんでください! 板垣さん、あんたもご自分の立場を考えてものを言ってくださらないと!

四条 わかっている。そう目くじらを立てるな。着実に進めば勝てる戦だ。退屈だが、堅実に行こうではないか。

河田 そうしてください、本当に…。

四条 まずは駒ヶ嶺。ここの突破は必須だ。ないと思うが、敗北は許されないから心してかかれ。進路は、河田。

河田 地図で言えば、こちらの経路を想定しています。合流地点はここです。戦闘が本格化するのは、この辺りからでしょう。

板垣 些か不利では?

河田 地形は不利です。が、装備と戦力差を考えると、こちらの有利は揺らぎません。

板垣 援軍の可能性は?

河田 低いでしょう。庄内藩をはじめ、各地でも戦の最中ですし、これ以上の援軍を要請するとなれば、蝦夷まで足を伸ばすことになりますゆえ。

四条 蝦夷か…向こうには艦隊がいるという話だったな。

河田 榎本武揚ですな。

板垣 海路を使うつもりでしょうか? 北へおびき寄せて、戦を引き延ばす算段では?

河田 いえ、藩主もこちらに来ていますから、その可能性はないでしょう。元より、今回の目的は仙台藩追討であることをお忘れなく。蝦夷まで逃げた者に関しては、特別に令がなければ、後続に任せることになりますので…。

四条 蝦夷へ行くには、この軍備だと少々心許ないな。

板垣 三日いただければ、再軍備は可能です。

四条 そうか!

河田 板垣さん! 四条さんに余計なことを言わんでください!

四条 冗談だ。怒るな、河田。

河田 全く…この様子では、作戦通りに動いていただけるかどうかも不安になりますよ。

板垣 その件で、一つ。

河田 蝦夷は行きませんぞ。

板垣 …すみませんでした。真面目な話です。私が率いる小隊ですが、この段階で旗巻峠へ向かっても構いませんか?

河田 理由を聞きましょう。

板垣 駒ヶ嶺での敗北は、恐らく相手も想定しているはずです。先んじて旗巻峠に部隊を進軍させておけば、戦況を有利に運べるのではないかと。

河田 なるほど…よろしいでしょう。ただ、その場合は主力部隊が控えていると予想されますゆえ、くれぐれもお気をつけて。無茶なことはしない、させない、許さないと約束できますな?

板垣 …肝に銘じておきます。

四条 余程、鴉に会いたいと見えるな。好き勝手されたのがそんなに気にいらんのか?

板垣 …わかりますか。何とかして、あの男の出鼻を挫いてやらないと気が済まないのです。気になって夜しか眠れません。

河田 それは…健康的で何よりですな。

四条 細谷十太夫、だったか。鴉を連れているのは。

板垣 ただの鴉ならいざ知らず、あの男は八咫烏です。隊を纏める手腕も、指揮の能力も、状況の把握も早かった。あの男が殺す気だったら、私は今ここにいません。

四条 見逃された、と言っていたな。鴉は手を抜いていたのか?

板垣 そこまでは言いませんが、陽動か、混乱させるのが目的のようでした。有利な状態を保ちつつ、それが少しでも崩れそうになれば、すぐに撤退の判断を下す。次の戦でも恐らく、鴉の戦法は変わらないでしょう。もし、出会うことがあれば、お気を付けください。

四条 万が一があれば、その時考えるとも。私はただ、目の前の出来事に集中するのみだ。煩わしいことは、お前たちが対処してくれるからな。

河田 その信頼に、必ずやお応えいたしましょう。

板垣 無論です。

四条 よろしい。この後、板垣はどうするかね?

板垣 少し残ります。考え事をしたいので。

河田 ほどほどにお願いしますよ。


 四条、河田は退出する。見張りもそれに続く。板垣は最後に出ようとした見張りを呼び止める。


板垣 待て。

見張り はい? 自分に何か?


 板垣は見張りを観察する。


板垣 …気のせいだったようだ。すまない。

見張り そうですか。失礼します。


 板垣は見張りに背を向ける。見張りは短刀、板垣は拳銃をほぼ同時に懐から取り出す。


細谷 勘が良いやつは早死にするぜ。板垣サン。

板垣 貴様…!


 細谷が一瞬早く動き、板垣の手から拳銃を奪い取り、板垣に突きつける。


板垣 細谷…十太夫…!

細谷 覚えてもらえるとは光栄だ。改めて、仙台藩…いや、衝撃隊の細谷、と名乗るかね。上手く化けたつもりだったんだがな。どこでわかった?

板垣 …貴様と話すことはない。

細谷 だと思ったよ。まあ、今の軍議で聞きたいことはあらかた聞けたから、今更あんたと話すことは、俺にもねえが。


 細谷は撃鉄を立てる。板垣は細谷から目線を逸らさない。しばらく睨み合いがあった後、細谷は銃口を板垣から外す。


板垣 …何のつもりだ?

細谷 見ての通りだ。

板垣 …取引には乗らない。もちろん、貴様の口車にもだ。殺すならさっさとやれ。

細谷 勝手に決めつけんな。そんなつもりはねえよ。

板垣 信じられるか。

細谷 面倒くせえな。これだから、頭の固いやつは。


 細谷は板垣から距離を取り、拳銃を床に滑らせて板垣に返す。


板垣 …何のつもりだ。

細谷 ご丁寧に説明してやると、そいつはあんたのだろ? 俺は持ち主に返しただけだ。

板垣 見逃してもらおうという魂胆か。生憎だが、私は敵に情けをかけるほど甘くはない。


 板垣は拳銃を取り、細谷に向ける。


板垣 読みが外れて残念だったな。

細谷 まあ、落ち着けよ。穏便に済まそうじゃねえか。

板垣 話すことはないと言ったはずだ。

細谷 騒ぎを起こしたくねえのはお互い様だろ? あんたはそういうやつだ。

板垣 何だと?

細谷 これでも、人を見る目はある方なんでね。あんたはどちらかといえば、こっちの人間だ。

板垣 …何の話だ?

細谷 根っこの話だ。見てくれは誰でも取り繕えるが、あんたみたいに育つためには、根っこが良くなきゃ駄目だ。途中で枯れねえためにもな。


 外から河田の声が聞こえる。


河田 板垣さん、いつまで考え込んでいるんです?


 細谷は素早く別口から出る。板垣は拳銃を撃つが、空砲に終わる。


河田 ちょっ、何をしとるんですか!

板垣 …すみません、試し撃ちをしていまして。

河田 試し撃ちですと!? この狭い部屋で!? 全く、あなたはどうしてそう短気というか、変なところで横着するのですか! 空砲だったからよかったものの、間違いで撃たれでもしたらたまったもんじゃありませんよ!

板垣 そう怒らなくても。善処しますから。

河田 善処って、あなたねえ…。

板垣 河田さん、私に何か用があったんでしょう? 何ですか?

河田 あぁ…部隊の編成について確認したいことがあると、四条さんが。

板垣 わかりました。私も、お話しておきたいことが。

河田 手短にお願いしますよ。参りましょう。


 河田が先に退出する。板垣は拳銃から弾が全て抜き取られていることを確認する。


板垣 …鴉め。


 板垣は退出する。

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