04

 衝撃隊の拠点、旅籠屋前。女将と伊達が話している。


女将 だからね、私に聞かれても、知らないものは知らないんですよ。

伊達 そこを何とか! この通り!

女将 だから知らないんですって。わざわざ隠すことじゃあるまいし、知ってたら教えてますよ。

伊達 ここでもないのなら、一体どこにいると言うんです!

女将 私に聞かれてもねぇ。本当、鴉みたいに、すぐどっかに飛んでっちゃうんだから。

伊達 呼び戻してください! ほら、なんか、口笛とかで!

女将 無茶言わないでちょうだいよ。それで戻ってくるんなら、こっちだって苦労しなくて済みますよ。


 鴉の鳴き声が聞こえる。


女将 本物の鴉は、戻ってきたようだけどね。

伊達 あれに化けているという可能性は?

女将 ないよ! しゃんとしな!

細谷 さぁて、そいつはどうだ?


 ひで坊を連れた細谷が戻ってくる。


女将 やっと戻ってきた! 十ちゃん、このお人があんたに会いに来たって、もう小一時間ここにいてね。

細谷 そいつは、ご苦労なこって。伊達の殿様も、案外暇なんだな?

女将 え? 殿様って…。

細谷 すまねえが外してもらえるかい? 大事な話みたいなんでね。

女将 はぁ…まぁ、よくわかんないけど。あんたもお夕飯食べてく?

伊達 良いんですか!

女将 良い返事だねぇ。腕によりをかけなくっちゃ。


 女将は旅籠屋に入る。


細谷 わざわざお前さんが来るとはな。

伊達 元はと言えば、会議に来ないお前が悪いだろう。

細谷 好きに動いていいって言ったのはあんただぜ。それに、他の連中の動きなら把握してる。

伊達 君たちの動きが把握できないのは困ると言われた。

細谷 暑苦しい星か? それとも鮎貝の小言か?

伊達 どちらも。

細谷 やれやれ。わかったよ。で、本題は別にあるんだろ?

伊達 あぁ…。


 細谷はその場に座り込む。


伊達 …よく懐いているな。

細谷 そういう性分でね。ひで坊は人懐っこいから、あんたにも懐くんじゃねえか? 慣れたら名前を呼べば戻ってくるようになるぜ。自分の名前がわかってんだろうな。

伊達 とても興味深い話だが、今は仕事をしなければならない。

細谷 わかってるよ。与太話だ。隠密の俺に、何が聞きたい?

伊達 敵の情報は、どこまで掴んでいる?

細谷 言った通り。駒ヶ嶺か旗巻峠が要だっていうのは、向こうもわかった上で攻めてくる。戦力も分散しつつ、本命は旗巻峠って編成だな。

伊達 やはりそうか。

細谷 中村藩が取り込まれたのが痛手だな。武器、兵力、どこをどう見てもこっちが不利。今なら降伏した方がマシだと思うぜ、俺は。

伊達 相変わらず、厳しいことを言う。

細谷 当たり前だろ。ガキの喧嘩じゃねえんだ。こっちの戦略は?

伊達 駒ヶ嶺と旗巻峠は、これ以上に激しい戦いになるだろう。こちらの最大戦力を、なるべく温存した状態で相手と戦いたい。

細谷 …。

伊達 この意味がわかるな?

細谷 決定事項か?

伊達 いや。本人不在で決めるわけにはいかないからな。まだ保留段階だが。

細谷 その配慮はありがたいがね。ちくしょう…余計な手間は増やしたくなかったんだが。

伊達 前向きな返答を期待してるよ。後ほど、会議で会おう。


 伊達はその場から去る。


細谷 おい、お前さん、飯は? …全くしょうがねえなあ。


 細谷は旅籠屋の中に入る。その夜。仙台藩軍法会議。伊達、細谷、星、鮎貝が地図を広げた机に向かっている。


星 このまま進軍を! 同盟の主体である仙台藩が先陣を切り、他藩に示しを見せつけるのです!

鮎貝 その通りです。このまま、やつらに好き勝手されてたまるものですか。

星 総力戦は承知の上です! 我々の戦力もやつらに引けを取らないと自負しています! 殿が一声くだされば、我々は!

細谷 星、その辺にしとけ。

星 細谷…貴様もそう思うだろう? 今こそ全身全霊で当たるべきであると! 我々の底力を見せつけるときであると!

細谷 どうかな。俺は仙台さえ守れれば、勝ち負けに関しちゃ正直、どっちでもいいと思ってるんでね。

星 どうでもいいとは、貴様!

鮎貝 矛盾していないかね? 仙台を守るには、勝たねばならんだろう?

星 その通りだ。負けは即ち、敗北を意味する!

細谷 そのまんまじゃねえかよ。お前さん、頭ん中まで筋肉が詰まってんのか?

星 何だと?

細谷 仙台で戦をしないこと。んでもって、あいつらに領地を支配されないこと。この二つは、勝たなくても叶えられる。

星 勝たねばこの戦の意味がないだろう! 例え市中が使い物にならなくなったとしても、再建すれば良い話ではないか!

細谷 仙台を火の海にするのか? 生まれ育った故郷、そこに住む人々を危険にさらしてまでする意味は?

星 勝つための犠牲なら、皆も本望だろう。

細谷 …本気で思ってんのか。おだづなよ、お前。

星 お前だべ! この耳きんぽん!

細谷 聞かねえ童だな、本当に!

星 童でねえ!


 星と細谷、一触即発。今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気。


伊達 やめてくれ。我々が争っても仕方がないだろう。

鮎貝 殿の言う通りです。落ち着きなさい。子供みたいに喧嘩して、みっともない。

伊達 駒ヶ嶺と旗巻峠での戦闘は避けられない。今はまず、そこを切り抜ける術を考えなければならない。そうだね?

細谷 …異議なし。

星 …わかりました。


 星と細谷はお互いに距離を取る。


伊達 進軍と撤退を繰り返してここまで来たが、正直なところ、これ以上の撤退はできない。最終防衛線は旗巻峠。ここを突破されれば、我々も行き場を失ってしまう。

鮎貝 お任せください。何としても、守り抜いてみせましょう。

伊達 頼む。額兵隊の軍備は?

星 フランスの最新鋭の兵器を投入する予定は、以前にお話した通りですが…。

伊達 やはり、駒ヶ嶺には間に合わないか。

星 申し訳ありません。

伊達 わかった。十太夫、連戦になるが…。

細谷 駒ヶ嶺の先鋒だな。

伊達 …主力部隊はできる限り温存しておきたい。額兵隊は後方で支援を。ここで死守できれば、万々歳といったところか。旗巻峠までの撤退を前提に、戦を進める。

鮎貝 なるだけこちらの戦力を減らさず、相手を誘い込みたいところですな。

伊達 旗巻峠で決着をつける。異存はないな?

星 無論です! 袋叩きにしてみせましょう!

細谷 旗巻峠も、うちが先鋒か?

星 何だ? 不満でもあるのか?

細谷 …作戦を確認してるだけだが?

鮎貝 旗巻峠では、別部隊を合同で指揮してほしいと思っている。ここでどれだけ相手に損害を与えられるかが、鍵になるのでな。

細谷 ちょっと待て、俺が?

鮎貝 聞いておらんか? 旗巻峠の参謀にお前を推薦していたのだが。

星 大抜擢じゃないか! 羨ましい限りだ!

細谷 …そうかい。人数は?

鮎貝 五十かそこらかな。そこまで多くはならんよ。

細谷 わかった。ただ、俺のやり方でやらせてもらう。

鮎貝 構わんよ。役目を果たしてくれさえすれば好きに動くといい。

伊達 これまで以上に、激しい戦いが続くだろう。気を引き締めて当たってほしい。

星 無論です!

鮎貝 必ずや。

細谷 …。

伊達 本日はこれにて。遅くまでありがとう。皆、明日に備えてくれ。

鮎貝 殿も、あまり根を詰め過ぎぬように。

星 失礼します!


 星と鮎貝は退出する。細谷は残り、戸を閉める。


細谷 俺が参謀だって?

伊達 うっかり言い忘れていたようだ。すまない。

細谷 いや、好き勝手やってる分、任された仕事はきっちりやるさ。鮎貝の推薦だって話だしな。だが、念のため言っておくぜ? 俺たちが無敗なのは夜戦と奇襲に限って戦を仕掛けてるからだ。真っ向勝負じゃ話にならねえ。

伊達 わかっている。

細谷 頭じゃな。問題はそれだけじゃねえ。うちの連中は、そこらの百姓より、ちょっとばかし鉄砲と刀の扱いが上手いだけだ。そんなやつらが、あちらさんの精鋭部隊とぶつかったらどうなる?

伊達 だからこそ、お前に任せるんじゃないか。

細谷 買い被りだ。俺は片倉の軍師サマみてえに出来た人間じゃねえ。殿様の命は、そりゃ預けられたんなら謹んで引き受けるが。

伊達 …私も仙台を守りたいんだ。争いの中で一番傷つくのは、そこで暮らす人々だから。戦う術を持っている者が、彼らを守らなければならない。私を含め、みんな、藁にも縋る思いなんだ。君たちの、無敗という華々しい戦績に夢を見ている。わかってほしい。

細谷 …わかってるよ。小難しい話なんざ、表立って語られねえしな。悪かった。あんたに言うべきじゃねえのに。

伊達 謝らないでくれ。藩主として、忠言は甘んじて受け入れる。

細谷 一番上に立つ人間ってのは、大変だねぇ。

伊達 自分が正しいのか、不安になるよ。守るべきものが多すぎて。

細谷 …あんたは間違ってない。安心しな。みんなまとめて守ってやるよ。


 細谷は出ていく。鴉が鳴く。


伊達 …お前の主は強いな、ひで坊。

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