第50話「実験」

今日は珍しいことに全く授業が入っていない。もともと必修の授業が少ないことを考慮して、選択授業は入れないでおいたのだ。元々予定されていた必修の歴史の授業も、教師の体調不良で休みになった。

るんるん気分で研究室に向かう。

研究棟の一番奥の扉を開ける。ちなみに闇魔法の研究は非常にマイナーな分野であり、しかもクリスティア様の専攻する呪いの類ともなれば実用性は皆無に近いので、隅っこに追いやられている。

まあ、そのおかげで人目のない所で魔術行使ができるわけだが。

僕が授業もないのに何故早めに登校したかというと、複数の属性を混ぜた魔法を試すためだ。

以前屋敷でやったのだが、盛大に失敗して体の魔力回路が崩れかけて血を吐いた。

その後、ルドのツテを辿ってその方面に詳しい宮廷魔法師の方をお呼びして調べてもらったところ、最低一週間の絶対安静を告げられた。

その間の補修?知るか。

そもそも学院側から通知が来ていないので知らぬ存ぜぬで押し通す。

と、そんなことがあってからはルドも父上も、マリーまで過保護になって、少し魔法を使おうとしただけで

「何をするつもりですか、危ない魔法ではないですか、属性は?」

と、根掘り葉掘り聞くようになった。

最初の質問は聞き方が不敬だと思う。僕はそんなに信用がないのか。

というわけで、絶対にこの実験はさせてもらえないだろう。

家では。だがここ《研究室》は違う。ここなら人目もないし存分に魔法を試せる。

原則は教師一人がつかなければならないのだが、部屋ごと吹き飛ぶような危ない魔法ではないので大丈夫だろう、多分。あと適性属性以外の魔法を使いこなしていたら疑われる可能性がある。

すっと目を閉じて魔力に感覚を集中させる。

魔力を手先に集める。右手には水属性、左手には雷属性の魔力。

まだ術式は組まない。僕の場合は感覚で魔法を使うので術式というよりイメージだが。

水も稲妻も作るイメージはしない。単純に魔力だけの塊を作る。

目を開けて確認する。うん、ちゃんと右が水属性、左が雷属性になっている。

両手をゆっくりと胸の前に移動させ、二つの魔力を混ぜ合わせる。

全身に、馬車で撥ねられたかのような苦痛が走った。胃の奥から何かがせり上がって来る。

ああ、失敗だ。

もう一度魔力を集める。失敗。

混合、失敗。混合、失敗。

そうやって何度繰り返したか分からない。何回かに一回、成功したのでその都度メモに書き留める。段々とコツが掴めてきた。最初から塊を作るのではなく、指先から細い糸を絡ませていく感じだ。

慎重に、二つの糸を絡める。よくある毛玉はこうやって作られるのだろう、とふと思った。

二色が混じり合ったような、微妙な色合いの球ができる。そして起こしたい現象をイメージしながら再び魔力を流す。

じゃぽ、と音がして水球が出来上がった。片手で維持しつつ、もう片方の指を突っ込む。

ピリッと手が痺れた感覚がある。成功だ。

水魔法、ル・ウォルタと雷魔法、ル・エクレールの混合。名前は…面倒だから無しでいいか。仮名として稲妻水球とでも呼ぼう。

思いの外感電の衝撃が弱かった。これでは敵を失神させることができない。球を作るのには慣れてきたのでここからは混ぜる割合をかえて実験していこう。

水属性魔法は雷属性の魔法と相性が悪い。水は電気を通すからだ。ならば雷魔法の稲妻を伴わせた水も作れるのではないかと思いついたのだ。

この魔術、実用性は十分にあると思う。

雷魔法は射程圏が狭い。というか密着していないと効果がない。

なぜなら電気というのは物質ではないからだ。

火魔法は酸素を燃やす。水魔法は空気中の水を集める。風魔法は空気を操作して風を作り出す。土魔法は地面の砂粒を集める。

作り出した物質を魔力で押して飛ばす。

光と闇はメカニズムが特殊なので当てはまらない。それゆえに希少属性と呼ばれるのである。

だが雷属性は違う。電気は作り出せても飛ばす方法がない。もっと研究が進めば方法が見つかるだろうが、今はまだ対象に触れて電流を流すことしかできないのだ。

そこでこの稲妻水球(仮)が役にたつ。水球ならば本来に水魔法と同じ要領で遠くに飛ばすことが可能だ。

雷魔法、ル・エクレールの射程圏が広がるのだ。

何度か気を失ったが最終的に、水3対雷7くらいで失神ギリギリであることが分かった。

忘れることがないようきちんとメモしておく。

この後レポートにまとめて提出…いや、怒られそうだ。教師を一人もつけなかったからな。レポートを出すべきか否か。

ぐるぐると考えながら研究室を出た。

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