第45話「入浴」
「如何でしたか?」
「まだいたのかよ…」
自室に戻ると揶揄うような目つきのルドがいた。
「怒られたよ、それはもうものすごく」
「左様ですか、お仲間が増えて喜ばしい限りです」
「喜ぶな。何も喜ばしくない」
こいつ、やはり僕を道連れにしようとしたな。
ソファに腰掛けると、ルドが紅茶を差し出す。さっきの時間で準備したのだろう。
「ありがとう」
ちなみに紅茶はストレート派だ。ミルクティーも悪くはないが、味が落ちる。砂糖を入れるなどもってのほかだ。
紅茶を飲み終えたタイミングでルドが何か荷物を持って立ち上がる。
「では、参りましょうか」
何のことだかさっぱり分からなかった。
「行くって、どこに?」
僕が首を傾げて尋ねると、今度はルドが首を捻った。
「どこって、お風呂に決まっているではありませんか」
「え」
何故そこまで当たり前のように言うのだ。いつもは一緒に入っていないではないか。二人で入ったのはこの間の一回…と初めてここに来た日くらいだ。
それが何故、習慣づいたことのように言えるのか。
「い、いいよ、体くらい自分で洗えるし…」
「主人にご奉仕するのは使用人の義務ですから」
そう言ってにこっと笑った。愛想笑いの奥に侍女長に似た凄みを感じる。ちょっと怖いので頷くしかなくなった。
「わ、かった。一緒に入る」
ルドの表情がふっと緩む。安心してこっそり息をついた。
ルドは僕の体を丁寧に洗ってくれる。いつも適当になっていたから丁度いいかもしれない。
ふと、ルドが手を止める。何かと思って鏡越しに見ると、じろじろと僕の体を見つめている。何だか恥ずかしくなる。
「あ、あの、そんなに見られると、恥ずかしいの、だけれど…」
自分でも驚くくらい高い、蚊の鳴くような声が出た。
「やはり治しましょう」
そんな僕の気持ちなどお構い無しに、ルドが呟く。じとっとした目で見るがルドは僕の目を見ていないので気づかない。早く体から目を離せ。
「治すって?」
「その腕の傷です。正確には傷跡、ですがね」
「い、嫌だ」
反射的に答えていた。腕を隠すように体に引き寄せる。
「何故です?」
ルドも鏡越しに僕の顔を見る。やっと体から目をそらしてくれた。
何故、と聞かれても分からない。ただ一つ言えるのは、僕がこの傷に執着心を抱いている、かもしれないということ。
「自分でもよく分からないんだ。アイデンティティみたいな認識なのかな」
古傷がアイデンティティとは、側から見れば異常な趣味だ。笑ってしまう。
「やはり治しましょう」
ルドが同じことを、今度は真剣味のこもった声色で繰り返した。
「そんなアイデンティティは、捨てるべきです」
目の奥に、怒りの炎がちらついた。それが向けられているのが自分ではないことも分かった。
「そんなにガルム・アシュトンが嫌い?」
ルドが目を見開く。
「ルイス様は、憎くないのですか…?」
確かに、怒りが無いと言えば嘘になる。
だがそれ以上に、怖かったのだ、当時の僕は。
あの目が、威圧感が、怖かった。
だが今は別に何とも思わない。少し怯みはするがなんとか耐えられるようになった。昔はあんなに怖かったのに、俯瞰して見ると愚か者にしか見えてこないから不思議だ。
「別に。驕り高ぶっている小心者だと思っている。憎悪ではなく軽蔑かな」
ルドが目を細める。
「もう少し言い方があるでしょう…」
心外だ。聞かれたから答えただけなのに。
「とにかく、悪い思い出は消してしまいましょう、その傷と一緒に」
それから1時間くらいかけてルドが傷を治癒した。というより浄化したと言うべきか。つくづくルドの治癒魔法は効率が悪い。僕がやった方が絶対に早い。
「絶対かどうかはやってみなければ分かりませんよ?」
何故かむきになっている。だが今はルドのおかげでどこにも傷がない。試す方法がないので大人しく引き下がってもらおう。
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