第40話「訪問者 2」

今日は休日だ。父上も母上も仕事は休み。家族揃って優雅なアフターヌーンティーを楽しんでいると、いつも通り無表情の侍女長が何か報告にくる。

「旦那様、コンラート侯爵家の御令息がお見えです」

コンラートという名に身構える。紅茶が波立つ。

父上が席を立って対応に行く。

「コンラート家が訪ねてくるなんて珍しいわね」

母上は呑気にそう言う。

「そうですね」

誰だろう、何をしにきたのだろう、ただの面会?それとも文句を言いに?

食器がカタカタと音を立てる。感情を隠すのは得意なはずなのに。

「ルイスちゃん、どうかしたの?」

「いえ、なんでもありません」

表情だけは、平静を装う。上手く、取り繕えているだろうか。

しばらくして父上が戻ってきた。

「どう、でしたか」

恐る恐る尋ねてみる。

「コンラート家の御令息、ヴィクトル様だ。ルイスと直接話がしたいそうだよ」

ヴィクトル様というと、ディーノ様の兄君だ。兄弟に揃って恨まれてしまったのだろうか。

ディーノ様とのことを思い出すと、またみぞおちが痛む。

「屋敷の中でおもてなしは、しないのですか」

「申し出たんだが、断られてしまってね。ここでいい、と」

「分かりました」

来客があった時は、特に格上の貴族だったら、屋敷の応接間などでお茶を出してもてなすのが基本だ。だが断られてしまっては仕方がない。


不安と恐怖でいっぱいのまま門に向かう。みぞおちが軋むように痛い。あるいは胃が痛むのだろうか。

「お初にお目にかかります、ヴィクトル・コンラート様。ランバート伯爵家ウィリアム・ランバートが息子、ルイス・ランバートと申します」

きちんと礼をする。

貴族の常識として、格下の者が先に名乗るという決まりがある。呼び出された側だとしても、だ。僕は最近まで貴族の常識が全くなかったのだが、ルドに色々と叩き込んでもらったので十分社会でやっていけるようになった。

「ヴィクトル・コンラートだ。この度は、本っっ当にすまなかった!」

はっ!?え、何、なんで?

いきなり頭を下げられて困惑する。後ろの使用人まで一緒になって腰を折り曲げている。なぜ急に謝るのだろう?

「えっと、何のお話でしょうか」

ヴィクトル様は頭を下げたまま続ける。

「弟のディーノが君に、取り返しのつかない事をしてしまった。君を傷つけてしまったこと、弟に代わってお詫びする!」

「あ、頭をお上げください!」

確かに僕は傷つけられた。だが同様に、僕も試験の時にディーノ様を傷つけたのだ。

「その件でしたら、責任を追及するつもりはございません。それに、私も試験とはいえ、ディーノ様を傷つけてしまったこと、誠に申し訳なく思っております」

こちらも深く頭を下げる。

「君も頭を上げてくれ。試験においては、致命傷や動けないほどの重傷でない限り、事故と見なされる。君の場合は許容範囲だ」

真面目な方なのだろう、ルールをしっかり確認している。

「だが弟のことは、道理に合っていない。俺の愚弟が本当にすまなかったな」

今度は頭を下げずにそう仰った。俺の愚弟、という言葉に思わず笑ってしまった。

「…何かおかしなことを言ったか?」

「い、いえ、すみません。私の父も、よく同じようなことを口にしていたので」

「伯爵がか?」

「…まあ、叔父とは色々ありましたから」

遠くを見る目をする。しまった、湿っぽい雰囲気にしてしまった。

「では今回のことはお互い水に流す、ということでよろしいでしょうか」

「ああ、ディーノには、俺からきつく言っておく」


「まずいかもしれないな…」

戻る途中、そう口に出す。

水に流す、とは言ったものの、それは子供の口約束だ。

兄君が把握しているということは、コンラート家当主もこのことを把握しているのだろう。

なかったことにはしてくれない。

これはやはり父上に言わなければ。

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