第39話「存在証明」

「おかえり、遅かったな」

ルドルフがランバート邸に戻ると、ルイスが腕組みをし、壁に背をもたれて立っていた。

もう日は沈んでいるというのにまだ制服のままで、随分前からそこで待っていたようだった。

「ええ、少々おしゃべりな生徒に捕まってしまいまして」

「…ふうん」

一見興味のないようなその顔に一瞬、翳りが生じたのをルドルフは見逃さなかった。

先程ルドルフが視界に入った時の嬉しそうに綻んだ顔も、術式、と耳にした時の僅かに眉を顰める動きも。ルドルフは主人の、そういった微細な表情の変化を全て読み取れる自信があった。愛の成せる技だ。

「ルイス様は、私のことを待っていてくださったのですか?」

「ああ、ちょっと…心細くて」

目に見えて暗くなったルイスの顔を見て、ルドルフは胸が締めつけられる。ぎゅっとルイスを抱きしめる。

「辛かったでしょう、お一人にさせて申し訳ございません」

ルドルフが言うと突然、二人はルイスの部屋へ転移した。ルイスが転移魔法を使ったのだろう。

それにしても、何故?

ルドルフが疑問に思ってルイスを見る。

「ルド」

「はい」

「甘えても、いいか?」

ルドルフの胸に顔をうずめて、ひどく頼りない声でルイスが言う。

「はい」

ルイスは、堰を切ったように泣き出した。

「今日、父が、実父が、来たんだ」

どこに、が抜けているが、おそらくこの家にだろう。弱っている者に細かく問いただすなどという無粋な真似はしない。

「そうですか」

「それで、僕、頑張って追い返して、」

「だけど、すごく、怖くて、それで、それで、」

しゃくり上げながら途切れ途切れに言葉を紡ぐ。順番がぐちゃぐちゃになっている。ルイスは話しながらだと上手くまとめられないのだ。

「ゆっくりで良いのですよ」

優しく背中を摩る。

「うん、ちょっと、落ち着いてから話す」

ルドルフは頷いた。この状態では整理して話すことは難しいだろう。賢明な判断だ。

ルイスはルドルフに背中を摩られながらしばらく泣き続けた。


ルイスは心を落ち着けて、順序を整理してから話し出した。

一部始終を聞いたルドルフは、主人を労った。

「一人でよく頑張りましたね、ルイス様」

ルイスは安心するとまた泣き出した。

その後、久しぶりに二人で入浴した。ルドルフはルイスの体を洗っている時、以前あった傷跡が消えているのに気づいた。腕や足には残っているのに腹と背中だけは綺麗になくなっていた。

「ああ、それか。なんか、ルドの治癒魔法で治ったみたいなんだ」

腹部に怪我をした時のことだろう。

「あれは僕の、存在証明みたいなものだったのだけれどね…」

顔を曇らせてルドルフに聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

「すみません、聞き取れなかったのですが」

「何でもないよ。こんなに綺麗に治せるなんて、流石ルドだな!」

「ええ、私は天才ですので」

「自分でそれを言うか、普通」

軽口の応酬をする。ルイスがいつもの調子に戻ったのを見て、ルドルフは安心した。

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