第37話「転移魔法」
クリスティア様は仕上げに教授の後頭部を石で撃とうとするが、教授が防御魔法を展開して相殺した。
「上出来だ。見事な技だった」
「す、すごい…」
素直に尊敬する。僕にはついていけないほどスピードが速く、魔法の精度も相当高度な戦いだった。守りに徹して正解だったな。
「貴方も術式をちゃんと覚えれば、できるようになるわよ」
痛いところを突かれて苦笑する。
「本日はここまでとする。各自解散だ」
教授は颯爽と去って行った。解散と言っても、この倒れている人たちはどうするのだろう。自力で歩ける状態では無さそうだが。
「放っておきましょう」
「で、ですが」
放っておけば、このまま次の授業の生徒が来て惨めな姿を晒すことになる。流石にそれは可哀想だ。
しかし一人ずつ運ぶとなると大変だ。というか僕一人で持ち上げられる気がしない。クリスティア様のお手を煩わせることはできないし…
あ、そうだ!こんなときのための便利な魔法があった。
「私が転移魔法で医務室へ飛ばしましょう」
「馬鹿ね、それだと貴方の魔力が持たないでしょう」
周りにいる人数を確認する。僕たちを除いて30人程度。これなら多分大丈夫だ。
一度に全員同時に医務室へ、そして念の為自分も転移しておけばいい。魔力切れになってもその場で休める。
「貴方は次の授業に出られなくなってもいいの?」
「いいんですよ、僕なんかが」
僕なんかがいなくても誰も何も思わない。そう口走りそうになってはっとする。僕なんか、とは言わない方が良いのだったな。
「まあ、1回くらい出なくても変わりませんから」
努めて明るく言う。
「私がそうしたいのです。ね、いいでしょう?」
クリスティア様は諦めたように溜息をつく。
「もう好きになさいな」
私は先に行っているわよ、と言うと闘技場を出て行ってしまった。
クリスティア様の了承?を得て転移魔法の準備をする。
転移魔法の発動条件は二つ。
一つは、転移したい場所の座標が分かっていること。医務室は校舎の一階の角にある。
そしてもう一つは、転移させる対象が全て繋がっていること。他の物または人とどこかで接していないと全体に魔術が伝わらない。転移させる物が多いときには準備が必要になる。
もっとも、熟練者は任意の範囲にある物や人を全て飛ばせるらしいが。
倒れている者たちをせっせと繋ぎ合わせる。引きずってしまうのは申し訳ないが、やむを得ない。全員繋がったことを確認し、一番近い者に手を触れる。
緊張する。これだけたくさんの人を転移させるのは初めてだ。転移先で倒れることも覚悟している。
頭の中に校舎の地図を思い浮かべて魔力を込める。
医務室についた。無事に到着したようだ。運悪く、担当の先生がいない。
一人一人をベッドに運んでいる暇はないのでごめんなさい、と言ってそのままにしておく。
早く次の授業に行かなければ。ドアノブに手をかけようとしたその刹那、視界がぐらりと揺れる。うっかりバランスを崩しそうになったが、壁に寄りかかることでなんとか防げた。
ベッドの方に行きたいが、体が言うことを聞かない。吐き気と目眩がして、頭が回らない。全身から血を抜かれたような感覚だ。そのまま床に座り込む。
「覚悟はしてたんだけどな…」
今頃は魔法科学の授業か。クリスティア様は伝えてくださっただろうか。どのように伝えたのだろうか。
鐘が鳴った。午後の授業終了の鐘だ。勉強から解放された生徒たちがぞろぞろと門へ向かう。
僕は雑踏から外れて一人、医務室にいる。魔力が回復して来た。頭も、段々と靄がなくなったようにはっきりしつつある。
一緒に運んだ人たちは、意識が戻ると授業に向かってしまった。今は僕一人だ。親切な方がベッドまで運ぶと言ってくれたが、丁重にお断りした。何とか自力でベッドまで辿り着き、横になって休んでいる。
こんこんこん、とノックの音が聞こえて扉の方に目を向ける。
「ルド…」
ルドは無表情で、何を考えているのかわからない。だが視線だけはまっすぐにこちらを見ていた。
「ルイス様、またご無理をなさいましたね」
抑揚のない声でそう問う。
「まあ、ちょっとな。でも大丈夫だ、今は回復したし…」
「そういう問題ではありません!」
言葉を途中で遮られる。ルドの剣幕に気圧されて押し黙る。
ルドは額に手を当て、はあああ、と長い溜息をつく。
「貴方はもう少しご自分を大事になさってください…」
「…怒ってる?」
ここまできてようやく分かった。ルドは、僕に怒っているのだ。今の今まで、その感情を抑えていたらしい。
「ええ、怒っています、私の大切な主をぞんざいに扱われたのですから」
大切な、と聞いてはっとする。そうか、そうだよな。ルドの大切なものは、傷つけちゃ駄目だよな。
「分かった、これからは気をつける。もう、無理はしない」
「約束ですよ?」
「…うん」
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