第35話「第2号」

ドアの開いた音がして目が覚めた。目覚めは、あまり良くない。

ルドに着替えをされている間に今日の予定を確認する。

魔法科学、地理、経済と…うわ、出た魔法理論。あの先生は嫌いじゃないのだが、どうしてもこの教科だけは好きになれる気がしない。

「魔法理論というと、講師はアルジェント先生ですね」

「知っているのか?」

「はい、話が合うので仲良くさせていただいております」

「…ルドにも友達がいたんだな」

「失礼な、私にだってお友達くらいいますよ」

拗ねてしまった。ごめんって、服を持ったままにしないで、早く着ないと恥ずかしいの。

ルドは僕に甘々だから許してくれた。


…訂正しよう、甘々なのは執事の時だけだ。さっきから術式術式と、僕が術式を嫌いなのはわかっているくせに。

「これくらいは基礎の基礎ですので、皆さん当然、押さえていると思いますが」

おい今真っ直ぐこちらを見たぞ、絶対馬鹿にしているだろ、こいつ。

くそう、家に帰ったら揶揄ってやろうと思っていたのに、こっちが揶揄われている。

悔しさのあまり机の下で拳を握る。

「ルイス君、どうかしたの?」

あ、しまった、平常心平常心。他の生徒の前では僕とサミュエル先生の関係は秘密なのだ。

「いえ、何でもありません」

それから地理、経済と必須科目を受けて午前中の授業は終了した。そう、終了してしまったのだ。午後には魔法理論が控えている。今から食事だというのに、気が重い。

流石に食事まで一緒ではまずいのでエヴァレット様とはここで別れる。

「あ、僕、一人だ」

当たり前のことを口にする。一人になってようやく気づいた。僕には同性の友達がいないのである。顔見知りといえば、あのコンラート様くらい。

初日にもっと色々な人と話しておくべきだったか。ああ、ますます憂鬱になってきた。


学院には学食というものがある。ビュッフェ形式なので生徒たちはそこで好きな料理を選び、好きな場所で食べるのだ。校舎内の一室やテラス、ホールなど人それぞれの場所で食事を取る。がっつり食べる人もいるが僕はパンと少しの野菜で充分だ。

婚約者といちゃいちゃしたり友達同士で談笑したりする中、僕は喧騒から離れて中庭のベンチで軽食を取る。

「あ〜、隣、いいかな」

声のした方を振り返るとアルジェント先生が立っていた。うえ、今一番会いたくない人に会ってしまった。まあ極力顔には出さないが。

「どうぞ」

「まさか中庭に人がいるとは。ここ、結構穴場なんだがな」

アルジェント先生は誰に言うでもなく話し始めた。

「俺はこの学院に馴染めなくてな、教師共が規則規則とうるさいんだ」

「…」

貴方も教師だろうに。

「おまけに生徒は騒がしいし、押しが強いし、ところ構わずいちゃいちゃするし、本当リア充爆発しろよ」

「…」

物騒なことをおっしゃる。本当は自分が惨めなだけだろう。

「…君、俺のこと嫌いか?」

「え、いえっ、そんなことは」

「いや冗談だ。俺じゃなくて術式が嫌いなんだよな」

返事をしていいのか分からなかったので黙っていたが、気に触ったのだろうか。慌てて取り繕おうとすると途中で遮られる。何故それを知っているんだ?

僕が首を傾げると先生は答える。

「あー悪い、別に誰かに聞いた訳ではないんだが、俺も術式が嫌いでな、なんとなく同じような気がして」

「でも先生は術式、得意じゃないですか」

何が嫌いだ。得意分野のくせに。

「あー、あれは指導書の通りにやっているだけだ、クソ教師共に言われてな」

指導書とは、教科書とは別に教師用に発行されたコラム付き教科書のようなもので、先日の初級魔法の術式の問題もそこに載っていたのだという。

「問題から解答解説まで、それを全て順番通りに進めるだけでいい。まあ俺としてはそんなことをするくらいなら生徒に丸投げしたいんだが」

話を聞く限り、先生は本当に術式が苦手で、教科書は半分も理解していないらしい。

僕と同じだ。親近感が湧く。話す時もフラットで、気まずくならない。

この人なら、と思い、切り出してみる。

「あの、お友達に、なってくれませんか」

「…は?」

「あ、僕、同性の友達がいなくて、その」

「…普通は同年代と友達になるんじゃないのか?」

「同年代は、あまり得意ではなくて…」

コンラート様とのこともあったし、気後れしてしまって上手く話せないのだ。

アルジェント先生は数秒の沈黙の後、受け入れてくれた。

「いいぞ。…俺みたいなのが友達第一号で恐縮だが」

「あ、第二号です、第一号はエヴァレット公爵令嬢なので」

「お前ら友達だったの?まあ確かに仲良さそうにはしていたが」

何にせよ、これで同性の友達が出来た。

「では改めて、ランバート伯爵家長男、ルイス・ランバートです」

立ち上がって礼をする。肝心な自己紹介を忘れていた。

「ご丁寧にどうも。アルジェント男爵家三男、フレデリック・アルジェントだ」

互いに握手を交わす。


「アルジェント先生と友達になった」

夕食のため、食堂に向かう途中でルドにそう告げる。ルドは一瞬驚くが少し考え込む仕草をする。

「?」

「ルイス様にお友達ができるのは喜ばしいことですが、懸念点が一つ。私とルイス様の関係が露見する可能性があります」

それを聞いて動揺する。迂闊だった。両方を知っているということは僕たちの関係が推測できてしまうということだ。だが、できれば関係を継続したい。同世代の友達なんてできそうにない。

「まあ、そこまで深く関わらなければ大丈夫でしょう。今後も私たちの関係は秘密、ということで」

「うん、分かっている」

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