学院編
第30話「初日」
穏やかな秋の風吹く道を馬車が駆け抜ける。見上げれば青く澄んだ空が…うん、かっこつけようとしたけどやっぱり恥ずかしいからやめよう。
というかさっきから視線が痛い。馬車が通り過ぎるとその場にいた人たちがささっと移動して頭を下げる。なんだか仰々しいな。こちらが緊張してしまう。
肉体的には楽だが精神的にはきつい。これから毎日馬車通学をするのだろうか。それだけは勘弁してほしい。
そうしているうちに学院の門まで到着する。降りたら注目されるだろうな…
「ルイス様、到着しましたよ」
ルドに催促される。
「…降りたくない」
駄々をこねるとルドは黙り込む。しまった、困らせてしまった。深呼吸して気持ちを切り替える。
扉を開けるとすでに周りがざわついている。うっ、胃がキリキリする…
とはいえ、ランバートの家名を背負っているので堂々としていなければならない。
胃痛に耐えながら、ルドの手を取り馬車から降りる。
「あれが実技試験トップの…」
「的を焼き払ったらしいぞ」
「対戦相手に怪我を負わせたって話もある」
やはり噂になっている。早くこの場を離れたい。
「じゃあ、行って来ます」
「行ってらっしゃいませ」
周囲の視線から逃げるように校舎に入っていく。
まずはオリエンテーションの教室へ。今度は時間に余裕を持って来たので、逐一地図を確認しながらゆっくりと進む。
教室に入ると、それほど人がいなかった。少し早く来すぎただろうか。一番奥の窓際に座る。ここなら目立たなそうだ。
そういえば、家族以外と関わるのは、これが初めてだ。どう接してよいかわからず緊張する。
他の生徒と話した方が良いのだろうか。わからない。わからないので気を紛らわすために本を読む。
どんな生徒がいるのか気になるので入ってくる生徒をちらちらと見て確認する。
しばらくすると、取り巻きを連れた赤髪の青年が入ってくる。
ディーノ・コンラート様だ。咄嗟に目を逸らす。幸いなことに、こちらには見向きもせずに席に着いてくれた。
だんだんと人口密度が高くなってくると、制服ではない男性が入ってくる。
「ほら、席に着け〜」
間延びした声でそう指示を出すのはおそらくこの学校の教師だろう。ところどころ服を着崩しており、気怠げな印象だ。
雑然とした空間が整頓されるようにそれぞれの席に着く。
「では出席を取るぞ〜」
うっ名前を呼ばれるのか…不安だなあ。
次々に名前を呼ばれる。はきはきと返事をする者、面倒そうに手だけ挙げる者、ふんぞりかえっている者など様々だ。おいおい、それで良いのか、未来を担う若者たちよ。
「ルイス・ランバート」
僕の名前が呼ばれたその瞬間、憎悪の視線を感じる。やはり恐れていた事態になってしまった。
「…はい」
これからずっとこの視線に耐えながら生活していくのかと思うと気が滅入る。
点呼が終わると時間割を書いた紙が配られる。
「え〜まずは諸君、入学おめでとう。今年は豊作だと聞いている。まあ、励んでくれたまえ。今配ったのは必修科目、選択科目の時間割とその概要だ。選択科目については申し込み書があるので各自記入しておくように。じゃ、解散」
必要最低限のことと薄っぺらい感想を話すと先生は行ってしまった。
整頓された人々が再び動き出す。身分の高い貴族に取り入ろうとする男爵家、すでに出来ている取り巻きと談笑する侯爵令息。
貴族社会の常識はあまりわからないし目立ちたくないので一人でいることにした。
先ほど配られた時間割を確認すると、見覚えのある名前が…
「あいつ、ここの講師だったのか」
魔法科学の分野にルドルフ・サミュエルの名があった。魔道具の仕組みや効能について学ぶらしい。
他の授業も確認していると、影ができる。ふと顔を上げると妖艶に微笑む黒髪の少女が立っていた。その艶のある長い髪を持ち、誰もが一度は魅了されるだろう美貌である彼女の名を、この国で知らない者はいない。
クリスティア・エヴァレット。彼女のお父上、エヴァレット公爵はここの学院長でもあり、有能な為政者でもある。
「あなた、ルイス・ランバートよね」
「っ!」
僕は目を逸らす。なぜ公爵令嬢が?まだ入学初日だぞ。懐柔か?だがランバート家はすでにエヴァレット家傘下だ。返事をすべきなのだが、公爵令嬢と話すと目立ってしまう。僕は注目を浴びたくないのだ。だが無視は流石に失礼だ。どうしよう、どうすべきか。
ぐるぐる考えていると周りがざわつき始める。
「何よ、あの態度」
「あのエヴァレット様が話しかけてくださっていると言うのに」
「あれで実技試験トップかよ」
「貴族として失格だな」
これは、黙っていたほうが余計にまずい…!
「し、失礼致しました。私がルイス・ランバートで間違いございません。御用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
出来るだけ丁寧な言葉遣いを心がける。
「貴方のことが気になってね。お友達になりましょう」
「えっ」
公爵令嬢様とお友達なんて荷が重すぎる。だが変に断れば、評判を落とすことになる。父上と母上に申し訳が立たない。
「…私でよろしければ」
「じゃあ、これからよろしくね」
「は、はい」
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