第28話「マナー講座」
僕は長いこと、貴族として扱ってきてもらえなかったのでマナーや常識に欠けている。あっさり認めることに驚かれるかもしれないが、もともとこうなったのは僕のせいではないし、否定したところでどうにもならない。
そんなわけで、学院入学前にマナー講座を受けることになった。
のだが…思いの外厳しい訓練だ。何より殺気がすごい。すごすぎる。
鬼教師と言っても過言ではない。
「ルイス様」
「ひゃいっ!」
そんな鬼教師、もといルドに名前を呼ばれて僕はしゃんと背筋を伸ばす。当たり前だ。親の仇かというくらいの殺気を飛ばされながら名前を呼ばれれば、背筋も伸びるものである。
「それではありません」
しまった、ナイフを取り違えた…!
「ご、ごご、ごめん、なさいっ!」
ごめんないもまともに言えない。
ランバート家シェフ全面協力の下、食事中のマナーを勉強中である。
ずっと見よう見まねだったのだが、学院に通うというのはすなわち社交デビューだ。これから他家と関わる機会も増えるだろう。食事における態度で品格が問われる場面も出てくる。
だがこの威圧感は侍女長の比ではない。頭が真っ白になって手元に気を配る余裕もなくなってしまう。
目を閉じて気合いを入れ直す。
貴族というのは余裕がなくてはならない。余裕がなくても表に出してはいけないのだ。
なるべく手の震えを抑えて取り違えたナイフを戻し、今度はきちんと確認しながら取る。
それから、騎士礼や普通礼、最敬礼の仕方、会話のマナーなど、日常生活に必要な常識的なところから、夜会やダンスパーティーなどの場面ごとの振る舞いをことごとく叩き込まれた。これを数日間繰り返すらしい。僕は物覚えが良いから、などと言われたが正直覚えられるか不安である。
そして懸念点がもう一つ…愛想笑いがとても苦手なのである。
「ルド…」
「はい」
「どうやら僕には、愛想笑いは向いていないみたいだ…」
「そうですね、ルイス様には向いていません」
「繰り返さなくたっていいだろう、心が抉られたぞ」
鏡の中に映る自分は、見るに堪えない顔をしている。ニコッとしようとすると顔が引き攣ってしまうのだ。表情筋が死んでいるわけではない…はずなのだが、良い笑顔にならない。
どうしたものかとルドと共に首を捻って考えあぐねた末、表情は変化させないことにした。
愛想笑いというのは本来、本音を隠すためにしているのだから、愛想など関係なく感情を表に出さないことだけに注力しよう、というわけである。
父上は、家族写真が撮れない…と嘆いていらしたが、引き攣った笑みよりはマシだろう。納得してもらうしかない。
マナー以外にも、貴族としてあるべき態度を学ぶ。
「ルイス様は脅されたり、誰かの機嫌を損ねたりするとすぐに萎縮する癖があります」
バンッ
「と、このように大きな音で威嚇されたとしても、怯えた顔を見せてはいけません。無表情を保ちましょう」
ルドが机を叩いて言う。思わずひっと悲鳴が漏れてしまった。
「む、無理だよ、そんなの」
脅された時にビクッとならない方法などあるものか。
「心の中では怖いと思っていても良いのです。多少は肩が震えても仕方がない。ただし表情は変化させないように。怯えた目を見せれば、そこに付け入られます」
そうは言っても、来ると分かっていても怖いものは怖い。何度も耐える練習をする。
びっくりした時に手をつねってみたり、瞑想して無心になってみたり…
色々試した結果、威嚇されても無視する術を身につけた。これで不意を突いて大きな音が出されても耐えられる。
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