第4話 廃墟街の洗礼
「じゃーん。ここが獣人の街、人呼んでズー」
「動物園か。たしかにそうかもな」
廃墟街を不法に占拠することで形成された獣人コミュニティ。
果たして耐震基準を満たしているのか疑わしいほど荒廃した建物が並び、アスファルトはひび割れて一部が剥げていた。
道路には何をするでもなく屯している獣人が複数グループ存在していて、彼らはまず琴音に声を掛けてから俺を見て怪訝な顔をする。
新入りだからか、返り血を浴びたままだからか。
たぶん両方。
なるほどたしかに一人でこの街を歩くと問題が起こりそうだ。
「あそこが雑貨屋つるかめ。基本、なんでもあるけどぼったくりだから気を付けて」
通り過ぎた直ぐ後に万引き犯が店内から蹴り出されていた。
「飲食店キタカタ。ゲロマズだけどフレンチトーストだけは及第点」
店内から生ゴミを加えた鼠が列を成して道を横断していく。
「黒羽病院。ヤブ医者と詐欺患者の溜まり場」
曇ったガラス窓には血糊がべったりと張り付いている。
「あとはー」
「よう、琴音。そいつか? 新入りってのは」
街案内の途中、後ろから声を掛けてきたのは恰幅のいい男だった。
二メートル近くあって筋骨隆々。全身が毛深く、察するにこの男は――
「ゴリちゃん」
ゴリラの獣人だ。
というか、もう俺のことが伝わっているのか。
情報の足が速いな、このコミュニティは。
「そ。私の連れなんだから手出さないでよ」
「可愛い琴音の言うことは聞いてやりたいが、そういう訳にはいかないな。新入りの教育はこの
「ねぇ、いつから教育係になったわけ? 暴れたいだけでしょ」
「そうとも言う」
「はぁ……まぁ、ちょうどいいか。という訳で!」
くるりと回って琴音と目が合う。
「セカンドバレット計画、レッスン1! 平気で魔法をブッパ出来るようになろう! てなわけで」
琴音が俺の背後につく。
「ぶっ放しちゃって、アキちゃん!」
レジ袋を取られ、背中を押されて黒野の前へ。
指の骨を鳴らして準備万端と言った様子。なにやら周囲にも人が集まってきた。
完全に見世物になってるな。
これはもう今更、戦いたくありませんは通らないか。
獣人コミュニティの洗礼ってわけだ。
「へっへっへ。その細腕で俺に勝てるかな? もやし野郎」
「言われてるよ! なにか言い返して!」
「え? あー……」
すこし見上げて思い浮かんだ言葉を口に出す。
「そこのヤブ医者に挨拶しとけよ。このあと世話になるんだから」
「あ?」
「ひゅー!」
琴音を筆頭に沸き上がるオーディエンス。
その歓声を掻き消すような激しいドラミングが鳴り響く。
「ぶっ殺してやる!」
ひび割れたアスファルトを蹴っての突進。瞬く間に距離は埋まり、伸ばされた右手が肥大化する。手が、腕が、胴体の如く太くなった。
目の錯覚でもなんでもない、これは魔法だ。
握り潰されないよう、振るわれた腕を跳んで回避。夜空に浮かぶ月を背にして、黒野の背後へ。地に足を付けると同時に、振り向き様に振るわれた腕の薙ぎ払いが身に迫る。
それもバックステップで回避して距離を取り、安全圏に身を置いた。
「ちょこまかとぉ!」
子供がだだをこねるように、その場でハンマーのように振り下ろされた拳がアスファルトの地面を叩き割る。跳ねた瓦礫が宙を舞い、それが地面に落ちるまでの間に、黒野は更に腕を振るう。
その手の平で弾かれた瓦礫が更に細かく砕け散り、無数の弾丸となって放たれた。
襲い掛かる面での攻撃に対して、獣人に与えられた天性の動体視力が見切りを可能とする。身を捻りながら跳び、弾丸の隙間を紙一重で塗ってすべてを回避。
三度着地すると背後で観客の血飛沫と悲鳴が上がった。
「あーらら」
「余所見してんじゃねぇ!」
影が落ち、頭上にいると理解してすぐ前方向へと転がるように回避。
背後でまたアスファルトが砕ける音がして瓦礫が舞い上がる。
また巨大化させた手の平で瓦礫を弾かれたら面倒だ。
細かな瓦礫が未だ重力に逆らって舞う只中に突貫、身長差を埋めるために跳躍し、黒野の顔を両手で掴み、跳躍の勢いと腕力を乗せた膝蹴りを見舞う。
「ぐぅう!」
流石の巨体もこれには怯み、後退った後に瓦礫の雨が降る。
「いてぇじゃねぇか」
けど、流石はゴリラの獣人というべきかタフさが違う。
戦闘不能とまではいかないまでも、何秒か行動不能にはできると思ってたんだけどな。
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