第3話 コンビニ
「アキちゃん、お腹減ってる?」
アキちゃん。
「まぁ、そこそこ」
「オッケー。じゃあ先にそこのコンビニ行こっか」
屋根から飛び降りた琴音に続いて自分も道路に足を付ける。
そこでふと思い至る。
「あ、財布がない」
着の身着のまま出てきたから一銭も持ち合わせがなかった。
「いいよー、私が奢って上げる」
「悪いな……というか」
「ん?」
「こう言っちゃなんだけど金は払うんだな、ちゃんと。万引きとか強盗とかじゃなくて」
「あははっ! 盗むより買うほうが楽な時はね」
「なるほど」
考えて見れば腹が減るたびに盗みを働いてたら切りがないか。
「じゃあ、俺はその辺で待ってる。この格好だし」
返り血で血塗れだ。
「んー? あぁ。あそこのコンビニなら大丈夫だから、行こ?」
と、言ってコンビニに向かう琴音の背中から自分の手に目を落とす。
ここまで届く人工光に照らし出された赤い穢れは、とても店内に入っていいようなものじゃない。普通なら警察か救急車を呼ばれるところだけど、琴音がそう言うなら大丈夫なんだろう。
ここは獣人コミュニティからほど近いコンビニだし。
とりあえず琴音を信用して、二人で自動ドアを潜る。
「金を出せ! このバックにだ! 速くしろ!」
コンビニ強盗とかち合った。
強盗犯はナイフを初老を迎えていそうな人間の店員に突きつけている。
二十代後半、男、人間。中肉中背で姿勢が悪い。
と、そこまで特徴を読み取ったところで強盗犯がこちらの存在に気付く。
「な、なんだお前ら! 獣人!?」
ナイフの刃先がこちらに向く。
けれど、琴音はそれがまるで見えていないかのように、ふらりと店内に繰り出した。
「お、おい!」
強盗犯が声を荒げるも反応はしない。
「アキちゃん。おにぎりだとなにが好き?」
「あー……」
琴音に向けられていた目がこちらに。
初めは合っていた視線が少し下がり、服に染みこんだ返り血に釘付けになる。
強盗犯は唾を飲み、ナイフを握る手に力がこもったのが見て取れた。
「……おかか」
「ほんと? 私も私も! 趣味合うねぇ」
右へならえ。
俺も今この場で起こっていることは無視して琴音の側につく。
「ありゃ、おかか一個しかない」
「じゃあ俺は鮭でいい。こっちも好きだ」
「いいの? やった。あとはー、ジュース!」
「アルコールじゃなくていいのか?」
「酔ってる時間がもったいなーい。あ、アイス食べよ!」
一通り店内を物色して他にもスナック菓子やカップ麺を籠に突っ込み、未だに強盗犯がナイフを握るレジへ。
「邪魔」
ようやく強盗犯に反応したかと思えば、その短い言葉だけで済ませレジカウンターに籠を置く。凶器を持った強盗犯に堂々と背中を見せて。
「おっちゃん、からあげとコロッケも追加で」
「はいはい」
と、異様なやり取りが自然な流れで進行する。
蚊帳の外にいるのは俺と強盗犯。妙なシンパシーを感じる程度には、目の前の出来事が非日常的だった。
「ところで琴音ちゃん」
「んー?」
「そこの強盗を始末してくれたらこれ全部タダでいいよ」
「ホントに? ラッキー」
次の瞬間、強盗犯は一言も発することなく意識を刈り取られていた。
振り向き様のハイキック。それを首に受けた強盗犯は糸が切れたように地面に倒れ伏し、手からこぼれ落ちたナイフがからんと高い音を鳴らす。
「あと追加でフランクフルトもお願いね」
「はいよ」
ホットスナックのコーナーからフランクフルトが取り出される間に、ちらりと倒れた強盗犯を見る。ぴくりとも動かない。獣人のハイキックをもろに、しかも首に受けたのだから当然だけど。
死んでる? 死んでなくても首に深刻なダメージを負っている。
運が悪かったのか、碌すっぽ調べもせずに獣人コミュニティ近くのコンビニを標的にしたのが間抜けだったのか。
いやしかし、これがこれから俺が歩くことになる人生か。
「アキちゃん、行くよー」
「あ、あぁ」
横たわる強盗犯を跨いでコンビニの外へ。
「俺が持つよ」
「いいのー? やった」
いつも子供たちにそうしていたように、膨れたレジ袋を受け取った。
「じゃ、ついて来てね。はぐれると大変だから」
「肝に銘じとく」
アスファルトを蹴って屋根まで跳躍する琴音を追って俺も跳ぶ。
屋根から屋根へと渡って行けば、獣人コミュニティはすぐだった。
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