第10話 二人からオーマへの評価

「こんな美少女を侍らせるなんて許されないぜ!!」


 身勝手な主張をする相手に、アルリスは苛立ちを覚える。


「オーマ様が侍らせているのではありません。私が付き従っているのです」


 この連中は一体何なのだ。

 オーマ様が言うには『アンチスレ』というモノのが発祥のギルドらしい。

 アンチという言葉は分かる。自らの敵対者という感じだろう。


 ちなみにこの世界の言語は全て翻訳されており、地球のありとあらゆる地域の言葉が自国の言葉に聞こえるように翻訳されている。

 他国の言葉から、この『ネオン・パラダイム』の共通言語に翻訳されて、そこからさらに自国の言葉に翻訳されるという形だ。

 ソレはさておき。


 アルリスが理解できたのは言葉の意味までだった。

 彼らが、どうして愛しの彼を嫌い、憎み、こうして命を狙うのか、まるで分からなかった。


「アナタ方は一体何のために、オーマ様をつけ狙うのです。あの方が一体何をしたというのです」

「NPCには分かんねえさ! 奴がチーターだからに決まっているからだ!」

「チーター?」


 卑怯者といった意味だろう。

 しかしアルリスはそうは思えなかった。


「あの方のどこが卑怯だというのです。卑怯というのはアナタたちの事でしょう」

「何ィ!?」

「村人の皆様を護衛している最中を狙って、オーマ様の身動きを封じる。それが卑怯と言わずに何というのですか!」


 オーマに与えられた剣を振るって、敵を斬り裂く。

 相手の攻撃はかすりもしない。

 ソレは彼女の未来視の効果であり、余計な横やりを防ぐオーマの分体たちの働きのおかげでもあった。


「大体、オーマ様は、とっても優しくて、気配りができて、面白くて、かっこいいお方なのです! あなた方のような、人の足を引っ張ることしかできない人たちとは違います! 訂正しなさい、この卑怯者共!!」

「くそアマ!!」

「誰の仲間にクソと言ってんだァ!?」


 オーマの横合いからの一撃が、襲撃者を叩き潰す。

 

「無事か、アルリス」

「はい。オーマ様」

「ならよし。スカイのもとに向かうぞ」

「分かりました」


 

 □



「スカイたん! あんなチーター、君にふさわしくないよ! 僕らと一緒に行こう?」

「気色悪いです!! 近寄らないでください!!」


 スカイは、ガトリングを手にして、銃弾をばら撒く。

 相手はスカイに、つまり『號級エクシーズ』にぶつけられるほどの強敵だ。

 その程度の攻撃は、モノともしない。


「きっとスカイたんはアイツに騙されているんだよ! アイツはチーターだよ? 卑怯な手を使ってるに違いないよ!」

「憶測でオーマさんを語らないでください。不愉快です」


 普段の溌剌とした少女からは想像できないほど低い声が出る。


「あの人は私の夢に、無償で力を貸してくれます。ヒトの夢を笑わないで聞いてくれます。私の渇望に共感して、理解してくれます。あなた達のような、外見だけで人を判断して、身勝手な欲望を押し付ける人たちは根本から違うんです」


 スカイはオーマに心から感謝していた。

 そして、同志だと思っていた。

 どうあがいても覆すことのできないハンデを抱えて、それでもなお、前を向きこの世界を懸命に生きている。

 単にいい人というだけではない。

 あの人は他人の飢えに、望みに、共感できる人だ。

 

 スカイの夢は、他人から同情されてばかりだった。

 彼女のリアルは、とてつもない才女だ。

 全国有数の進学校で常に成績は一番。

 運動神経だって抜群だ。

 学者並みの知識と軍人並みの体力を求められる宇宙飛行士にも十分手が届くほどであった。


 けれど。

 身長だけが足りなかった。

 それだけ。

 本当にそれだけ。

 無論手をこまねいたわけではない。

 カルシウムはたくさん取ったし、骨に刺激を与えるための運動も欠かさなかった。

 運動と栄養、そして睡眠を決して欠かさずとっても、彼女の身長は少しも伸びてくれなかった。


 両親を身勝手に恨んだこともあった。

 他人からは簡単にあきらめてしまえばいいと言われた。

 でもできなかった。

 それほどまでに宇宙に魅せられていたから。

 

 だからの彼女にとってこのリアル過ぎる世界は一つの逃避だった。

 宇宙の事なんて忘れようと、ゲームに没頭しようとした。

 でも彼女に芽生えた【パラダイム】は彼女の望みを叶える翼となってくれた。

 そして望み通りどこまでも高く飛んでいけた。

 

 そして彼女の望みは変わった。

 多くの人に宇宙を体感してもらいたいという望みに。

 ソレはリアルでもそうだ。

 自分一人が宇宙に行くのではなく、大勢の人間が気軽に宇宙に行ける時代にしようと、軌道エレベーターの建設に携われるように、彼女は建築学科に進もうとしている。

 

 と同時に、自分を変えてくれたこの世界の人たちにも宇宙を体感して欲しくて、彼女は新しい夢を抱いた。

 しかしその夢は至難であった。

 自分一人だけなら【パラダイム】でどうとでもなる。

 しかし、彼女の望む『時代の転換パラダイム・シフト』を起こそうとなれば、そのために要求されるモノはあまりにも多い。


 そんな馬鹿げた夢に真っ向から付き合ってくれる人なんて、何処にもいなかった。

 ウイングをつけ狙う人だっていた。

 目の前の気色悪い人のように、外見目当てで付きまとう人もいた。

 何もかも嫌になって、それでも彼女が、最後の望みを託したのが、オーマだった。

 断られたら、すっぱりと諦めてリアルに専念しようと考えていた。

 けれどそうはならなかった。


 彼は、自分の夢にほとんど二つ返事でうなずいてくれた。

 同じ境遇というのもあるだろう。

 けれどそれ以上に、彼も見てみたいのだ。遥か彼方ちょうてんの景色を。

 

 だからスカイにとって彼はかけがえのない同志だ。

 だからこそ許せない。

 彼を馬鹿にして、卑怯者だと罵って、一方的に因縁をつけて、殺そうとしてくる連中を。


「アナタたちは、ここで倒します!」


 スカイは、空へと飛び上がる。

 高度を上げるにつれて、徐々に彼女の能力は向上していく。

 そしてその状態でのみ、起動できる武装を召喚。

 眼下の敵を狙い撃つ。


「『超電磁機関砲』!!」


 音速を遥かに超える大質量の弾丸が、放たれた。

 ソレは瞬く間に、着弾。

 彼女の敵を一瞬で葬り去った。


「オーマさんを馬鹿にする人は許しません!」


 ふんす、と鼻を鳴らす少女。

 地上に降りると、すでに戦闘は決着していた。


「スカイ、無事だったか」

「はい。傷一つないです!」

「それはよかった」


 オーマは疲労回復ポーションを差し出す。


「ありがとうございます!」


 ウイングの前面装甲を開いて、ポーションを受け取るスカイ。

 コクコクと、ポーションを飲み干していく。


「悪いな。俺のせいで二人を巻き込んで」

「いえいえ! 悪いのはあのアンチスレの人たちですから」

「そうです。オーマ様。アナタが謝るようなことではございません」

「……でもなあ」


 オーマは腹立たしいと同時に、ふがいなさを感じていた。

 実は有名プレイヤーにアンチが付くことはさして珍しいことではない。

 しかしここまで、粘着質な連中も珍しい。

 ソレはオーマがまだ新米プレイヤー——レベルは既にそこから抜け出しているが——であることも起因しているだろう。

 他の『號級』相手なら負けるかもしれないが、オーマ相手だったら勝てるかもしれないという、ワンチャンさが彼らをこうした愚行に走らせているといってもよかった。

 自分がもっと圧倒的に強ければ、アンチも戦う前からあきらめがつくだろうに。


「もっと鍛えないとな」


 二度と逆らおうなんて思えないほど、徹底的に強くならなければ。

 

「一緒に頑張りましょう!」

「どこまでもお供します」

 

 二人の少女に微笑みかけながら、オーマは言う。


「それじゃあ帰ろうか」

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