第8話 楽しいね。

 オーマのその声が聞こえた瞬間に、レイジバーストはわき目を振らずに逃走した。

 

(何でバレた!? どうして!? 人口三千万を超える超巨大都市の中から、たった一人を見つけ出すなんて、あり得ない!)


 そう考えながら、転移する寸前の攻撃力のない魔術を思い出す。

 あれだ。アレのせいで居場所が丸わかりになってしまったんだ。


 『敵前逃亡者』のスキルは強く励起し、凄まじい速度で彼の背中を押す。

 超音速の領域に到達したスピードで、屋根の上を駆け抜けていく。

 こうした移動方法をする者を想定して、堅牢に作られた屋根の上をそれでもなお踏み抜きながら、構わず移動する。


(だが奴は、合体なしでは俺ほどのスピードは出ないはず!)

 

 レベルはこちらが上。

 AGIは『敵前逃亡者』のおかげで数万に達している。

 だから速度では勝っている。


 それに加えて、彼はこの街の構造を熟知している。

 逃走ルートが無数の思い浮かび、それらを瞬時に切り替えてオーマに声を掛けられた場所を逃げていく。

 しかし。


「追え! 逃がすな!」

「囲め囲め!」


 オーマには無数の分体たちがいた。

 その分体たちが、レイジバーストの逃走経路を、一つずつ潰していく。

 次第に狭まっていく包囲網。

 

 そしてついに。

 レイジバーストの半径二十五メートルを、百体の分体が取り囲んでいた。


「観念しな。お前はここでコキュートス送りさ」


 その包囲網から一歩進み出るのは、オーマの本体だ。

 

「全く、てこずらせやがって」

「くっそ、クッソ!! 楽しいかよ!! チートパラダイムで、気に食わない奴ぶっ殺してよォ!!」


 唾を飛び散らせながら、レイジバーストは叫ぶ。

 ソレに対して、オーマは酷薄な笑みを浮かべた。


「楽しいね。特にお前みたいなカスをぶっ殺すのは心底楽しい」


 そう言って、オーマは切りかかる。


「お前らの余罪は全て保安機構の人たちに連絡済みだ。セントルシア全域のセーブポイントは使用不可になっている。そして転移でこの都市に戻ってきたことを見るに、この都市以外にセーブポイントを用意していないんだろう?」

「ぐ、ぐぅぅ!」


 図星を突かれて、ぐうの音ぐらいしか出てこないようだ。

 

「それじゃあな。コキュートスで凍えていろ」

「舐めるなァ!!」


 レイジバーストの咆哮。

 直後にその体から赤色のオーラが溢れ出す。

 オーマは思考する。


(切り札の類か。どんなのが出る? 逃げることに特化しているジョブとパラダイムなんだから、また逃げ出すのか?)


「『窮鼠の一嚙み』!!」


 レイジバーストの発動したスキル。

 ソレは——。

 

 容易く分体の群れを、半壊させた。

 誰も死んではいない。

 だが、包囲網は突破される。

 はずだった。


「ウソだろ」

「舐めるなァ、舐めるんじゃねえ! 俺だって至天職だ!!」


 そのまま加勢に駆け付けたオーマたちを蹴散らしていく。

 圧倒的な強化幅。

 しかしこのスキルには欠点がある。

 逃げられないのだ。

 このスキルは、『敵前逃亡者』が逃亡を放棄した際にのみ発動する。

 逃げることを諦め、破れかぶれになって攻撃を繰り返す。それがこのスキルの本質。


「ははははは!! 最初からこうすればよかったんだよ!!」


 レイジバーストはもはや自棄だった。

 自らの本質たる逃げを放棄した時点で彼は負けていた。

 後はSPとMPの両方が尽きるまでその場で暴れることしかできない。


「死ねぇ、死ねぇ!!」


 オーマたちは足止めをしつつ、ソレを遠巻きに眺めているだけで勝敗は決する。

 だがしかし。

 彼はそうしなかった。


「全員で食い殺しに行くぞ」

「了解!」

「オッケー!」


 オーマは目の前の敵を、狩るべき敵ではなく、喰らうべき獲物であると認識した。

 転移系パラダイムであっても、『敵前逃亡者』のスキルであっても有用であると考えたのだ。


「やれるもんならやってみろってんだよ!!」


 そう言った彼に、無数の魔弾が殺到した。

 その一つ一つが呪いと追尾性能が付与されており、レイジバーストの体から力を奪っていく。

 

「ぐっ!」


 殺到した魔弾の全てが着弾したころには、レイジバーストの身体能力は元に戻っていた。


「こんどこそ、さようならだ」

「くそがァァァぁぁ!!」


 オーマの両腕が粘液へと変化し、レイジバーストの体を飲み込む。

 そのまま、その体をジワリと溶かしていった。


『スキル『窮鼠の一嚙み』を手に入れました』

「ふう。これで落とし前はキッチリつけられたな」


 それがこの騒動の決着だった。



 □



「スカイさんも、アルリスもけがはなかったか?」

「はい! 大丈夫ですよ!」

「私も大丈夫です」

「そっか。ならよかった」


 一安心だ。

 

「オーマさんは肯定派なんですね」

「そうですね。どうしてもNPCは俺たちと同じにしか思えなくて」

「私もそうなんです」


 スカイさんも人権肯定派らしい。

 どういう意味かというと、NPCにも人権を認めるべき、あるいは人権はあると考えている人々の事だ。

 そう言う人たちは、NPCの事を仲間にしていたり、人によっては結婚している人もいる。


 このようにNPCを一個の人間として扱うというのが俺たち肯定派だ。


 対して否定派も存在する。

 NPCに人権を認めず、ぞんざいに扱ったり、傷つけたり、ゲームのNPCのようにしたりと。

 こういう人たちは否定派と呼ばれる。


 普通ならば、ゲームのNPCはノン・プレイヤー・キャラ。

 人権なんて尊重もくそもない。

 

 けれどこの世界をプレイしている人間ならば誰もが感じるはずだ。

 ここに生きている人々は、あまりにリアルであると。

 すると自然に肯定派になってしまうんだとか。

 

 これはゲームをプレイしていない人から見ると、かなり不気味らしい。

 確かにAIに人権を認めようなんて、かなりぶっ飛んだ理論だからな。

 現実でもたびたび論争が起きる出来事だ。


 それはさておき。


「スカイさんの目指すところは、多くの人々が宇宙に行ける世界でしたよね?」

「はい! そうです」

「宇宙旅行を現実化するんでしたっけ?」

「そうです! そのためにお力を貸していただきたいんです!」


 これは相当に科学技術が現代でも難問だ。

 行くだけでも数十億かかるし、訓練も必要となっている。


 この『ネオン・パラダイム』の世界ならば、更なる障害がある。

 ソレは飛行型モンスターの存在だ。

 空を飛ぶ者もいれば、空に住まう者もいる。

 そいつらを蹴散らさなくてはいけない。


 難問だ。

 難問だからこそ。

 挑む価値がある。

 もしそれを現実化することができたら、俺のトッププレイヤーへの道は、更に大きく開かれるだろう。


「スカイさん。アルリス。ともに行こう。空の彼方へ」

「はい!」

「どこまでもついてきます。オーマ様」


 そうして俺たちはパーティを結成した。

 このことが後に、とんでもない『アレ』を作り上げることになるのだが、それはまだまだ先の話である。

 

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