第7話 逃亡者と追撃者
雨あられと降り注ぐ儀式魔術。
ソレは容易く地盤を抉り、『マッド・エックス』の乗っていた馬車をひっくり返し、走行不能にする
「クッソ! テメエら、走って逃げるぞ!」
マッド・エックスは逃走力に長けたギルドだ。
オーナーである『レイジバースト』の精神性に共感した人々が集まっている。
「テメェら! バラバラに逃げろ! 俺たちの逃走力なら、威力だけの儀式魔術程度なら逃げ切れるはずだ!」
そう『レイジバースト』が叫ぶと、全員が自らのパラダイムを起動した。
ある者は風を身に纏い、ある者は透明化して、ある者はその場所から掻き消える。
(全員がバラバラに逃げれば、追えるのは一部のはずだ! 何せ俺たちの逃げ足だけは本物だからなぁ!)
分体を分散させれば追うことは可能かもしれない。
けれど同レベル帯の相手なら何人いようと逃げ切って見せる。そういう奴らの集まりこそが、『マッド・エックス』だ。
「オーナー!」
「集合場所は衛星都市ハルデルだ! くれぐれも死ぬんじゃねぇぞ!」
心にもないことを言いながら、オーナーもまた駆ける。
彼の至天職は『敵前逃亡者』。
敵を目の前にして、逃げる際に大幅にステータスを引き上げるジョブだ。
それは敵が多いほど、そして強いほど強力なスキルとなる。
もっともその強さは逃走行為にしか役立たないが。
レベル五百を超えていないがゆえに素のステータスでは音速の領域に届いていない。しかしそれでも各々の方法で音速を突破した彼ら。
逃亡劇が始まろうとしていた。
逃げるはマッド・エックス。
追うはオーマ軍団。
「来たぞぉぉぉ!! 巨人だァァァ!!」
彼らを追ってきたのは、体長百メートルを超える巨人だった。
要塞魔竜と倒したときよりは使用している分体の数は格段に少ない。しかし使用している分体のレベルは格段に上がっている。
そこに幾つもの自己加速系スキルを使用し、スライムから獲得した『移動速度十倍』を使用することによって。
オーマは音速の十倍を突破した。
一歩。踏み込むたびに巨大なクレーターが出来上がる。
それが足跡となって、地面に次々と穿たれていく。
異常な光景だった。
下半身に、音速を突破した際に発生する円錐形の水蒸気、ベイパーコーンが発生し、それすらも吹き散らす。
一瞬で追いつき、何人も踏みつぶされていく。
四方八方に逃げたマッド・エックスの面々を、徹底的に踏みつぶしていく。
超加速と巨体による踏みつけは、レベル四百という数値すら無為にするほどだった。
「ち、畜生! このチート野郎が!!」
悪態も響きわたる足音によって、かき消されていく。
逃げ出す彼らの一人が、草原の中で伏せていた。
(大丈夫、俺は見つからないはずだ! 俺の【
聞こえず、見えることもない能力。
彼はレベルがようやく二百を超えたばかりの新米プレイヤーだが、その隠密能力は本物だ。
何事も隠れることでやり過ごしてきた、彼に芽生えたパラダイム。
ソレに頼れば今日も大丈夫だと思っていた。
しかし。
彼の敵は、オーマだ。
既に三百を超えるスキルを保有している彼は。
複数の感知系スキルを行使することによって、その姿を捉えた。
(来るな!)
近づいてくる。
(来るな!)
足音が、振動が、腹の底に響いてくる。
(来るな! 来るな! 来るな!)
足が降り上げられる。
寸前まで、彼はその足が自分を避けてくれることを祈っていた。
だが無意味だった。
無慈悲に振り下ろされる足。
地面を穿つクレーター。
彼は光の塵となった。
「この調子でどんどん狩っていこうか」
□
今までにないスピードだった。
『敵前逃亡者』のスキルの速度強化が、彼を音速の数倍の領域に引き上げていた。
超音速機動を行うモノが身に着ける空気抵抗軽減のアクセサリーが無ければ、摩擦熱で火だるまになっていただろう。
「クッソ! 囮にもならねえ役立たずどもめ!」
自分の速度は、相当なものだ。
けれどソレだけでは相手の速度を上回ることはできない。
何か一つ、決定的な何かが必要だ。
「【パラダイム】を使うか!」
レイジバーストは決意する。
自らの【パラダイム】の使用を。
「来る!」
彼の背後に、巨人が迫る。
巨人が指鉄砲の形をとった。そこから不可視の光が放たれる。
攻撃力の無い、故に最速で放たれたソレは敵に直撃。
「舐めるなァ!」
直後に、彼の姿は掻き消えた。
巨人は感知系スキルを複数励起し、周囲を探査する。
しかし姿形も無くなっていた。
「ま、いいか。追う手段はある」
巨人は踵を返した。
己の敵の居場所に向かって。
□
中央都市『セントルシア』。
その路地裏の一つ。そこに、レイジバーストは現れた。
「っは!」
彼の【パラダイム】は、転移能力だ。
それも互いの居場所を入れ替えることの出来る能力。
事実アルリスを攫った起点は、彼のチカラだった。
「くっそ。転移のストックを一つ使っちまった」
彼のパラダイムが内包しているスキルはいくつかある。
そのうちの一つが自分の設置したマーカーめがけて転移する能力だ。
その転移の際には、一週間にひとつ生成されるストックを消費する。
貯めておける数は最大七つ。
クールタイムは一日。
つまりこの中央都市へと舞い戻る転移能力は、彼の切り札と言えた。
「ここからどうするべきだ? どう逃げるべきだ!? セントルシアでつかまれば、コキュートス送りは免れない! となると一秒でも速く、ここから逃げ出したい!」
それでもこの都市に跳んだのは、オーマの急襲に、転移マーカーを用意する時間がなかったからだ。
転移マーカーは自分の足で設置せねばならない。中央都市を拠点に活動していた彼は他の地域にマーカーを置けてない。つまり逃げる術はない。
「ちくしょう……!」
あいつさえいなければ。
仲間たちがバカなのはわかっていた。
それを利用し切る算段はあった。
だが、想像以上にオーマは苛烈だった。
たかだかNPCを一人攫ったところで、大したことにはならないと考えていた。
無論彼はゲームのNPCにも人権を認めるべきだとほざくバカどものことは知っている。
オーマがそのバカの一人である可能性も頭によぎった。
けれど無視した。
どうして? 侮っていたからだ。どんなことがあっても逃げられるとたかを括っていた。
そのせいで負ける。
「ちくしょう……! コキュートスだけは嫌だ!」
そう呟いた直後のことだった。
とにかく歩き出そう。
動き回っていればいい考えが浮かぶはずだ。
そう考えて彼は歩き出すのであった。
すでにその命運が尽きていることにも気付かぬまま。
□
「見つけたぞ」
「は?」
彼の背後から、声がかけられる。
それは、今この世で最も聞きたくない声だった。
「お、オーマ!?」
「よう。さっきぶりだな」
逃亡者を、追撃者は逃がさない。
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