第5話 誘拐と救出
自分の浅ましさが嫌になる。
私、『アルリス』はそう思い悩む。
スカイさんは良い人だ。
散々悪意を持った人間を見てきた私だから分かる。オーマ様と同じ、根の部分から善良な人。
だからこそ、どうしても妬ましく思ってしまう。
そして不安になってしまう。
オーマ様の隣を、盗まれてしまうのではないかと。
別に私の物でもなんでもないのに。
今の私は、オーマ様にはふさわしくない。
こんな浅ましく、嫉妬深い私は。
そんなふうに思い悩んでいたからだろうか。
急な転移に反応できず、攫われてしまったのは。
□
「それで状況は?」
屋根の上を忍者のように駆け抜けながら、並走している分体に問いかける。
「入れ替え系の転移能力で、アルリスが攫われた。今他の分体を使って追っている。けれど相手が乗っているのは空飛ぶ車だ。追いつくのはかなり厳しい。普通に音速で移動しているしな」
「【パラダイム】か」
「ああ。スカイさんにも協力を仰いだ。けど……」
「街中で空中戦なんてやったら、流れ弾が街の人に当たりかねない……!」
支援魔術の『ライトニング・アクセル』と戦技の『エアロ・ステップ』を使用して、空を走る。
だが追いつけない。
「……分体を集合させてくれ。俺に考えがある」
「……無茶すんなよ、本体」
□
「へへへ。気の毒だなァ。攫われちまうなんて。俺たちが慰めてやろうか? 体でよ!」
ぎゃはははは、と下卑た笑みが響きわたる。
その言葉に縛られているアルリスはぴしゃりと言い放つ。
「あなたたちのような人間に慰めてもらう必要はございません。そして無駄です。すぐにあの人は助けに来ます」
そんなものは未来を見るまでもない、と少女は確信していた。
「は、オーマとか言ったけ? そいつが飼っているNPCがどんな奴だと思ったかと思えば、まさかまさかのこんなに別嬪だったとはな」
「ああ、どうなんだ? NPCなんだろ? あの分身野郎とは一発やったのか?」
「ふざけないでください。彼はアナタたちのような人ではございません。私の体目当てなどではなかった」
銀色の瞳から怒気を迸らせながら、断言する。
「あの方は高潔で優しい方です。あなたたちのような下郎とは比べ物になりません」
「んだとぉ!」
「落ち着け。どちらにしろこいつは袋の鼠さ。あとで存分に心を開かせてやればいい。体と一緒にな」
「は! そん時が楽しみだぜ」
「……」
正直な話を言おう。
アルリスはこの場から逃げ出そうと思えば、逃げられる。
彼女のレベルは五百。彼らのレベルは四百前後。逃げようと思えば逃げられるレベル差だ。
未来視の能力を使えば、人数差だってひっくりかえせる。
けれど彼女はそうしなかった。
理由は三つ。
一つ目は、この音速で飛ぶ車を逃げる際に破壊してしまえば、市民に被害が出るかもしれないから。
二つ目は、相手がどんな手段に出るか直前になるまで分からず、警戒すべきだと思ったから。
そして、三つ目。
単純に信じているからだ。
彼を。
自分を千年間の孤独から救い出してくれた、あの人を。
「な、なあ! もうヤッていいか!? 俺もう我慢できねえよ!」
「落ち着け。もっと街の外に出てから……」
「おい、もうじき出るぞ」
それでも自力で抜け出すべきだろう、と考えて力を解放しようとした瞬間だった。
空飛ぶ車に何かがぶつかった。
天井をへこませたソレは、瞬時にへこんだ天井を切り飛ばした。
「よ、無事か?」
「オーマ様!」
その体に無数の紫電を這わせて、身体を強制的に加速。
その上で分体たちに風属性魔術で射出してもらった。
そうして彼は、今日もやって来てくれた。
彼女の救世主として。
□
アルリスに手を伸ばして、その体を抱き寄せる。
「さて。都市の外だ。遠慮なくやらせてもらうぞ」
と言いながら、アルリスを抱えて、俺は空飛ぶ車から飛び降りた。
「なんであいつ飛び降りたんだ?」
「さあ?」
「びびってんのか?」
馬鹿どもが。
怖気付いたんじゃない。
あいつらの攻撃の射線からのがれるためだ。
「「「『ライトニング・ハウンド』!」」」
猟犬の牙が放たれる。
光り輝くそれは雷光。
術式としての余計な要素を付け加えられたため、実際の雷よりは速度は落ちるが、それでも音速よりは余裕で速い。
「「「ぎゃばばばばば」」」
感電する三人組。
空飛ぶ車も、落ちていく。
が、平均レベル400超えの連中だ。あれだけでは死なないだろう。
「アルリス。分体たちと一緒にいてくれないか?」
「かまいませんが、どうして?」
「ちょっと俺、キレてるから」
連中にはしっかり落とし前をつけなければならない。
何せ俺の仲間に手を出したのだ。
後悔させてやらなければ。
「あんまりみっともない姿を見せたくないんだ」
この世界で初めてできた仲間なのだ。
なるべくカッコつけたい。
「ふふふ、オーマ様も男の子なのですね」
「まあね。可愛い子の前だとカッコつけたくなるのさ」
アルリスの顔にほんのり赤みが差す。
「もう……」
ちょっとアレだったかかな? 直接的過ぎたかな?
「それじゃあ行ってくるよ」
着地し、分体たちに彼女を預ける。
「じゃあ頼んだぞ」
「任された」
「俺たちの警戒不足ですまない……」
「いいんだ。俺も予測が足りなかった。あとで一緒に考えよう」
こういう時はふざけないよな。分体たち。
「一人でいいのか?」
「ああ。一人で蹴りをつけたい。実力差的にもさほど問題ないと思うからな」
そうして俺は空飛ぶ車の落下地点へと飛んでいく。
「よお。気分はどうだ? みすみす奪った人質を奪還されて、地上に叩き落とされた気分は」
「舐めやがって!」
「いくぞテメェら!」
「ぶっ飛ばす!」
それはこっちのセリフだ。
と言おうと思ってやめた。
俺はぶっ飛ばすのではなく、消し飛ばすつもりだからだ。
「『リキッド・テンタクル:ブレード』」
両手が無数の触手へと変わる。しかしその触手の先端は鋭利さを帯びていた。
『流体術師』のスキルだ。
それらの触手に『シャープ・エッジ』という切れ味を増す付与魔術を発動させる。
追加で、触手の輪郭を保ったまま回転させることでチェーンソーめいた動きを可能とさせる。
『スキル『体液精密操作』を獲得しました』
新スキルの獲得を思考の隅に追いやりながら、切れ味を二重に強化された触手を振るう。
「舐めんな! その程度のヒョロヒョロ触手で、俺たちが殺せるかよ!」
「はっ、一人じゃ大したことないな!」
「焼いてやるぜ!」
炎属性の戦技を発動し、自らの武器に炎を纏わせる戦士。
炎属性の魔術を詠唱し、火球を浮かべる魔術師。
その二人を目の前に触手を振るう。
指一本につき一つの触手となった、つまり十本の触手のうち五本ずつが相手に向かうというわけだ。
「オラァ!」
一本目が切り払われた。
二本目が焼き切られる。
三本目があらぬ方向へと飛んでいく。
「は! 数の増やしすぎでまともに扱えてねえじゃねえか!」
その通りだ。
そしてそれでいい。
しかし四本目は相手の頬を掠める。
矢継ぎ早に繰り出される触手の斬撃。
そして五本目――。
「『流体刃』」
ダンジョンのスライムから獲得したスキルを発動。
触手は超高速のウォーターカッターに変化。
相手の腹部を貫いた。
「が……!」
当然だ。目の前の触手が体感では、急にレーザービームに変わったようなものなのだから。
そのまま触手を変形させ、返しを作る。
貫通した触手は背中に引っかかって、俺のSTRを発揮。人ひとりを軽々と投げ飛ばす。
「ぎゃああああああぁぁぁ……!」
上空へとふっ飛んでいく男。
そいつ目掛けて、俺は自分一人で出せる最大火力を解き放つ。
自らにストックしておいた分体の頭部のみを腕に生やして、指が人の上半身の巨大な手のひらを形成。
「擬似儀式魔術『クリムゾン・レイ』」
魔力消費は通常の五倍。だけれど『ジオ・ドレイン』で魔力切れの心配はほとんどない。
ありったけ魔力を注ぎ込んだ熱線が解き放たれ、一人の男を跡形もなく消し飛ばした。
「まず一人目」
残るのは二人だ。
どう消し飛ばしてやろうか。
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