第3話 マッド・エックス
「何をしているんですか!」
俺より先に、スカイさんが叫ぶ。
チェーンソーをかき鳴らして、威嚇する。
スキンヘッドの男は、慌ててこちらを振り返る。
「今すぐその人を離しなさい! さもないと切っちゃいますよ!」
俺は密かに分体を移動させる。
万が一に備えてだ。
「んだァ! テメエら! 俺がマッド・エックスのジョットだと知ってんのか?」
「マッド・エックス? ああ。平均レベル四百レベルの素行の悪いギルドか」
「そうだ! ウチのボスは至天職だぞ!」
「で、それが何か関係あるのか?」
「は?」
「私も至天職ですよ」
「え」
「『
「う」
「俺のレベルは四百を超えているぞ」
「く」
「で、お前のレベルは?」
「………………舐めるんじゃねえ!」
そう言うと男は、両手を金属にした。
「俺様の拳はアダマンタイトをも超える強度だ! テメエらの顔面なんざ、打ち砕いてやる!」
「やってみろ」
男が拳を振りかぶる。
その拳が俺の顔面に当たる。
しかし複数の防御スキルを励起し、さらに『全身凶器』のジョブで強化した結果。
ヒビ一つはいらなかった。
「は?」
「それじゃあな」
『流体術師』で刃状に変化させた腕で、首を断ち切る。
「ばかな……俺のレベルは350だぞ……、その俺のパラダイムを上回る硬度なんて……ありえ――」
生首のまま少しだけ喋って、相手は光の塵になった。
「大丈夫ですか?」
アルリスが、NPCの少年に声を掛ける。
「は、はい……ありがとうございます……」
少年は頬を赤らめていた。
分かるぞ、アルリスは美人だもんな。
「おいおい、なーにしてくれちゃってんの?」
「ジョットがやられてんじゃん」
茂みから現れたのは二人の男だ。
その顔にはいやらしい笑みが張り付いている。
「そのパワードスーツ、『宇宙飛行士』スカイ・カーマンラインだな? そんで、そっちの同じ顔の奴がオーマか」
「知っているんだな」
「もちろんだ。有名人だからな。それで、うちの部下を殺してくれやがったのは、同落とし前をつけてくれるんだ?」
「そっちこそ、NPCに危害を加えていたのはどう釈明するつもりなんだ? コキュートス行きは免れないぞ」
「ふ、はははは! 証拠は?」
「証拠?」
「その証拠はどこにあるっていうんだよ」
「この子が証言すればそれが立派な証拠になるだろ」
「は! そいつしかいないわけだ。つまりそいつを殺せば証拠はなくなるなァ」
「私が録画してありますよ? このウイングは録画配信機能を内蔵しているんです」
「…………は?」
その言葉に二人の男は固まる。
そして、次の瞬間に武器をインベントリから取り出した。
「ならそのウイングっつーものをぶっ壊しちまえば、問題ねえな」
「ついでにその銀髪の女も攫ってやるよ」
「へえ」
ソレは聞き捨てならないな。
「ぶっ殺してやるよ」
「オーマ様」
「耳を塞げ」
アルリスの言葉を読み取り、短く声を返す。
スカイさんに関しては心配いらない。必要以上の音をシャットアウトする機能が、彼女の鎧についていることは教えてもらった。
「『恐怖の叫び』」
強烈な金切り声が、響き渡る。
「ひぃぃぃぃぃぃいいいいい!!!???」
「狼狽えるな!! ただの精神干渉だ!!」
「それだけならな」
悲鳴を上げている男の背後から、俺の分体が現れる。
そして潜めておいた分体を、死角から相手にぶつける。
「がはっ」
「くそっ!」
男が倒れ伏し、もう一人の男が悪態をつく。
「『超強酸砲』」
酸の砲弾を口から放って、もう一人の男に吹きかける。
「舐めるな!」
咄嗟に躱すもう一人の男。
酸が地面に着弾し、瞬間的に強酸の沼地へと地面を変える。
しかし躱した先にはすでに分体が。
アルリスの指示だ。
「『チャージブロウ』」
事前にためておいた戦技を相手の顔面に叩きつける。
「がはっ!」
それでもう一人の男の首はあらぬ方向へとねじ曲がり、死んでいった。
光の塵へと変わる。
索敵を行う。
周囲にこれ以上の敵はいないようだ。
「もう安全だ」
「良かった……。大丈夫ですか?」
アルリスの問いに、少年は頷く。
「あ、ありがとうございます」
「街まで送るよ。ついでに君の用事も済ませてしまおう」
そう言って少年の薬草摘みを手伝ってから、衛星都市の一つへと送り届けたのであった。
都市の入口で手を振る少年に手を振り返してから、俺たちは帰路につく。
「何事もないと良いんだがな」
「何事って?」
「『マッド・エックス』の奴らだよ。あいつら、並みのプレイヤーよりは強いだろう? だからコキュートス送りが決まった後に、暴れないか心配なんだ」
「なるほど……」
「ま、その時は都市に待機している俺たちがそいつらを全員リスポーンさせてやればいいんだがな」
さて。
一応分体たちを奴らのギルドホーム周辺に配置しておこう。
念のためにな。
□
「で、それでのこのこ証拠隠滅もせずに帰ってきたっていうのか?」
「す、すいやせん……」
「相手が『至天職』とあのオーマだったもので……」
「それがどうした。相手が何だろうが関係ねえだろ! 自爆してでも殺してこいや!」
「落ち着けバレット。熱くなるな。となるとマズいな。お前らは確実にコキュートス送り。監督責任で俺までぶち込まれかねない。ま、いいだろ。そろそろ潮時だ。この都市から退くぞ」
「見捨てないでくれるんですか!?」
「はっ、俺は仲間思いでなァ。……準備を整えろ」
革ジャンを来た茶髪の男は、ニヤニヤと笑みを浮かべて言った。
「都市を去る準備と、奴らに一泡吹かせる準備を、な」
「マッド・エックスをコケにした奴らにですね!」
「ああ。俺たちには面子ってもんがあるからな」
そう言って茶髪の男、マッド・エックスのギルドオーナーは立ち上がり、別室へと移る。
「それじゃあ俺はログアウトして飯を食ってくる。ギルドを空けている奴にも伝えておけ」
「分かりやした!」
そう言って男は去り、自分の私室でログアウトをする。
現実に戻ってきた男は、勉強机に拳を叩きつけた。
「あの阿保共がぁ!!」
怒りのあまり、机の上に広がっていた教科書がバラまかれる。
勉強のストレスを解消するために、『ネオン・パラダイム』の世界でアウトローなプレイを楽しんでいた少年は、歯を食いしばる。
「ふざけやがって! 僕が作り上げたギルドホームを潰しかねない真似をしやがって!」
「タケル! うるさいよ‼ それと、ご飯よ! 降りて来なさい!」
「分かってるよ!」
そう言って彼は階段を降りていく。
「いや、今対処すべきは攻め込んでくるであろう、保安機構の連中だ。何としても逃げ出して、またやり直してみせるぞ!」
爪を噛みながら、つぶやく。
「あのオーマって奴にも一泡吹かせてやる!」
「何ブツブツ言ってんの! あんまり変なことやってるとゲームの時間を減らすわよ」
「それだけはやめてくれ……」
彼は食卓に着く。
「どうだ、タケル。最近勉強は? 志望校には受かりそうか?」
「まだ俺は高2だよ。そんなの分からないよ」
「何言ってるの、高2だからこそ、差がつくのよ! 今のうちに試験勉強を始めておかなくちゃ」
「そうだぞ……。お姉ちゃんみたいになっちゃうぞ」
私立に行った姉が、両親はよほど許せないようだ。
そんな姉も、この家を嫌って一人暮らしをしている。
(ああ、自分も早く逃げだしたい……)
少なくともこの現実から、逃げ出せるのだ。
『ネオン・パラダイム』の世界にいる間は。
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