第8話 VS天落術師
「飛行手段を持っているか。ならば『落下方向攪乱』」
瞬間俺たちの上下左右がひっくり返る。
否。重力方向が真反対に変わったのだ。
それだけではない。横に、縦に、斜めに。
ありとあらゆる方向に移り変わっていく。
三半規管は強い方だと自負しているが、それでもかなりの負荷がかかる。
「くっ……」
「大丈夫か! アルリスさん!」
歯を食いしばって、耐える彼女を振り落とさないようにギュッと抱きしめながら、俺は何とか体勢を整えようとする。
「本体はアルリスさんを!! 俺たちが奴の体勢を崩す!!」
「頼んだ!!」
羽をはためかせ、『天落術師』と名乗った男に突っ込む俺たち。
彼らは、自在に変えられる重力によって叩き落とされることを警戒して、全周、全方位から突撃。
何としても相手の『落下方向攪乱』を解除しようと試みる。
「舐めるなよ。まがい物共が」
敵の反応はシンプル。しかし的確だった。
俺たちの攻撃を全て、身のこなしだけで躱したのだ。
『落下方向攪乱』は今もなお消えていない。
しかしその直後に俺たちを惑わせていた重力の鎖は、消え去った。
「くっ!」
分体たちが一斉に発した『魔力放出:火』によって、あたかもニホンのミツバチの蜂球のように灼熱のゾーンを作り上げ、相手を取り囲んだからだ。
「小癪な真似を!!」
軽いやけどを負った程度のダメージ。
魔力放出如きで、このダメージ。耐久はそこまで高くないのか?
相手はNPCか。プレイヤーやモンスターのようにネームタグとLVは表示されない。
「お前がここの門番か!」
「ふっ、その通りだ。といっても貴様を通さんための者ではない。その女を通さんための者だ」
「何?」
「知っているか? その女はな。自分の——「黙れ」
俺の口から自分でも驚くほど低い声が放たれた。
「そこから先は彼女自身の口から聞くと約束した。お前如きが語るんじゃない」
「ふ、篭絡されているか。ならば貴様諸共その女を殺す!!」
いいだろう。覚悟は決まった。
普通ならばNPCを殺すつもりはなかったが、彼女を狙うのならば話は別だ。
「加減はしない!」
空中で魔法陣を展開『儀仗兵』のスキル『儀式魔術』の効力を得て、強化された魔術を放つ。
今回は二人一組、威力ではなく数による制圧力を重視。
雨あられと魔術が飛び交う。
ソレを敵は、恐らく落下方向とそのスピードを操ることによって、縦横無尽に回避していく。
まるでミサイルの雨に追われる戦闘機のようだ。
「チッ」
息つかせる暇すら与えない。
俺が、このまま相手を磨り潰す。
「オーマ様!」
そう言われて咄嗟に複数のスキルで、防御を固めるように指示をする。
ガキィン! と俺の分体の皮膚から金属音が鳴り響いた。
「ほう。俺の不可視弾を防ぐか。ま、その女がいればさもありなん、と言ったところだな」
小手先の技も使ってくるか!
「いいだろう。こっちだって使ってやるよ」
『儀仗兵』の大規模魔術だけが俺の武器でないことを教えてやる。
「行け分体たち!!」
「おうともさ!」
分体たちが突っ込んでいく。
そしてその喉から、けたたましい悲鳴が鳴り響いた。
チュートリアルエリアの墓地高原で手に入れた『恐怖の叫び』というスキルだ。
「ふん! その程度の精神干渉が効くモノか!」
分かっているよ。高レベルの相手にはレジストされてしまうってな。
だから本命はそこじゃない。
「ぬっ!」
天落術師の体が切り裂かれた。
少なくない量の血がそいつの体から流れ落ちる。
「ちっ! 叫びは聴覚を無為にするためか!」
その通りだ。
俺が今やったのは複数のステルススキルを駆使したうえでの不意打ちだ。
けれどそれ単体では気取られる可能性がある。
だから、『恐怖の叫び』で音をかき消し、注意をそらし、相手の狙いを誤認させたうえで叩き込んだ。
「舐めるなと、言ったはずだ!!」
天落術師が、流れる血を逆戻しのように戻していく。
再生系のスキルか? なら一撃で、仕留める。
再度分体たちを突っ込ませる。
儀式魔術を避けさせながら、俺自身で包囲しつつ、魔術弾幕で相手のコースを塞いでいく。
「くっ!」
五千人を相手にここまで粘るとは見事なものだ。
けれど相手も余裕があるわけではない。
俺の体から無限に出てくる手札。そしてステルスアタックの存在が奴の思考リソースを圧迫しているはず。
だからこのままでいい。
「撃ちまくれ!!」
「「「了解!!!」」」
二千五百人を二人一組にして、弾幕を張り。残りの半分で大規模魔術を準備する。
「糞がっ!!」
奴としては何としても大規模魔術を妨害したいところだろう。
だが恐らく奴は重力干渉で一つの事しかできない。少なくとも今はその余裕がない。
落下方向を操ることによる高速移動を使用している最中では、落下方向攪乱はできない。できるならとっくにやって大規模魔術を妨害している。
「『我らの魂から発せられる遍く魔の源よ』」
詠唱を開始する。
「『今ここにその力を解放し、敵を滅せ』」
使用するのは追尾性能を保持した魔術弾。
「『地獄の猟犬。追いすがる爪牙。我が敵を食い尽くす、忠実なる
それらは漆黒の光を帯びて、アギトの形をとる。
「『ヘルハウンド・ファング』!!」
漆黒の猟犬の牙が、解き放たれた。
八つに分かたれたソレは、凄まじい速度で天落術師を追い詰める。
「おのれ……!」
生物的な動き。
正しく地獄の猟犬のような執拗さだ。
「舐めるなぁァァァぁぁ!!」
しかし敵は俺たちの予想を上回った。
猟犬の追尾性能を上回るほどの回避機動を見せたのだ。
「舐めるなと、再三言ったはずだ!!」
「舐めてるのはそっちだろ」
『対物対魔両面装甲』起動。
魔術軌道干渉装甲展開。
「な……」
あらぬ方向に飛んでいったはずの猟犬の牙が、神殿を守っていた巨大ゴーレムに変身した俺のスキルによって軌道を修正。
八つのうち一つが天落術師に直撃した。
「がぁはっ!!」
敵は落ちていく。
「その女は……、厄災を呼ぶぞ……」
「黙ってろ」
それが俺たちと『天落術師』の決着だった。
□
「良いのですか? 私に聞かなくて」
「良いんだよ。まだ話したくないんだろ? それよりもこれは……、モノリスか?」
小さな黒柱があった。
その硬質でありながら穏やかな光は、確かにモノリスだ。
「こういうのってレアなジョブとかを手に入れられる『ユニーク・モノリス』だったよな」
「ええ。モノリスの子供のような存在ですね」
俺はソレに少しためらってから触れてみる。
そしてアナウンスが鳴り響いた。
『ジョブ『重力術師』を獲得しました』
「マジかよ……。レアジョブを手に入れちまった……」
重力属性の技は、『ネオン・パラダイム』の世界にいくつか存在している。
パラダイムの内包『スキル』でも例はある。
けれどソレを専門で操るジョブは今まで確認されていなかった。
ソレを手に入れたのだ。
「くくく……、更にトッププレイヤーに近づいたな」
このアドバンテージ、どう生かし切るか。
楽しみで仕方がないぜ。
「嬉しそう……」
「あ、ごめん。一人で盛り上がっちゃって。アルリスも手に入れるか?」
「申し訳ありません。私のジョブは固定なので……、獲得することはできないのです」
「固定って、まさか……」
「はい。私は——」
——勇者なのです。
彼女はこの世界に存在する最も稀有なジョブの一つを名乗った。
今はそれだけしか教えてくれないだろう。
でも、その顔がひどく悲しそうな顔をしているのは。
決して俺の錯覚ではなかっただろう。
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