第7話 浮遊島の道中

 俺とアルリスさんは、浮遊島を進んでいく。

 目指すはこの浮遊諸島で一番目立つ、塔のある島だ。

 そこを目指して俺たちとアルリスさんは歩いていくのだが……。


「モンスター、来ます。飛行型ゴーレムです」


 言ったとおりに、言った種類のモンスターが来た。

 

「アルリスさん、未来が見えるんですか?」

「ええ。数秒から数十秒先に限りますし、意識しないと使えませんが」


 すげえ。未来視系のパラダイムでも聞いたことない。

 どうやら彼女は極めて強力な力を持ったNPCのようだ。


「それと、オーマ様。敬語は不要ですよ」

「そう? じゃあそっちももう少し砕けた感じで大丈夫だけど」

「それはなりません。貴方様方は、私の命の恩人。どうか敬意と感謝を表させてください」

「分かった。それじゃあそのままで」


 俺はそう頷いて、分体たちが敵を撃破してくれるのを見届ける。

 アイツら、常にちょけているけど、動きはだんだん良くなっているんだよな。

 そのうちPVPの練習も兼ねて、模擬戦するのもいいかもしれない。


「トーナメントしようぜ。本体の座をかけて」

「人の心を読むな。そしてそんなものを賭けるな」


 傷ついた分体の治癒を待ちながら、俺ははしゃぐ分体たちを眺めている。


「賑やかな方たちですね」

「……俺って傍から見るとあんな感じなのかな」


 それとも、人とふざけ合うことなんてなかった俺の理想というか、願望を示しているのだろうか。


「オーマ様はとても落ち着いていらっしゃいますよ?」

「そうですか。それならよかったです」


 いや、本当に。


「おっと、罠です。気を付けて」

「男気解除ぉ!」

「自分の体を粗末に扱うんじゃない!」

「それしか方法なさそうだったから……」

「ごめん……」

「気をつけます……」

「全員がシュンとするなよ……」


 分体を叱ると、シュンとしだす。

 彼らには突っ込みと叱るの違いが判るらしい。


「いいか。お前たちは分体で、俺の分身ではある。けれどお前たちは一個の命だと俺は考えている。だからどうか、むやみに命を捨てるような真似はしないでくれ」

「「「はい……」」」

「よし、それじゃあ行動再開だ」

「「「了解!」」


 そうして彼らはまたちょけ始めた。

 けれど、死なないように色々と考えてくれているようだ。


「すいません、お見苦しいところを見せてしまって」

「オーマ様は、プレイヤーであらせられるのですよね」

「はい」

 

 どうやらそこら辺の記憶はあるらしい。

 エピソード記憶と、情報に関する記憶の区分はあいまいで、どちらも忘れてしまうこともあれば、片方だけ忘れてしまうこともあるらしい。


「あちらでは教師をやられていたのですか?」

「え、いや、むしろ逆で学生ですけど……」

「そうでしたか。とても子供たちを導くことになれていらっしゃる様子でしたので」

「そう、ですかね?」


 身長が低いからって舐めてくる年下をコテンパンにした後に、懇切丁寧に指導したりしてある程度仲良くなることはよくあった。

 あくまで同じ選手として高め合う関係だが。

 そのため、こうして小さい子供に諭すのは成れているのかもしれない。

 自分の分身を小さい子供とは思いたくないが。


「オーマ様。聞いてもよろしいですか?」

「はい。何でしょうか」

「どうして私を助けてくださるのですか? 何も持たず、何も為せず、ただこの体程度しか価値のないこの私を。剣をいただくと言って、負い目すら感じさせまいと、そう言ってくれる」

「それは……」


 少女は寂し気に微笑む。


「ごめんなさい。私はとても臆病なんです。だからあなたから言葉を聞いて安心したい。あなたの心を知って、安堵したいのです。理由のない善意は……、少し怖いから」

「……わかった。じゃあ本心を言うよ」


 俺の中の偽りない本心。


「理不尽が嫌いだからだ。人をこんな場所に石化して、剣まで突き刺して、置き去りにして。それでいいと思っている人間がいると想像しただけで虫唾が走る。だからあなたを助けることで、そいつらに意趣返しをしたいと思っている。そして、それ以上に——」


 少女は静かに聞いている。


「――苔が生えるまで、一人ぼっちだったんだから、その分良い思いをするべきだと思うだ。アルリスさんは。一人は寂しくてつらいことだから。見てくれ、こいつらを」


 相変わらずちょけている彼ら。


「賑やかだろう? まあ、面白いかどうかは別にして、このぐらい賑やかさに囲まれてもいいと思ったんだ。アナタのこれからの人生は、賑やかなぐらいでちょうどいい。まあ、顔ぶれが同じ過ぎて飽きが来るかもしれませんが」


「理由はあるのですね。でもとても、清純な理由」


「そうですかね。きっとそうなんでしょうね。でも、いやな思いをした分は良い思いをしないと。帳尻が合わない」


 この世界は尋常ではない。

 使われている技術も、その質感も、そしてそこに住まう人々も。

 だから俺は彼女を人間と同等だと思うことにする。


「信頼できないというのは仕方ないかもしれない。いきなり信用するのも難しいでしょう。だから少しでもいいんで期待してください」


 俺は彼女の手をとって、目を真っ直ぐ見て言った。


「俺たちの善意に。その期待に必ず応えて見せます」


 少女は沈黙した。

 俺は慌てて手を離す。


「すいません、いきなり手を握って。あ、敬語も戻っちまった。ごめ——」

「ああ。私が目覚めて初めて出会うのが、貴方でよかった……」


 少女は泣いていた。

 静かに、瞳から透明な雫を流していた。

 そして微かにほほ笑んでいた。


「本当は、記憶がないというのは嘘なんです」

「そうなんですか」

「驚きませんね」

「何となくそうなんじゃないかと思ってましたから」

「私の過去は、まだ言いたくありません。だから、待ってくれますか。私の近くで。私の過去を話せる時が来る時を」

「分かりました。いくらでも待ちます」

「ありがとう……、本当にありがとう……」


 アルリスさんは静かにその場に座り込んだ。

 安堵で力が抜けたかのように。

 ずっと、怖かったのだろう。そしてそれ以上に信じたかったのだろう。俺のことを。


 信頼には応えなくてはならない。

 必ず。



 □



「え、じゃあ石化している間、ずっと意識があったの!?」

「はい。ざっと千年ほど」

「それって、この世界の歴史で歴史的に『プレイヤー』が現れ始めた当初の頃じゃん」


 もちろんゲームの開始はそんなに前ではない。

 ざっと七年前のことだ。


「私はプレイヤーではありませんが、ソレに近しい存在ではあります。今は話せませんが」

「なるほど~。それじゃあ『パラダイム』に類するチカラでもあるのかな」

「恐らくそうだと思います」


 そうして会話をしていく。

 俺がアルリスさんをお姫様抱っこしながら。

 俺たちは今、空を飛んでいた。

 無数のモンスターを(分体たち)が倒し、無数の罠を(分体たちが)破壊した。

 そしてようやく、俺たちは遂に一番目立つこのエリアの塔に着こうとしていた。


「もうじきですね。もうすぐ着きますよ」

「! 避けてください!」


 彼女の言葉に咄嗟に羽をはためかせ、下へと避ける。

 俺の頭上を、凄まじい勢いで岩が通り抜けていった。


「攻撃! 何処から!?」

「塔の上からです!!」

『不遜なる人間よ。この『天落術師』がお相手しよう』


 成るほど、ボス戦っていうわけね。





―――


何でアルリスさんの主人公への好感度がこんなに高いのかは、ちゃんと理由があります。

二章末で明かす予定なので、お楽しみに。

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