第5話 初めての敗北
俺の目の前に現れたのは、数十体の狼だった。
「こいつらは?」
一体一体のレベルは23。今の俺と同程度。だから一対一では問題なく勝てるだろう。
しかし数が多い。
「これは、詰んだかな?」
服の内側がしっとりと冷や汗で、濡れる。
「いや、それでも死ぬまでやってみようか」
「グルルルァ!」
飛び掛かってくる狼。
ソレを屈んで躱す。しかしその隙をついてくるのは別の狼だ。
足首を狙って打ち込まれた牙を、跳んで躱した。
直前まで屈んでいた影響で、姿勢が崩れ、着地の際にたたらを踏んでしまう。
ソレを見逃す狼たちではなかった。
牙ではなく体当たり。
俺は地面に倒れ伏してしまう。
土の味が口の中に広がり、痺れのような軽減された痛みが俺の体を纏わりつく。
そこから先はもう一方的な展開だった。
狼たちは、俺の体に好き勝手牙を突き立て、その肉を削り取っていく。幸い四肢鎧には歯が立たないようだが、それ以外の部分は布の服とレザーメイルしかない。
ぞぶり、と無数の牙が俺の皮膚を貫き、そのまま肉を引きちぎる。
痛覚は制限されている。しかし、肉が失われていく感覚は耐えがたい。
「クッソ……! ふざけやがって!!」
魔力放出:火を使って相手を避けさせようとするも、狼たちはそれすら気にせず突っ込んでくる。
一体どういう理屈だ?
体の半分が失われ、臓物を引き抜かれながら、俺のHPバーは減少し続け……。
やがてゼロになった。
□
「くっそ!」
蘇った宿屋で、思わず悪態をつく。
このチュートリアルエリアでは、デスペナルティが軽減されている。
即時リスポーンできるし、獲得経験値は失われない。
それでも俺の体には、まだ狼たちの牙の感覚が残っていた。
「メチャクチャすごい臨場感だったな。怖くてこのゲームを続けられないって人が出るのも分かる気がするぜ」
このゲームのプレイ人口は一億人を超えている。
しかし実際にやったことのあるだけのプレイヤーを含めたらその数倍はいるんじゃないだろうか。
そんな彼らが、一度でやめてしまう理由が、この肉体の損傷だ。
一応何重にもかけられたセーフティによって、生活に支障が出ることは一切ないはずだが、それでもメンタル面での影響は避けられない。
トラウマになってVRMMO自体がダメになる人もいる、結構深刻な社会問題だ。
だが俺は逆だった。
「すげぇな。まさかあそこまでリアルだとは」
心臓がどくどくと脈打っている。
精神が高揚している。
まるで初めて年上の相手に勝った時のように。
あの敗北は俺に、この世界が紛れもないもう一つの現実であるということを教えてくれた。
「勝ちたい」
障害を見つけるたび、難敵に負けるたび、俺はこう思ってきた。
「勝って、頂点に近づきたい」
そのために何が必要か、何をすべきかを思考が巡っていく。
「まずは情報だ。色々とwikiとかで調べてみよう」
そう言って、俺は一端ログアウトするのであった。
□
「なるほど、『群狼男爵』か……」
あのモンスターの統領の名前だ。
複数の群狼を従えている指揮官タイプのモンスターのようだ。
決してパーティでいるプレイヤーは狙わない臆病さと、一人の相手は徹底的に追い詰めるしつこさを兼ね備えていいる。
そのせいで、チュートリアルエリアでのソロプレイの難度を極めて高くしている要因であったりするらしい。
このモンスターを単独で倒せた者は、将来高レベルプレイヤーへの仲間入り間違いなしだとか。
「つまり一番簡単な対策はパーティを組むことか。それならエンカウントしなくなる」
でもそれじゃあ、相手に勝ったことにならない。
「レベルを上げれば勝てるか? 一人の相手ならば、どんなレベルでも挑んでくるらしいし」
しかし同レベル帯で単独撃破できる可能性は、かなり低い。
月十回確認されているかどうかである。
一億人のプレイヤーが存在し、今もなお増え続けている『ネオン・パラダイム』の世界で、である。
けれどとりあえずはもう一度、相手に挑んでみよう。
俺は現実世界の貧相な体から、大柄な体へとダイブするのであった。
□
そして数時間が経った頃。
「ぜんっぜんかてねぇ……」
四肢鎧の耐久値を回復させるたびにバルザックさんに、挑むのは止めておけと言われてしまう。
けれど、やめられない。
「そろそろレベル上げをするために別のエリアに移るべきか」
何としてもチュートリアルエリアにいる間に倒してしまいたいところだ。
なにか、そう、その場すぐに数を増やせるスキルとかないだろうか。
『分体形成』が使えれば勝てそうな気がするのにな……。
それはさておき。
スライムエリアで残るモンスターはボスモンスターである、ミミックスライムだけだ。
群狼どもは、悔しいが、いったんスルーしかない。
「さてと、それじゃあ入るとするか」
俺は光る膜を潜り抜ける。
こうすることでボスエリアへと侵入を果たし、他のプレイヤーから横やりが入ることがなくなるのだ。逆に死ぬか緊急ログアウトでもしない限り、出られないという場所でもあるが。
ちなみにチュートリアルエリア限定の仕様である。
そんなこんなで、沼地の奥に侵入した俺を出迎えたのは、一メートルぐらいのサイズのスライムだった。
そしてそのスライムはみるみるうちに、俺とそっくりの形になり……。
「良いね。戦ろうか」
拳を構えた。
これがある種、PvPになるのかね。それともPvEか。
まあ、何でもいいか。
「どちらにしろ、本気で戦るだけだからな」
「よろしくお願いします!」
「喋れるの!?」
何はともあれ戦闘開始!
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