第11話 號級能力者たち

「へえ、あのクソ要塞が敗れたのね」


 少女というには一回り幼い子供の声だった。

 その少女の服装は魔女そのものだった。頭頂部の尖った帽子、ローブ、ブーツ、そして杖。

 ありきたりな魔女の姿だ。『そのもの』というには少し幼すぎるが。

 しかし見れば誰もが分かるだろう。

 その装備品の等級が、途方もなく逸脱しているということを。

 金銭に換算すれば——できればの話だが——国を容易く傾けるほどのレアリティであることを。


「えーと、名前は『オーマ』ね」


 少女は手に持っていたメモに書きつける。


「どんな奴なのかしら。私みたいなプレイヤーなら、少しは面白いことになりそうだけど」


 クスクスと笑うその顔には、歳に似合わぬ妖艶さと年相応のあどけなさを両立させていた。


「ま、いいわ。こっちもクエストを完了したし、戻るとしましょう」


 そう言って少女はインベントリから取り出したほうきにまたがる。

 凄まじい速度で飛行を開始。みるみるうちに上空へと上がっていく。


「それにしても今日もやりすぎちゃったわ。ライネスに怒られちゃうかも」


 彼女の眼下にはクレーターがあった。

 数十メートルではない。

 数百メートル? 違う。

 数千メートル? それでも足りない。


「ま、いいか。ここの周囲には人間はいないみたいだし」


 数十キロだ。

 円形に大地が抉り取られている。

 ソレは、巨大な隕石が落ちたかような、ではない。

 事実堕ちたのだ。


「さあ、戻りましょう。私のホームに」


 彼女のアバターネームを『ミーティア』

 異名は複数ある。

 あるいは『堕天』。あるいは『流星使い』。あるいは『滅殺系ロリ』。

 しかし最も多くの者が彼女の名を、こうささやく。



 名を『凶星』。LV1267。

 


 この世界のおける『最強の魔術師』、その一角である。



 □



「要塞魔竜が落ちたか。どんなキャラクターがこの世界にやってきたのかな」

「はははは! 小娘一人を人質に取っただけでのこのこと出てきやがったな! このイカレ野郎め!」


 彼の目の前に大勢の人間がいた。

 その全てが世紀末のやられ役のような、服装と髪型をしている。

 服装こそふざけているがその凶悪さは本物だ。

 平均レベル700超え。

 世界最恐の盗賊団。プレイヤーで構成されている彼らは、懲罰用サーバーと呼ばれている『コキュートス』に放り込まれることなく、これまで悪事を重ねてきた。


「テメエの目の前でこの小娘を犯してやるぜ! テメェの手足を捥いだ後にな!」


 この『ネオン・パラダイム』において、プレイヤー同士の18禁行為には、相当面倒な手順を踏まなければならないが、相手がNPCならばその限りではない。

 少女はこれから凌辱される己の尊厳と命を思い、涙を流していた。

 その少女の目を真っ直ぐと見据えて、彼は言った。


「お嬢さん」

「は、はい……」

「目を閉じていてくれ。大丈夫。五分もかからないさ」


 にっこりと微笑みかけるその笑顔。

 その笑顔に少女は少し安堵して、それ以上に心配してしまう。


「わ、私の事は良いです! 逃げてください! ヒーロー!」

「逃げないよ。なぜなら僕は——」


 ――この世界の主役ヒーローだから。


 そう宣言した五分後。

 少女は傷一つ負うことなく解放された。

 その障害となるはずだった者たちが、どのような目に遭ったのかなど、語るまでもないことだ。


 涙ながらに少女と抱き合うその家族を遠くに見つめながら、彼は去っていく。

 その背後に声を投げかけられる。


「ありがとう! ヒーロー!」


 彼は何も言わなかった。

 ただ片手をあげて、ソレに応えるのみ。

 振り返ることもしない。

 なぜなら彼にとってこの程度の救出劇イベントはありふれたことだからだ。


「さて、行こうか。新しいキャラクターに会いに」


 彼のアバターネームを『紫電 那由多』

 異名は複数ある。

 あるいは『自称主役』。あるいは『最狂系主人公』。あるいは『救世主』

 しかし最も多くの者たちが、彼の名をこう呼んだ。



 名を『逆境踏破』。LV1590



 この世界におけるただ一人の(自称)主人公である。



 □



「フゥン! 要塞魔竜が敗れたか!!」


 男は椅子に座っていた。

 

「俺がチュートリアルエリアに行けるのならば、スキルすらぶち抜いて潰してやったが、今回はルーキーに譲るとしようか!」


 男の周りには、無数の船員が忙しく走り回っている。


「艦長! 砲弾用意完了しました。いつでも行けます」

「フゥン! イイだろう。それでは——」


 艦長と呼ばれた男の目の前に、一つのトリガー付グリップが現れた。

 ソレを握り込む艦長。


「『魔導生成磁気弾殻反物質弾頭』発射!」


 放たれた一発の弾頭。

 それが巨大なキノコ雲を作り出す。

 

「フハハハハハ! 大破壊は最高だ!」


 しかしそのキノコ雲すらもかすむ威容があった。

 ソレは鋼色をしていた。

 ソレは浮いていた。

 ソレは数キロという巨大さだった。


 ソレは『天空戦艦』だった。



「では参ろうか! クエストも達成したことだしな!」


 

 

 彼のアバターネームを『テイトクン』

 異名は複数ある。

 あるいは『超級戦艦』。あるいは『神船匠』。あるいは『鋼天井』

 しかし最も多くの者たちが、彼の名をこう呼んだ。



 名を『大提督』。LV1102



 この世界における『最高の生産職』の一角である。



 □



 この『ネオン・パラダイム』の世界には、まだ見ぬ強者が、ひしめいている。

 ソレは今のオーマたちを片手間で粉砕するバケモノたちだ。

 彼らは『ネオン・パラダイム』の世界の中央都市に記される『ランキング』に名を連ねた者たち。


 人々は彼らをこう呼ぶ。

 『號級能力者エクシーズ・ナンバー』と。


 彼らは今のオーマなど、歯牙にもかけないだろう。

 今は、まだ。

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