第4話 未知の領域

「追え! 逃がすな!」


 俺たちの口から、そんな言葉が放たれる。

 追う相手は人ではない。モンスターだ。


「希少スキル持ちなうえに、経験値の塊みたいなやつだ! 何としても逃がすんじゃないぞ!」

「合点承知の助!」


 俺たちが今いるのは、27階層。狙う相手はスライムだ。

 しかもそのスライムは国民的RPGのように、たんまりと経験値を持っていると来た。

 それだけではない。

 自然界において、たんまりと経験値を持っていることは狙われる要因になり得る。それに対抗するために、スライムたちは多種多様な防御・逃走、あるいは闘争手段を身に着けた。


「まさか物理無効をデフォルトで持っている奴らがいるとはな」


 他にも『逃走成功』や『移動速度十倍』『魔法吸収』、『被ダメ九割カット』、『火属性無効』などの多様なレアスキルを持っていた。

 当然、そんなものがあるならば俺は欲しい。

 というわけで、この二十七階層に、迷宮攻略組の五千人全員が投入されているのであった。


「避けろ!」

「っぶな!」


 レーザービームのような一撃が飛んでくる。

 実際はレーザーではなく、粘液を砂利と混ぜて切れ味を向上させたウォーターカッターだが。


「今の攻撃、スキルを獲得すれば俺もできるかな?」

「『流体術師』を手に入れれば、スキルなしでもできるんじゃないか?」


 俺の今のジョブは『儀仗兵』という物だ。

 このジョブは、集団での魔術行使に長けている。

 集団での魔術行使とは、複数人で魔力を出し合って一つの術式を成立させ、攻撃を行うモノだ。

 儀式魔術とも呼ばれるソレは、当然のことながら一人で魔術を行使するよりも格段に威力が高い。

 まして俺のように数千人の術師を用意できるのならば、その威力は天井知らずだ。


 本来儀式魔術は複数人の魔力が混ざり合う関係上、お互いの魔力が反発したり、対消滅したりと、かなり不安定になってしまう、難易度の高い技術だ。

 しかし俺と分体は本質的に同じ存在。分体の発する魔力も当然同じ。反発も対消滅も起こり得ない。

 

「つまりこんな芸当だってできるわけだ。『直列接続:ファイアトルネイド』」


 『ストームウィンド』と『ファイアピラー』。二つの中級魔術が、二人の手から放たれて合一。スライムを包み込んで一つの魔術となり、焼き尽くす。


 通常複数人で行使する儀式魔術は同じ魔術でそろえるのが必須だ。ただでさえ異なる魔力を合一させなくてはならないのだから。

 しかし俺は違う。魔力が同じだから異なる魔術でも、儀式魔術ができてしまう。

 結果として、数段強力な儀式魔術を発動することができるのであった。


「さてと、そろそろここの階層のボスを狙うとするか」

「そうだな。あ、試しにさ——」

「――なるほど。良いな。検証しとくべきだろう」


 というわけで俺たちはボスに向かうのであった。


『スキルを獲得しました。『雷属性無効』『火属性無効』『風属性無効』『土属性無効』『氷属性無効』『魔法吸収』『被ダメ九割カット』『移動速度十倍』『流体刃』『超強酸砲』』




 □




「さて、お待ちかねのボスだ」


 次の階層へ向かう階段前の広場、というより広原に陣取っていたのは巨大なスライムだった。

 それも五十メートルはありそうな巨大さだ。

 さすがに要塞魔竜ほどではないが、それでもなかなかの大きさだ。


「良し。それじゃあ行くぞ! おまえたち!」

「「「おう!」」」


 威勢のいい掛け声と共に俺たちは配置につく。

 俺たち五千人がこの広原へと集結していた。


「『我らの魂より発せられる遍く魔の源よ』」


 詠唱を開始する。

 やっぱりこう言った詠唱ってワクワクするよなぁ。


「『今ここにその力を解放し、敵を滅せ』」


 数千人の言葉が、一瞬もぶれることなく重なり、一つの声のように聞こえる。


「『黄昏の曙光。堕ちる太陽。我が敵を焼き尽くす、母なる光!!』」


 既に巨大スライムもこちらに気付いた。

 体から無数の触手を伸ばして術式を妨害しようとしてくる。

 しかし、こちらも負けじと、『結界魔術』の儀式魔術を使用して、敵の猛攻を受け止める。


「『猛れ!! 『フォールン・サンシャイン』!!』


 儀式魔術が放たれた。

 数千人分の魔力が一極集中したソレは、巨大スライムを焼き尽くして——。


「ま、じかよ……」


 地面に穴を穿った。

 次の階層へと続く穴を。


「や、やっちまったぁ! このままじゃ器物損壊で怒られる!」

「誰にだよ」

「こう、迷宮の管理人的な人に!」

「いないだろ」

『いるよ』

「「「え」」」


 声が聞こえた。

 虚空に窓が開いて、そこから覗くのは深窓の令嬢だった。

 あまりに美しい顔は、魅了の力を放っているのではないかと思うぐらいに、蠱惑的だった。


『全くよくもやってくれたね。お仕置きが必要だよ。君たちには』

「すいません!!」「こいつがやれって言いました」「本体を売るんじゃない!」


 頭を下げる俺。本体を売る俺。それに突っ込みを入れる俺。


『面白い子たちだ。いいよ。罰も飛び切り面白いのにしてあげる』

「面白い罰?」

『そ。この迷宮は危険なモノを封印するための場所でね。そのうちの一つが封じられた場所に放り込んであげるよ』

「何も面白くなさそうなんですが……」

『私にとって面白いでしょう?』


 俺たちの足元が光り出す。

 魔法陣の光だ。

 

『それじゃあ行ってらっしゃい。プレイヤーならベイルアウトすれば帰れるから、そう気負わずに死んでらっしゃいな』

「それって死ななきゃ帰れないってことですよね!」

『うふふ』


 微笑んだ深窓の令嬢。

 その笑みは悪魔の笑みだった。


「ぐわぁぁぁぁぁ!?」


 俺たちの体が浮遊して、その場から消え去った。

 あとに残るのはなにもなかった。



 □



 体が浮遊感が襲う。

 そしてその浮遊感は消えることがない。

 なぜなら俺は。

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!」

 

 落下しているのだから。

 眼下には底の見えない青い空。

 頭上にも果ての見えない青い空。

 

「空の只中!? こんなエリア聞いたことないぞ!」

  

 おそらく迷宮に踏み入れたものが時折出会うという、特殊エリア。

 そこには途方もない危険と果てしない財宝があると言われている。


「あ、島だ!」


 空の只中を浮遊している島があった。

 多い、そしてでかい。

 一つ一つが数百メートルはあるぞ。

 でかいのだと数キロに達しているのもある。


「『飛行』」


 ワイバーンから獲得した『飛行』スキルと、『変身』で生やした翼で、空を飛ぶ。

 このスキルは、一般的な体力を消費するが、それ以外はMP・SPともに消費しない。


 なので俺たちはなんとかして視界の先にあった浮遊島に着地するのであった。

 

「未知の新エリアか……!」


 否が応でも心が躍る。

 ゲーマーとして日の浅い俺でもその気持ちがわかる。

 まして、前人未到の新エリアだ。  


 wikiにも情報が載ってなかったし、間違い無いだろう。

 

「よーし! 探索開始だ!」


 俺は意気揚々と、探索を開始するのであった。

 その先の出会いがこの世界に何をもたらすかも知らずに。

 


―――

ヒロイン登場まで、残り1話

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