第3話 生産活動

 さて、迷宮を探索している俺たちとは打って変わって、都市に待機している俺たちがやっているのは生産活動だ。

 

「おーい、この荷物をこっちに持っていてくれ!」

「分かりました!」

「この薬品を『猫娘にゃんにゃんランド』にまで届けて頂戴」

「はーい」

「おーい、5001号、5002号! ワイバーンの生き血を持っていないか?」

「今ちょうど手に入れたところです。出しますね」


 そうやって俺はインベントリからワイバーンの生き血を取り出す。

 俺のインベントリは他の人たちとは仕様が異なっている。

 一万人すべての個体が共通のインベントリを使っているのだ。

 じゃあ、インベントリの容量は一万倍なのか、と言われると決してそんなことはなく、通常通り。


 つまり五千倍の速度で素材が入っていくのに、一人分の容量しかないということである。

 これは『分体軍団』の数少ない欠点と言えた。

 しかしそれを克服したのもまた、分体のチカラだった。

 

「あ、これ頼まれていた二十六層で取れた薬草です」

「ありがとう、助かるよ」


 取り出してしまえばいいのだ。入れた端から。

 インベントリをインベントリとして使うのではなく、空間的制約を無視した輸送経路として使うことによって、ダンジョンという現地から即座に素材を取り出すことが可能になった。

 

 そのまま購入したプレイヤーホームの倉庫に放り込んでもいいし、今こうして都市待機組の勤めている生産ギルドに卸しても構わない。

 

「いやー『オーマ君』が入ってから、うちの生産効率は爆上がりだよ。雑用を好んでやろうなんて子はなかなかいないからさ」

「いえいえ。俺の内三十人も薬品製造に関わらせてもらってますから。それに素材も定価よりも高く買い取ってくださいますし」

「新鮮だからねぇ。インベントリって時間の流れが一定時間遅くなるんだけど、完全にストップはしないんだ。ってなるとエリア自体が広くなる二十階層以降の素材はその場で加工するしかない代物が多くなっていてね。できることが限られていたんだけど、その問題点もオーマ君が克服してくれた」

「これで『パラケルスス』の『生産ランキング』の上昇間違いなしですね!」

「ははは、オーマ君には色々と恩恵をもらっているからね。色々と報酬は期待してくれていいよ」

「ありがとうございます!」


 調薬ギルドからは優先的に、そしてまとめ買いすることで、安く薬を仕入れている。

 こうして薬を仕入れていくことで、もしもの時に備えるためだ。

 まあ、自分が陥るようなもしもの時は、そうないと思うが。



 □



「おい『5102号』! そこにいたら死んでまうぞ!」

「すいませーん!」


 慌てて溶鉱炉の近くから逃げる。

 一応火耐性があるので大丈夫だと思うのだが、ここでは俺は徒弟。親方の指示には従うものだ。


「プレイヤーだからって命を粗末にするんじゃない! 職人が自分の命を軽率に扱えば、必然的に使い手の命も粗末に扱っちまうんだ!」

「はい! 申し訳ありません!」


 ドワーフの親方――この道五十年のNPC――に謝る。

 

「まあ、お前さんは腕っこきの戦士だから、そう簡単には死なねえかもしれんが、それでも気を配れ。そう言った気配りが作品にも影響が出る」

「分かりました。気をつけます」

「おう! そしたら昼飯だ! 食いに行くぞ!」

「はい!」


 ちなみに分体も個々に、食事と睡眠が必要である。

 体積を増やすだけならば、素材を丸かじりしたり、モンスターを踊り食いしたりすればいいかもしれないが、それは栄養的にも精神衛生的にもあまりよろしくない。


「しっかしお前さんはよく働くなぁ。ウチで働こうとしているプレイヤーは、下積みに耐えられずに、逃げ出すことが大半だっちゅうのに」

「ここが一番質のいい武器を作りますから。そのためには、下積みも必要かなって」

「がはははは! 享楽的なプレイヤーとは思えん発言だ! そろそろお前さんの内何人かは、武器製作に移ってもいいかもしれんなぁ!」

「本当ですか!」

「何だぁ? おまえさんとこの『オーマ』はまだ武器製作していないのか? こっちは既に十本ぐらい作らせているぞ」

「ダッカス! おまえさんはせっかちすぎる! こういう呑み込みの早い奴ほど、下積みが大事なんだ!」

「百人もいて、全員下積みをさせる方が非効率だろう、バルコウ!」

「まあまあ……」


 俺の育成方針を巡って言い争う二人を宥めながら、美味しい食事を俺たちは続けるのであった。



 □



「これが君の作った一品かい。素人にしてはよくできているじゃないか」

「光栄です。教授」

「しかし、まだ改良の余地があります。何かわかりますね?」

「はい。博士」

「おいおい。彼はボクの生徒だよ。横入はよしてくれ」

「アナタだけの生徒ではないでしょう。この『学園都市リヒトケイオン中央都市支部』全体の生徒です」

「むう。それでもこの『5201号』君は私の生徒だよ」

「はあ、今はそれでいいでしょう。とにかく、ここに何の魔術付与もされていないまっさらな武器があります。これは錬金付与の格好のテスト作品となるでしょう」

「それじゃあ早速やってみたまえ、『5201号』君」

「分かりました」


 何の変哲もない直剣を魔法陣の記された敷物の上に置き、そして魔力を込める。

 この魔力を込めるという感覚が『NPC』にとっては厄介な物であるらしく、そこで挫折してしまう人もいるようだ。


 しかしそう言った部分はゲーム。システムによって俺たちプレイヤーはアシストされている。


「良いですか? 込める魔力は常に一定に。そして込める術式は一つまでにしておきなさい」

「そうだね。おおむねその通りだ。如何に魔力出力を一定にするかどうかに付与の定着率を左右する。要するに出来を決めるってことだ」

「なるほど……」


 魔力と集中を切らさずに、剣に付与魔術を込めていく。

 

「君はスキルを先に取得して、ジョブの方を後回しにしているだろう? となるとジョブのパッシブスキルが無い状態で、魔力出力のコントロールをしなくてはならない。これはハンデのように思えるかもしれないが、逆にとらえればまっさらな状態で、魔力出力のコツを掴むチャンスだと考えればいい」

「そうですね。本来ならば皆、こうしてスキルを先に獲得するのが望ましいのですがね」

「それはないものねだりという物だろう。誰でもスキルを手に入れるような天才とは限らない。ま、『5201号』君も、最初に失敗はつきものさ。いきなり失敗したとしても、めげずに——「できました」


 敷物の上には、光り輝く剣があった。


「……これは、『最高品質』だね」

「そのようですね。天晴です」


 教授が、長い髪と大きな胸を揺らして、俺に飛びかかってくる。


「凄い! 凄いよ! いきなり最高品質なんて!」

「まぐれですよ」

「まぐれじゃない! これはまぐれじゃなくて、君の実力だよ!」

 

 そう言ってくれると嬉しい。

 

「さて。それじゃあ色々見ていこうか? 『5201号』君はどんな効果を込めたのかな? どういうコンセプトとかいう大雑把な方針でもいいよ」

「とにかく『硬く』ですね。基本の戦闘スタイルが徒手空拳の発展形といった形なので、多分武器は乱暴に扱うことが多いと思うんですよ。投げるとか。だからソレに耐えうる性能の武器を考えました」

「なるほど。そのイメージがどのように武器の付与に影響したのか見てみようか」


 ■


『堅牢な技直剣』


 クリティカルを発生させたとき、耐久値の減少を半減する。



 ■



「これは、『熟練錬金術師』級の付与だよ! 凄い! 凄いね!」

「ありがとうございます。先生方の指導のおかげです」

「謙遜はよしなさい。貴方の真面目な学習態度と、的確なイメージがこの結果につながったんですよ」


 褒められるって、楽しい。

 生産って、楽しい。


(ゲーム、楽しい~~~!!)


 俺はまんまと興味がないと言っていた、生産系統にのめり込むことになっているのであった。


 そしてこののめり込み具合が、のちにとんでもない代物を作り出すことになるということは、まだ誰も知る由もないのであった。




―――

ヒロイン登場まで、残り2話

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