第2話 不幸中の幸い

 ――手続きを終えて、ロイスはエルフを手に入れた。

 彼女の名前はフィーナ。

 やはり、かつてロイスに戦い方を教えてくれたエルフだった。

 ただ、彼女の表情はどこか暗い。

 それは当然――ロイスという名の人物など、彼女からすれば見ず知らずの他人だ。

 その上で今は男装までしている――ただ、フィーナがリィノのことを覚えているかどうかも分からない。

 エルフは長命であるが故に、彼女にとってリィノとの出会いなど人生におけるほんの一部でしかないからだ。

 さすがにエルフを連れたまま表立って外を歩くわけにはいかないようで、裏口の方を案内された。

 フィーナはローブを目深に被り、人目につかない恰好をしている。


「さて、行こうか」


 ロイスがそう言ってフィーナの手を引こうとすると、彼女はそれを避けるようにして、


「……自分で歩けます」


 そう、静かに一言だけ答えた。

 ロイスとしては早々に自身の正体について話してもよかったのだが――どうしても、彼女が覚えているかどうかが気がかりになってしまう。

 裏口から出てしばらく一緒に歩くが、彼女はずっと黙ったままだ。

 ロイスも、久々に会えた喜びもあったが――こうしていては落ち着かない。

 思い立ったように、口を開いた。


「一先ず、王都は出ようと思っている」

「……」

「どこか行きたいところはあるか?」

「……? 何故、それを私に?」

「何故って、それは――」


 答えようとしたところで、ロイス達を取り囲むように男達が姿を見せた。

 咄嗟に、ロイスはフィーナを庇うように立つ。


「よう、待ってたぜ。早速だが……そいつを置いていってもらおうか」


 全員、何かしらの武器を所持している。

 おそらく、初めから用意していたのだろう――エルフを横取りするためか、あるいは他人に買われた時のために奪い取るためか。


「まさか、買った奴が護衛もなしにエルフを連れるなんてな。ツイてるぜ」

「……ふっ」


 男の言葉に、ロイスは思わず小さく笑みを浮かべた。


「あん? 何がおかしいんだ?」

「いや、何――こんな風に絡まれるのは久々なのでね。ついおかしくて笑ってしまった」

「ハッ、随分と余裕じゃねえか。怪我したくなかったら大人しく――」


 男が最後まで言い終える前に、キィンと乾いた音が響いた。

 フィーナの前にいたはずのロイスは、すでに男の背後に立っている。

 その場にいた全員、何が起きたのが認識できていないだろう。


「……? て、てめえ、いつの間に……っ」


 そうして、気付いた時には男は斬られていて、その場に倒れ伏した。


「なっ、まさか、斬ったのか……!? 見えなかったぞ!」

「おい、それより、あいつの目……!」


 ――眼鏡の隙間から見えたのは、ロイスの赤色に輝く瞳。

 戦いになると、魔力の昂りによって瞳が輝いて見える。

 ただそれだけのことだというのに、残された者達は急にざわつき始める。


「その赤目……! まさか、『紅目の剣聖』!?」

「リィノ・クルセインか……!? 死んだって話だろ!」

「そもそも女っだって……と、とにかく、こんな仕事は割に合わねえ!」


 誰かがそう言った直後、一目散に逃げ出していく。

 あっという間に、その場に残ったのはロイスとフィーナの二人だけになり。


「話の途中だったが、邪魔が入ってしまったな」

「……リィノ?」


 フィーナが驚いた表情を浮かべながら、その名を口にした。


「今、リィノ・クルセインって言っていたように聞こえましたが」

「ああ、私の本名だよ。今はロイス・カーヴァンで通してるけれど」

「もしかして、あのリィノですか? 私の勘違いでなければ――」


 フィーナは覚えていてくれた――そのことに感激して、ロイスは思わず彼女を抱き寄せる。


「ちょ、な、何をして……!?」

「フィーナ、覚えていてくれたんだね」

「そ、それはもちろん……。でも、見た目が全然違うので気付けませんでした」

「まあ、私も成長したからね。実のところ、あなたに会うために傭兵稼業を辞めたんだ。そうしたら、まさか奴隷として売られているなんて」

「えっ、そうだったのですか? 私も、リィノが戦場で死んだという噂話を聞いて、その真偽を確かめようと森を出たところで……」

「!」


 その言葉を聞いて、ロイスは驚きに目を見開く。


「……それはつまり、私のために捕まった、ということか?」

「そ、それは違います! 森を出ることはよくあることですし。ただ、少し私がドジを踏んでしまっただけで……」


 不幸中の幸い、とでも言うべきか。

 仮にロイスがこの王都に立ち寄っていなければ――あるいはフィーナに一生会えなかったかもしれない。

 フィーナはふと、視線を逸らして頬を赤く染める?


「どうかした?」

「いえ、その……随分とかっこよくなった、と思いまして」

「うん? そうかな……。まあ、普段は男装をしているんだけどね。リィノ・クルセインは女傭兵として名を馳せたわけだし。私は別に、そんな有名になるつもりもなかったんだけど」

「……今は名を捨てて、ロイスとして生きているというわけですね」

「そうだよ。そして、これからはあなたと一緒に生きていこうと思って。お金もなくなってしまったけれど」

「……っ、そ、それは私のために全財産を使ってしまった、ということですか……!?」

「そうだけど……まあ、気にしなくていいよ。お金にそこまで困った生活をしているわけでもないし、あなたに会えたから」

「で、ですが……私のためにそんな大金を……」

「あなたは私を捜して森を出たのなら、これでおあいこってことでいいんじゃないかな?」

「そういうわけには……」


 なかなか、フィーナは納得してくれない。

 ロイスはふと、思いついたように口を開く。


「……なら、あなたを買った分、私に奉仕をしてくれるってこと?」

「? 奉仕、ですか?」

「うん、私が望むことを、全部」

「――」


 ロイスが耳元で囁くように言うと、途端にフィーナは顔を赤く染めて、


「な、何を刺せるつもりなんですか……!?」

「あれ、何を想像しているのかな?」

「っ、あ、あなたという人は……!」

「ふっ、師匠は相変わらず可愛いね」


 ――幼い頃も、彼女をよくからかっていたが、何年経っても変わっていないようで安心した。

 久々に再会して、今日から新しい生活が始まるのだ。

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元傭兵、奴隷堕ちした師匠のエルフを買う 笹塔五郎 @sasacibe

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