元傭兵、奴隷堕ちした師匠のエルフを買う

笹塔五郎

第1話 希少種

 ――リィノ・クルセインはこの大陸において、最も恐れられた傭兵であった。

 その理由は至極単純であり、彼女の圧倒的な強さにある。

 こと剣術においては、彼女に比肩する者はない――そう、多くの者が評するほどだ。

 故に、多くの戦場で彼女は求められた。

 元々は、小さな傭兵団に所属していたリィノだが、その傭兵団は戦場で壊滅してしまった後でも、彼女だけは生き延びてきた。

 そうして――彼女はいつしか『紅目あかめの剣聖』と呼ばれるようになっていた。

 戦場で、リィノの目は特徴的と言えるくらいに真紅に光る――そんな噂話から広まったものだ。

 だが、そんな彼女が最後に目撃されたのは一年以上前のこと。

『ベルソルム帝国』領で起きた内乱――『オリガ平原』にて戦死したという。

 初めの頃は所詮、噂だろうと思われていたが、その報が流れてから、彼女の姿を見た者が誰一人いないことから、信憑性は高まった。

 ――最強と謳われた傭兵は、あまりに呆気ない最期を迎えたことになる。


   ***


「聞いたか? エルフの話」


 ピタリと、その言葉を耳にすると共に、その人物は足を止めた。

 ローブに身を包み、腰には一本の剣を下げている。

 レンズがやや黒に染まった眼鏡を掛けており、ローブの下は男物のスーツだった。


「ああ、久しぶりに売りに出されるらしいな。もう何十年も目撃情報もないし、絶滅したって聞いてたが」

「本当なら、貴族だけでなく、魔術師なんかも欲しがるだろうよ。まあ、俺達みたいなのには関係のない話だが」


 そんな男達の会話を盗み聞いた後、


「エルフ、か」


 ぽつりと小さな声で、その人物――ロイス・カーヴァンは呟いた。

 ここは『ローベルト王国』の王都、『セランダ』。

 ロイスはここに立ち寄っただけで、目的地は別にある。

 けれど――今の会話は、ロイスにとってはどうしても無視できないものであった。


「……確認はしておく必要はある、か」


 ロイスが早足で向かったのは、奴隷の競売が行われている会場だった。

 入場料だけでもそれなりの金額が必要となっており――逆に言えば、入場できれば誰でも奴隷を買うことができる。

 奴隷の多くは犯罪に手を染めた者であるが、中には事情があって身売りされた者も含まれている。

 そもそも奴隷の存在を認めていない国も中には存在しているが、王国に関しては合法とされている。

 ロイスが会場に入るとちょうどいいタイミングで――彼女の姿を見た。


「お集まりの皆様の多くはこちらを狙っておいでではないでしょうか? 本日、何と希少種である――エルフを競売に掛けさせていただく運びとなりました!」


 視界の男がそう言いながら紹介したのは、鎖に繋がれ、牢に閉じ込められた金色の髪の少女。

 耳は特徴的に尖っており、幼さの残る顔立ちをしているが――美しい容姿であると言えた。

 彼女のそう言った面を強調するためか、白を基調としたドレスに身を包んでおり、ロイスにはその姿がより薄幸に見えた。

 そんな彼女の姿を見て、ロイスは小さく笑みを浮かべる。


「やはり――変わらないな、あなたは」


 ロイスは彼女のことをよく知っている。

 もう十年以上前――自身が『傭兵団に売られる前』に武器の使い方を教えてくれたのが、彼女なのだから。

 エルフは長命種であり、まだ幼かった頃のロイスが見た姿と、彼女はまるで変わっていない。

 その姿に改めて見惚れると同時に、競売は始まった。

 この国の貴族だけではない――おそらくは、以前から情報が出回っていたのだろう。

 弱小貴族ではおよそ手が出せないような額がついたところで、ロイスはその三倍以上の金額を掲示した。

 ――エルフであり、かつての師匠であった彼女を、ロイスは手に入れたのだ。

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