第5話(終) いつか。きっと
千代は朝早くから、村の再建に力を注いでいた。
彼女の顔には決意が宿り、目の下には疲労の痕が残っていたが、手を止めることはなかった。
竜によって村の一部は炎に包まれ、多くの家屋が焼け落ちてしまっていた。それでも、生き残った村人たちは互いに助け合い、再びこの地に命を吹き込もうと奮闘していた。
千代は解体された家屋を大八車に乗せる作業を手伝っていた。
「千代さん、大丈夫ですか?」
声をかけたのは、村の若者の一人だ。彼もまた、重い木材を運びながら、千代の様子を気にかけていた。
「ええ、大丈夫です。ありがとう」
千代は微笑みながら答えたが、その表情はやや硬く、疲労が滲んでいた。
村の再建作業は、思ったよりも困難を伴っていた。家々の修理や新しい畑の耕作。やるべきことは山積みだった。
しかし、村人たちは誰一人として諦めることなく、力を合わせて作業に取り組んでいた。
千代は土埃が舞い上がる中、彼女は周囲を見渡した。
子供達は漁で使う網の修繕を手伝い、女性達は食事の準備をしている。男たちは重い木材を運び、鍬を振るって畑を耕している。その姿は、決して豊かではないが、確かな希望を感じさせるものだった。
「あの人の、お陰だね」
千代の傍らに、泉が立っていた。
「はい……」
千代は心の中で頼の姿を思い浮かべ、唇をかみしめた。彼がいない今、自分ができることは村人たちと共にこの地を守り、再び平穏な日々を取り戻すことだと感じていた。
「いい人だったのに。本当に、惜しいことをしたよ」
泉は目を潤ませた。
彼はこの集落の出身ではなかったが、村人の一人として頼のことを気に入っており、彼の死を悼んでいたのだった。
だが、千代は否定した。
「いいえ。清和様は亡くなっていません」
千代の言葉に、泉は一瞬戸惑ったような表情を見せた後、怪訝な表情を浮かべた。
それはそうだろう。あれだけの炎の中、生きていられるはずがないのだから。もし生きているのなら、どこかで姿を見せてもいいハズだ。
千代は自分の胸の内を語るように、話を続けた。
「あの方は、獅子王。魔を祓い虐げられた人々を救う、たった一人の王。……だからきっと今も私達を見守ってくれています」
そう言って空を見上げる千代の表情は晴れやかなものであり、瞳に涙を湛えながらも微笑んでいるように見えた。
空を仰ぐと、雲間から太陽が顔を覗かせているのが見えた。
日差しを浴びていると不思議と心が落ち着くような気がした。
「いつか。きっと……」
千代は、そう心に信じていた。
◆
夜な夜な皇居の上空を、東三条の森の方から湧き出した黒雲が覆い不気味な怪鳥音が聞こえる怪事が続いた。
しかも、時の天皇・近衛天皇は御所、清涼殿において化け物に襲われた。
天皇の公卿達は、この怪事件を協議したところ、寛治の昔に堀河天皇がやはり同じような状態で悩まれたことを知る。
しかし、化け物は黒雲に隠れて正体を見せず、僧を招いての加持祈祷も効果がなかった。
そこで、かつて大江山の鬼神・酒呑童子を退治した
一鎌の矢とは、矢竹の一種で二本が並んで生え、筋も太さもまったく同じ双子竹から作られた矢のことで、一鎌で二本の同じ竹が取れるところから一鎌の矢と言い、化け物退治に用いられる。
やがて夜が更け、丑の刻(午前二時頃)になると、噂通り東三条の森の方から黒雲が現れ、内裏へ向かって近付いて来た。頼政は一鎌の矢を二本、手挟んで弓を構え怪鳥音を頼り黒雲に射かけた。矢は化け物を見事に射落とした。
この化け物は、頭が猿、胴体が狸、手足が虎、尾が蛇、声は
これが、源頼政による
本来、鵺とは虎鶫の異名。怪物の声が虎鶫に似ていただけであるが、これを鵺と呼ぶようになった。
近衛天皇はこれに御感し、左大臣・
刀身は青白く光り、夜目にはさらに、その光を増したという。
その太刀を《獅子王》と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます