第3話:シカ娘、キレる

 食事と言うのは、ある種の心の安らぎだと俺は考えている。だと言うのに食事を終えて酒場を後にした俺は疲れ果てていた。

 その原因は言わずもがな、シカリーナだ。

 こいつは一筋縄ではいかなさそうで先が思いやられる。

「ますた、ごちそさま」

「ああ、腹いっぱいになったか?」

「まだ食べれるます」

「はぁ……まあいいか。金だけはあるし、晩飯も楽しみにしてろ」

「肉しか勝たん!」

「またに肉か?」

「肉しか勝たん!」

「分かったよ……」

 シカリーナと一緒に俺はコロシアムへと向かう。

 剣闘士を準備したら登録が必要だ。と言っても直ぐに試合ができるわけじゃない。育成していない虹枠と、育成後の金や銀枠。どっちが強いかと言えば後者だろう。

 まだシカリーナが試合に出るのは先になりそうだ。

「よう、剣闘士の登録をしに来たんだが、いいか?」

 受付のエルフの姉ちゃんに声をかけた。すると、少し待つように言われる。待っていると支配人自ら受付までやってきた。と、言うかこの人が自分の足で歩いてるのは初めて見たぞ……。いつもは神輿みたいに運ばれている姿しか見た事がない。

「いやぁ、マーリン殿。早速連れてきて頂き恐悦至極でございます!」

「まあ、俺も稼がせてもらった恩はありますし」

「ではでは、マーリン殿は剣闘士主ラニスタの登録と──」

 シカリーナに向き直ったヌッシーの顔が固まる。

 そりゃそうだ、どう見ても普通の少女にしか見えないのだから。彼は俺に目を向けると正気かとでも言わんばかりの表情をしていた。

「こいつはシカリーナだ。紹介された店で買ってきた」

「ははぁ……セレニアン族とはまた珍しい。しかし良いのですかな?」

「何がですか?」

「いやぁ、セレニアンの女は勝てないというジンクスがあるのですよ」

「そうなのか?」

「ええ、ええ。セレニアン族と言えば、男は角を持ち、女には角がない。たったそれだけの違いだと思うかもしれませんが、それほどの違いなのですよ。セレニアンの男たちは女を賭けて、あるいは縄張りを賭けて角で打ち合い決闘をするのですが、歴戦の男はガーゴイルを一撃で粉々にするほどの力を持つのですよ、はい」

 それなりにヌッシーの話を理解出来ているのか、シカリーナは俯いて悔しげな顔をしている。

 悔しいよな、その気持ちは俺だって分かるよ。

 俺も昔はそれなりに頑張ってたんだ。

 けど、俺は剣の腕も大したことないし、魔術のひとつも使えやしない。

 何もしないうちから否定されて、できないだのなんだのと結果が分かりきったかのように言われるのはムカつくよな。

 けれども、俺も同じ穴の狢なんだ。

 俺の確定演出看破も結局は誰かと比べて何もしないうちから可能性を捨てている。それでも、俺はこいつを選んだ責任は取るべきだろう。

「──悪いが支配人。俺はこいつを信じることにした」

「そうですか。わかりました……では、まずはラニスタの登録をしましょう、マーリン殿──」


 登録が終わると、夕食をとりにまた酒場へと向かう。

 シカリーナの要望通り、またもや肉料理だ。

 俺も肉は好きだが、昼のステーキの脂がまだ抜けきっていない。嬉しそうに食べるシカリーナの隣でサラダをつついていた。

 その後は、シカリーナをコロシアムの中にある剣闘士宿舎へと預けることにした。俺個人が所有する剣闘士ということもあり、わざわざ預ける必要もない。だが、俺は宿暮らしで家もなければ部屋を借りているわけでもなかった。

 早いうちに適当に賃貸でも借りるか、もしくは家でも買うかするしかない。明日も忙しくなりそうだと思いながら、俺はシカリーナを預けたのだがこの時の俺はまだとんでもない事になることを知らなかったのだ。


 ・


 薄暗い地下の一室にシカリーナは案内された。

 そこは例えるならば牢獄だろうか。

 剣闘士は奴隷だけではなく、囚人として見世物にされている者もいる。

 そういうこともあって、宿舎とは言うが牢獄のように鉄の檻で区切られていた。

 その一室に不安そうな表情のシカリーナは入っていく。中には二段ベッドが左右に二つ。四人部屋だと言うのに、シカリーナで五人目だ。間違いじゃないかと彼女は思って、案内してくれた監督官に声をかけようとしたがガチャリと檻が閉められて鍵もかけられてしまった。

「なんだ、てめぇ。新入りか?」

 巨躯で筋肉質な剣闘士が不快そうな顔をしてシカリーナを睨みつけた。だが、彼女は気にすることもなく、部屋の隅に座り込んだ。

「新入りのくせに殊勝なやつだな、なぁ?」

 通路側から見て上手側のベッドの上にはリザードマンの女、その下には声をかけてきたオークの女。反対側の二段目にはライカン族の女、その下にはオドオドとした大きなシッポを持つリスの獣人のスクァレン族の女がいた。

「もしかして、こいつが小心者マーリンの剣闘士じゃないか?」

 リザードマンの女が思い出したかのように声を上げて、ニヤニヤとシカリーナを見つめた。オークはベッドから立ち上がると、部屋の隅で膝を抱えるシカリーナに歩みよっていく。

「オレはなぁ、アイツ、大っ嫌いなんだよなぁ。オレたちと同じクズの癖して外で自由で……しかも大金まで持ってやかってよぉ」

「ねえねえ、そいつ、殺っちまおうよ。アイツ、悔しがるかな? 泣いちゃうかな?」

 それでも、シカリーナは無視していた。

 こんなヤツら、相手にする価値がない。

 売り物にならないと言われた自分を選んでくれたんだ。それに、信じるとも言ってくれた。だから、ここでトラブルを起こして困らせる訳にはいかない。

「何こいつ。スカした態度して……ムカつくぅ」

 ライカン族の女も便乗して、シカリーナを責め立て始める。それでも、シカリーナは無言を貫いていた。

「ねえ、何とか言いなよ〜。アイツの、クズ男のマーリンの首を捩じ切ってアンタの前に持ってこようか?」

「はっ、マーリンはきっとブルっちまって逃げ出すに決まってるさ。卑怯で薄汚くてギャンブル狂いの敗北者──」

 途中まで言いかけていたオークの体が宙を舞い、檻へと叩きつけられていた。腹部がへしゃげたオークは白目を向いたまま、うつ伏せに石畳の床の上に倒れ込む。

 シカリーナは右足を回し蹴りの格好で中空に上げたまま、一番の大物が倒れていく様を見つめていた。すっと足を下ろすと、シカリーナは怒りの表情を浮かべて、剣闘士たちを敵に回す覚悟を決めて言い放つ。

「ますた、負けないって聞いた。アタシの悪口、気にしない。でも、ますたの悪口──許さない」

「んだとてめぇよォ!」

 リザードマンが二段ベッドの上から飛びかかってくる。だが、シカリーナにとってはまさにカモだった。空中では翼がない限り軌道を変えられない。直線的な動きを予測するのは長い間森の中で暮らしていたシカリーナにとっては容易い。

 まさに瞬殺だった。

 右前回し蹴りがリザードマンの右側頭部を捉えると同時に返す蹴りで踵を左側頭部にめり込ませる。意識を刈り取られ吹き飛んだリザードマンはライカンの女の方に飛んでいく。だが、彼女はぶつかる前に後方に飛んで距離を取りながら床へと降り立った。

「な、なかなかやるじゃ〜ん。でも、アンタは一線を超えた……あのクソ男にちゃんとあんたの死体、届けてあげる……」

 強がっては見たが、ライカンの女にとってこの展開は予想外だった。まさか、一瞬でそれなりの戦績を残す二人を新人が秒殺するなんてありえない。オークは不意打ちだったとしても、リザードマンは先手を打ったのだ。

 だが、その動きに反応して返り討ちにした。

 じっとりと嫌な汗が湧き出るのを感じる。

 それでも、一度始めた喧嘩を止める気はない。

 グッと足に力を込めて突っ込もうとした瞬間、もう目の前にシカリーナの姿があったのだ。宙に浮かぶ彼女の姿が。飛び膝蹴りのような格好でシカリーナは持ち前の脚力を活かして飛んだ。

 そして、伸ばされた右足が胸元を捉えた。

 まるで大型の魔獣の突進を正面切って受け止めた時のような重さの蹴りだ。ライカンは吹き飛ばされて、薄れゆく意識の中、喧嘩を売ってはいけない相手だったと後悔しながら意識を手放していた。

「よし、ますたバカにするやつ片付いた!」

 シカリーナは倒れた剣闘士たちを引きずり壁際に放り投げる。そんな彼女を栗毛色の剣闘士が見つめていた。リスの形質を持つ獣人のスクァレン族の少女だ。

 クリクリとした黒く丸い目に丸顔。臀部には丸まった大きなリスのしっぽが生えていた。彼女は一部始終を見てしまいガクガクと布団に頭を突っ込んで怯えているのだが、頭隠してなんとやら。巨大なしっぽが布団からはみ出ていた。

 そのしっぽががっしりと掴まれて、スクァレン族の剣闘士は布団から引きずり出されてしまう。

「ひっ、ひぎゃああああああ!?」

「お前、やる?」

「やりませんやりませんごめんなさい許してください息をしててすみません生きててすみません」

「……」

 他の剣闘士と違って戦う意思もないとか分かるとシカリーナは手を離した。マーリンをバカにしていないし、どっちでもいい相手だ。

「アタシ、シカリーナ。お前、なに?」

「ふぇ……?」

「お前、名前、なに?」

「はわわわ、わ、私はリシェルです……あの、見ての通りスクァレン族のリシェル……」

「お前、臆病なのになんでここにいる? なんで戦う?」

「私は……その、家族のためです……私たちスクァレン族は魔族との戦いで住んでた森を追われて難民になってしまって。でも、剣闘士になって勝てば市民権が得られるんです……」

「でも、お前弱そう」

「がはぁっ……そ、そんなこと私がいちばんわかってますよぉ! シ、シカリー? さんこそなんで戦うんですか?」

「シカリーナ!」

「ひゃいい! しゅみましぇん……シカリーナさんはどうして戦うんですか? その、マーリンさんって──有名じゃないですか……」

「ますた、有名? 凄い? 凄いの!?」

「あ、はい……」

 もちろん悪い意味で、と言うべきではないと失神してる剣闘士たちを見て笑顔をひくつかせた。今日剣闘士として登録してここに来たというのに、シカリーナのあのスピードとパワーはチャンピオンに届き得るのではないか。

「やっぱりますた、凄い」

「そ、そうですね。シカリーナさんはどうして剣闘士なんかに?」

「アタシはますたのため! 信じてくれたから頑張る!」

 にかっと笑顔で告げるシカリーナが眩しくて、リシェルは目を背けそうになる。自分もこのくらい強ければきっと家族を楽な生活が出来たはずだ。

 けれども、この場所に来てわかったのは周りは化け物揃いということだ。元々暮らしていた森では負けなしだった。けれども、剣闘士としての初戦、完膚なきまでに叩きのめされたのを思い出してしまう。

 確かにシカリーナは強いが、コロシアムは魔境なのだ。その上、シカリーナが倒した剣闘士たちの──リシェル含め──剣闘士主ラニスタは相手が悪い。

「あの、シカリーナさん、大丈夫なんですか?」

「何が?」

「その、私たちの主は裏社会を牛耳る組織のボスなんです……」

「それ、ますた困る?」

「はい、多分……。ほとんどの人が困るのですが、マーリンさんは特に主に目をつけられてるんです……」

「アタシ、どうしよ……」

「えっと、どうしましょうか……」

 困り果てた二人は顔を見合わせて黙り込んだ。

 その場の勢いでぶちのめしてしまったが、遅まきながらシカリーナは大変なことをしてしまったのではと感じている。それは生まれて初めてと言っても過言ではない焦りでその日は眠れなかった──というわけでもなく、手にした寝床で彼女はぬくぬくとおおいびきをかいて眠っていた。

 そして、そのいびきでリシェルは眠れぬ夜を過ごしたという……。

 

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異世界転移おっさん、スキル確定演出でコロシアム無双〜シカ娘の剣闘士主になって人生逆転する〜 鷸ヶ坂ゑる @ichigsaka-L

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