第1話:まるでダメなおっさん、剣闘士主になる
「っしゃ、いけいけいけーーー!」
俺は一般客席で大声を上げて吠えた。
コロシアムの闘技場の中ではオセロット族の男の戦士と、バフォメットと呼ばれる魔獣が戦っている。バフォメットの厄介なところは、山羊のような俊敏さとパワー。そして、鷲のように巨大な翼を持っているところだろう。
けれども、そんなものは関係ない。
俺にはどちらが勝つか見えているのだから。
千里眼だったり未来予知というようなスキルは俺にはない。
俺に見えるのは確定演出、言わばスマホゲーで言うところのガチャでの最高レアが確定した時のように勝つ方が虹色に光って見えるのだ。
まあ、たまに番狂わせと言うのもある。
俺が賭けた剣闘士とは別の方が虹色に光り始めることもあるのだ。そういう時はもう諦めだが、そんなことは滅多にない。
ついでに言うと、この能力──確定演出看破とでも言えばいいのだろうか──は危機回避にも使えたりする。ちょっと使い方を変えると、敵の実力も判別できたりもして便利だ。
虹色の攻撃は喰らえば死亡確定。
金色なら致命傷。
銀や赤銅色なら大したことはない。
正直な話、俺は腕っ節はからっきしである。
せいぜい防げて銀どまりということで、金以上を見かけたら脱兎のごとくだ。ギャンブルに常勝しているとやっかまれることも多々あるわけで、この能力はギャンブル狂いの雑魚中年である俺にとってはなくてはならないものだ。
そんなことを考えているうちに、オセロット族の戦士がバフォメットの首を切り落としていた。
どうもごちそうさん。
これで働かなくても数ヶ月分の飯代と宿代は手に入ったわけだ。
クズだと俺は自覚している。
チートじみたスキルに頼りすぎているのも分かっていた。
けれども、いいじゃないか。
異世界に転移してから十五年。
帰ることも出来ず、帰ったからと言って何が出来るわけでもない。
今年で三十五歳の俺はこの世界でゆっくりと確実に腐って死ぬだけだ。
虚しさを胸の奥に抱えながら俺は番号の書かれた札を受付に渡した。
「また大勝ちですね、マーリンさん」
もう顔なじみになったエルフ族の──ええっと、名前はなんだっけ。とりあえず、受付のお姉さんに掛札を手渡した。すると、かなり重い皮袋がどすんとカウンターに置かれる。
「今日の試合の払戻金、一千万ナデリウス金貨と八アウグス銀貨、五十八セルティウス銅貨になります」
ナデリウス金貨、アウグス銀貨、そして、セルティウス銅貨。それがこの国ルーマン帝国で使われている貨幣だ。
日本的に言えば、金貨から渋沢栄一、銀貨が津田梅子、銅貨が北里柴三郎といったところだ。少し前になると、福沢諭吉、樋口一葉、野口英世。
とりあえず、ルーマン帝国の皇帝の名前を貨幣につけている。
「あー、んじゃ、とりあえず十ナデリウス金貨だけ貰ってあとは預けてていいかな?」
「かしこまりました、マーリンさん。あと、本日この後お時間がありますか?」
「うーん、まぁ……」
もしかしてデートのお誘いだろうか。
だとしても、だいたい俺の金狙いだろう。結局は金金金金……。身から出た錆ではあるが、俺は女性を信じられなくなっていた。実際に大金を持ち歩いてて朝起きたらデートしてた女が金ごと消えていたなんてことも経験済みだ。
お互い遊びだし、まあいいか。
俺はポケットからウイスキーの小瓶を取り出すと一口飲んで答えた。
「いいぜ。今日の試合もさっきので終いだろ?」
「良かったです! では──」
私も上がりなので着替えてきます。少し待っててくださいね、とお前は言う。
心の中で俺はドヤ顔をしてビシッと決めポーズをする。
だが、俺の予想は裏切られることになった。
「──支配人が御用があるとの事なので、ご案内しますね!」
「あ、はい……」
予想外すぎる答えに俺は小瓶を取り落としそうになった。
それはそれとして、支配人が俺なんかになんの用だろうか。もしかして、俺の確定演出看破がバレたのだろうか。それとも、勝ちすぎて消される可能性も無きにしも非ずだ。
戦々恐々としながら俺は受付のエルフの姉ちゃんに連れて行かれて支配人室へと入る。中には歴代チャンピオンの肖像画と武具が飾られていた。
そして、部屋に置かれた仕事机にはでっぷりと声肥った壮年の男が堂々とした佇まいで座っている。右目のモノクルがきらりと怪しく光り、俺は最悪の事態を想定した。勝手知ったる人の家と言うべきか、このコロシアムには十年くらい足繁く通っている。逃走経路を思い浮かべながら平静を装った。
「ようこそ、マーリン殿」
「ど、どうも、コロセルヌス・ヌッシーさん。俺になんの用ですか?」
「いやなに、そんなに構えないで頂きたい。私はマーリン殿がイカサマをしたなんて思っておりません。悔しいですがねぇ」
「そうですか……」
「早速本題に入りますがね、マーリン殿もただ賭けるだけではなく、剣闘士をお持ちになってはいかがと思いましてな」
「
「別にあなたが育成する必要はありませんぞ。ワシだって育成は雇った育成係に任せておりますからな。まぁ、簡単に言えばパトロンに近いかと……最近、マンネリしてきましたし、新しい刺激を求めてはいかがですかな?」
いや、いかがですかななんて言われてもなぁ。
圧力が凄いんだよ。
この話を断ったらどうなるかわかってるだろうなとでも言いたげな圧だ。確かに、ヌッシー支配人の言う通りマンネリを感じていた。スター剣闘士同士の戦いや魔獣との戦いは最初こそ面白いものだった。
今は言わずもがなだ。
バフォメットなんて危険な魔獣をわざわざダンジョンの奥深くから連れて来るくらいだ。ヌッシー支配人も何とかしようと必死なのだろう。そこに、常勝の俺に白羽の矢が立ってしまったというわけか。
「まあ、考えときます」
「なにとぞ……なにとぞぉ……」
「そんなに拝まれても、まだ剣闘士も決めてませんし……そもそも、どこでスカウトするのやら」
「でしたら、ご紹介したい商人がおりますぞ!」
あ、そうか。
俺に逃げ場はないのか。
断れば恐らく何かしらのペナルティがかけられるかもしれない。そして、前向きに考えるフリしながら逃れようとしても言葉巧みにラニスタになるように誘導される。
まあ、仕方ないか。
俺も散々稼がせてもらったし、楽しませてもらった。
ちょっとは恩を返そう。
「分かりました、ヌッシーさん。その商人とやらを紹介してください」
「かしこまりました、マーリン殿」
「……ちなみに友人割引とか効きます?」
「マーリン殿、あれだけ稼いでおいてご冗談でしょう?」
なるほど。
どうやら
・
奴隷商の店となると薄暗かったり路地裏だったり、言わばアウトローな感じな場所にあると思っていた。だが、ルーマン帝国では別に奴隷が禁止されているわけでは無いし、むしろ剣闘士のほとんどが
俺はヌッシー支配人に紹介された店へと赴くと、そこは何とラグジュアリー感の溢れる場所だった。酒、女、ギャンブルとまあろくでもない俺でも人身売買というものに忌避感はあるのだが、郷に入っては郷に従えだ。
別に勇者でもなければ、救世主なんかでもない。
今や異世界に紛れ込んだ、ただの飲んだくれギャンブル狂の中年おっさんである。
入口から入ると、中には応接用のローテーブルとソファが五組ずつ置かれているだだっ広い空間が現れた。もしかして俺、宝石とかお高い
他の客はいないようで、俺は従業員のラクーン族の女に案内されて一番ど真ん中の席に座った。すると直ぐにお茶が出されてくるのだが、俺はポケットからウイスキーの小瓶を取り出すと躊躇うことなく数滴中に放り込んだ。
しばらく待っていると、やけに身綺麗な男がやってくる。随分と若い、と言っても二十代前半の人間族の優男だ。
「お初にお目にかかります、マーリン殿。私はこの店のオーナー、ドゥレイ・ショウと申します」
「どうも。それで、商品はどちらに?」
「今から生え抜きの商品をお連れしますので、お掛けになったままで構いませんよ」
なるほどね。
そういう仕組みか。
ディナーショーかなんかみたいに、客はお茶を楽しみながら奴隷を見るのか。そこかしこに奴隷商の店がこの辺りには軒を連ねているらしい。ほかの店との差別化と言うやつだろうか、こいつらも生き残るのに必死というわけか。
「じゃあ、適当に見せてくれ。後、ついでに育成出来る剣士とかそういうのがいたら手配を頼みたいんだが……」
「でしたら、お任せ下さい。ヌッシー様のご紹介ですし、取っておきをご用意致しましょう」
「助かる……」
ここに来てたった十数分と経たないのになんだかもう気疲れをしてしまった。分不相応な店の佇まいと、あとはなれないことをしているからだろうか。奴隷を買うだなんて一度も思って見なかったのだから。
「マーリン様、心中お察しします。ですが、剣闘士になると言うのは奴隷にとっても最大のチャンスなのですから」
「どういうことだ?」
「チャンピオンになると、奴隷は市民権を得ることが出来ます。そして、栄誉と富も手にするのです」
そういうことか。
どうりでラニスタたちは剣闘士を丁重に扱うわけだ。もし関係が上手くいっていなければ、チャンピオンになり市民権を得た元奴隷に殺されるかもしれない。
まあ、それ以前に高い金を払って買って育成してるんだ。当たり前と言えば当たり前のことか。
「では、お見せいたしますね」
そう言うとドゥレイ・ショウはパチンと指を鳴らす。すると、奥の大扉が開いてぞろぞろと手枷をつけられた奴隷たちが現れる。
「まずはこの屈強なライカン族の男戦士はいかがでしょう。ライカン族は持ち前のパワーと俊敏性から人気の商品となっております」
「……パス」
「はい……?」
「俺の直感が違うと告げている」
「ほほう、さすがは生粋のギャンブラー、常勝のマーリン様は勘を信じると?」
「ああ」
ごめんな、勘もなにもないんだよなぁ。
ガチャ的に例えると、そのライカン族の男戦士さんとやらは銀枠だ。俺が目指すのはせめて金枠の人材がいい。まあ、銀枠でも育てると馬鹿みたいに強くなる場合もあるのだろうが、今手持ちの育成リソースは金しかない。
「では、次は──」
俺は並んだ奴隷たちを一人一人見ていく。
ざっと十人だが、今しがたパスした右端のライカン族の男戦士から銀、銀、銅、銀、銅、銅、銅──金……だと。
「オーナー、右から八番目の奴隷はどうだ?」
「なんとお目が高い! 彼はドワーフ族の戦士として名を馳せておりました」
「なんで奴隷に?」
「借金ですね。酒代に五百万ナデリウス金貨飛んで十五セリティウス銀貨を借りていたのですが、一銭も返さずこのような結果に……」
ふん、とドワーフの男はふんと鼻を鳴らすと顔を背けた。実力は確かにあるのだろうが、性格に難ありだ。俺とてクズの仲間ではあるが、借金は一度もしたことはない。
「パスだな……」
「んだと、この薄汚れたヒューマン──」
バチンと激しい音がして、ドワーフの男は倒れた。髪の毛が焦げるような臭いがして俺は顔をしかめる。ドワーフの男が倒れる瞬間、俺は彼の首輪が青白く光ったのを見た。
どこかで見覚えがあると思えばアレじゃないか。
戦場でよく見た捕虜を拘束しておく首輪だ。
死にはしないが、反抗や抵抗の意志を見せると失神する程度の即電撃魔術が発動するヤバいやつ。種族の耐久度に合わせて電圧を変えてくれる優れものだ。
「失礼しました、マーリン様。如何なさいますか?」
残りの二人も銅と銀。
最低でも金枠から選びたかったが、仕方ない。銀枠で一番戦えそうなライカン族にしようか。
その時、扉の奥が騒がしくなる。
「おい、止めないか! 早く戻れ!」
「やー! アタシのコオロギ逃げる!」
何やら揉めている様子だ。
オーナーは眉間にシワを寄せて作り笑いの口元は歪んでいる。コオロギをペットにでもしてるのだろうか。まあ、とにかく俺には関係ない。さっさと剣闘士を一人用意して──。
ドアがバンと大きな音を立てて開かれた。
そこには鹿毛色の髪のアホそうな顔をした少女が肩で息をしながら辺りをキョロキョロとしている。なるほと、こいつがコオロギを探していたのか。
って待てよ、こいつ──虹色じゃないか。
「なあ、オーナー。あいつはどうなんだ?」
「あー、あれは商品になりませんよ……。そのお、少し知性が足りないと申しますか……」
「知性ならそこに転がってるドワーフも同じだろ」
「いや、それは……」
何やら言葉を濁して、オーナーは黙り込んでしまう。そんなにヤバいやつなのだろうか。確かにこの世界に来て久々に見た新規虹枠だ。でも、コオロギをペットにしてるような純朴そうな子じゃないか。
「あ゛っ、コオロギ!」
まるで一陣の風が通り抜けたが如く、少女は一瞬のうちにテーブルの上に変える座りをしていた。彼女の手の中にはコオロギが捕まえられている。そして──そのコオロギをひょいと口に放り込んだのだ。
ああ、確かにヤバいやつだった。
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